6 お呼び出し
そんなことを考えながら、犬の置物の上に、マナタイトという特殊な鉱石の粉末を振りかけていく。
《やり方は覚えてるわね?》
「大丈夫……だと思う。多分」
《急に自信なくすのやめなさい。インゴットから成形するのと基本は一緒よ、一緒》
ほら、と促されて、私は犬の置物に両手をかざす。
何となく目が合う気がするのを無視して一気に魔力を込めると、マナタイトの粉末が置物の表面に沈み込むように消え、次の瞬間、バシャン!と音を立てて置物が崩壊し、ちょっと粘性のありそうな銀色の液体になってトレイの中に広がった。
ウィッカが溜息をつく。
《魔力、込めすぎよ》
「うっ」
これが、魔鉱細工の難しいところだ。
ミスリル銀やオリハルコンは、マナタイトの粉末と共に高圧の魔力にさらすと、成形できる程度に柔らかくなる。ただしずっとそのままではなく、時間が経つと元の硬い金属に戻る。
なんでも、マナタイトが触媒あるいは溶媒の役割を果たしていて、その成分は時間と共に分解されてなくなっていくからだそうだ。水分が蒸発すると固まる紙粘土みたいだな。
ちなみに、成形できると言っても素手で触れて成形できるわけではない。不思議なことに、魔力を操って力を加えると変形するのに、手で直接触れても硬い感触が返ってくるばかりで成形できない。
マナタイトを混ぜた魔法金属は、魔力にのみ反応し、魔力によってのみ加工が可能なのだ。実に不思議な物質である。
問題は、マナタイトと混ぜる時、まず魔力量が足りないとマナタイトが魔法金属と混ざらないし、一気に高圧の魔力を込めないときちんと混ざらず粉々にしたクッキーみたいにボロボロのモロモロになる一方、魔力を込めすぎると完全に液体状になって加工難易度が阿呆のように上がるということだ。今みたいに。
「…やり直しかあ…」
時間が経てばこの液体金属は固まり、再加工できるようになる。他の金属と混ざらない限り、成形に失敗してもゴミにはならないのが唯一の救いだ。
手をかざしたまま肩を落としていると、ウィッカがひらりと尻尾を振った。
《貴女、魔力量は十分なのに制御能力がイマイチよね》
「…いや、ウィッカの要求する精度がおかしいんだって」
これでも一応、学校の魔法学の先生に褒められる程度の制御能力はある。魔法自体は、ちょっと、いやかなり得意な方だ。
ところがウィッカに言わせると、全然ダメ、大雑把すぎる、らしい。
魔鉱細工にはスポイトで1滴ずつ一定間隔で水を滴下するような魔力制御の精度が必要なのに対し、私はバケツで水を撒いているレベルなんだそうだ。次元が違い過ぎる。
《丁度良いわ。ここから指輪の形に成形してみなさいよ》
「待って、これ液体だよ!?」
《だから練習になるんじゃないの》
我が師匠殿はスパルタだった。…くそう、いつものことだけどさ…!
涙を呑んで、改めて液体金属に向き直ると──
ヴーッ、ヴーッ、ヴーッ!
胸元に、強い振動を感じた。
私はゲッと顔を歪め、服の下からペンダントを引っ張り出す。
首にかけたミスリル銀の細鎖の先にぶら下がっているのは、手のひらより2回りくらい小さなミスリル銀製のリング。二重構造になっていて、外側と内側、それぞれに複雑な文様が彫られている。振動しているのはそのリングだった。
思い切り眉間にしわを寄せてリングを眺めていると、頭の中に肉声ではない声が響く。
《──オウルよりキャットへ! 時間外緊急要請! ──上級が出た! 対応を求む!》
「…」
《呼び出しね?》
声は私にだけ聞こえていてウィッカには聞こえないはずなのに、さらりと言われる。私は獣の唸り声のような呻きを上げた。
「……今日は非番なんだけど…!?」
《諦めなさい。それだけ評価されてるってことでしょ?》
「評価されるのは魔鉱細工師としてだけでいいのに…!!」
《それは現状、望み薄ね》
「くうっ…!」
我が師匠殿が辛辣すぎる。
ぺしっと尻尾で手を叩かれ、私は深い深い溜息と共に立ち上がった。『要請』する声は今もなお繰り返し頭の中に響いている。正直、うるさい。
「──キャットよりオウルへ」
リングを握って低く呟くと、ぴたりと声が止んだ。
このリングは双方向で話ができる、特殊な通信機なのだ。
「委細承知。10分以内に到着する。以上」
《……オウルよりキャットへ! 了解した!》
ちょっと動揺しているような声を最後に、通信が途切れる。リングを手放すと、シャランと小さな音を立ててペンダントが胸元に光った。
この通信は、私の『もう一つの役割』に関わるものだ。私が何をしていようとたまにこうして緊急要請が来るので、文官の仕事中だろうと休日だろうとペンダントが手放せない。要請に応じないにしても、ちゃんと口頭で断らなければいけないからだ。
…流石に夜中にはかかって来ないけどね。もし寝てる時にこれで起こされたら、真面目にブチ切れる自信がある。
「──ああもう!」
名目上『要請』と言いつつ、仕事でもしていない限り、こちらに拒否権はない。
私は2階に駆け上がり、一旦寝室に入って着替えた後、2階の玄関に走った。玄関横の収納に手をつき、魔力を流してから通常とは反対向きに開けると──中に入っているのは、帰って来た時に仕舞った外套とバッグではなく、真っ黒なフード付きマントと革製のブーツ、そして独特な造りの仮面。
仮面の上部には三角形の耳らしきものがあり、頬の部分には三本線が引かれている。
くっきりアイラインに瞳孔全開の黒目、尖った鼻先の下に、両端がつり上がった形の口──どう見ても猫、いや、ケットシーだ。
文官でもなく魔鉱細工師でもない、私が負うもう一つの『役割』。『キャット』という名は、この仮面に由来する。この世界では、『キャット』は『ケットシー』の、特に子どものことを指す愛称なのだ。
…子ども扱いされてるって思うと微妙にムカつくけど。
その仮面を顔につけると、すぐにピタッと密着する。これもペンダントと同じ特殊な品。紐も使わずに固定できるのはとても便利だ。
ブーツを履いてマントを羽織り、フードを目深に被れば、あっという間に不審者──もとい、『キャット』の完成である。
《今なら出られるわよ》
ウィッカが玄関上の採光窓から外を観察し、合図を出してくれる。一応マントに隠蔽効果があるとはいえ、流石にこの格好でこの家から出るのを他人に見られたくはないので、大変ありがたい。
「ありがと。行ってきます!」
《気を付けてね》
魔力を体内に循環させ、自身に身体強化の魔法をかける。
素早くドアを開き、私は夜の街へ飛び出した。




