50 もうちょっと何とかしろよ。
秘書官はどんどん奥へ進み、領主ご一家の居住区画のすぐ近くにあるドアをノックした。
「失礼いたします。セラフィナ・アッカルド女史を連れて参りました」
室内からの了承の返事を受けて、秘書官が扉を開ける。
「どうぞ。私は中に入ることを許されておりませんので」
「…分かりました。ありがとうございます」
秘書官が入室禁止とはこれいかに。
一体どういう状況なのかと身構えながら部屋に入り、私は瞬時に理解した。
「おお…!」
豪奢なソファーに座って上体だけをこちらに向け、私を凝視して目を見開き、大袈裟に声を上げている小太りの男性。
私の記憶にあるよりはるかに白髪が増え、ほぼ総白髪になっているが、ブルドッグをダメな方向に魔改造したような顔は見間違えようがない。
「久しぶりですね、セラフィナ! いやあ、すっかり美人になって…!」
口ではそう言いつつ、半開きにしか見えない濁った茶色の目はこちらを値踏みするように上から下まで眺め回している。
明らかに上っ面だけの褒め言葉だ。だってそもそも、こいつは「美人になった」などと言えるほど私の顔をきちんと把握していない。
アッカルドの街の孤児院は、確かにこいつ──グリムワルド・ミュラーの名前で運営されていたが、実際に孤児の世話をしていたのは、孤児院の副院長をはじめとする数人の世話役と年嵩の孤児たちだ。
グリムワルドが孤児院に来るのは年に一度、視察の名目で数分間滞在するだけ。それも世話役の歓待を受けるだけで、孤児と触れ合うどころか、直接言葉を交わしたことすらない。
少なくとも、私は。
それでもここは仕事場、今は昼休憩中とはいえ、文官の仕事中である。私はビジネスライクな笑顔で応じた。
「はい、セラフィナ・アッカルドです。直接言葉を交わすのは初めてですね、グリムワルド・ミュラー子爵」
「…!」
声に皮肉と威圧が乗ってしまったのは仕方ない。
案の定、グリムワルドはギョッとしたように固まった。生ぬるい笑顔が消え、顔を引きつらせている。
それを放置して、私は部屋の奥に向けて頭を下げた。
「代筆課のセラフィナ・アッカルド、お召しに従い参上しました。何か御用でしょうか、領主様」
カーキ色の髪に、ルーカスと同じ紫紺の瞳。顔つきもどことなくルーカスと似ているのは、間違いなく親子だからだろう。
そんなことを考えながら背筋を伸ばすと、領主はほんのりと苦笑した。
「昼休みに呼び立ててすまないな。用があるのは私ではなく、ミュラー子爵だ。まあ座ってくれ」
親しげな口調で言われ、私は促されるまま、領主の隣のソファーに座る。この位置でいいのかと突っ込みたいところだが、他に席はない。
領主の視線がグリムワルドの方へ向く。私も仕方なくそちらに向き直ると、グリムワルドはゴホンと咳払いをして表情を改めた。
「実は今日は、セラフィナに朗報を持ってきたのだ」
「朗報…ですか」
私にとっては朗報でも何でもなさそうだ。確信しながら先を促すと、グリムワルドは大仰な仕草で自身の隣を指し示した。
グリムワルドの隣には、壮年の男女が座っている。こちらをじっと見詰める視線はグリムワルドほど不快ではないが、値踏みするような色は同じだ。
「セラフィナ、彼らはおま──君の実の両親だ」
「………は?」
私が呻き声を漏らすと同時、両親だと紹介された2人が同時に表情を変えた。
「ああ、セラフィナ…!」
感極まったように胸の前で手を合わせ、涙を浮かべてこちらを見るのは、クリーム色の髪に水色の瞳の女性。身長はそこそこだが、とにかく線が細い。吹けば飛びそうな痩身だ。
その隣、明るい茶色の髪に緑色の瞳の男性が、女性の肩を抱き寄せてこちらに微笑む。
「大きくなったな、セラフィナ。また会えて本当に嬉しいよ」
いかにも、溺愛する娘との再会を喜ぶ両親、といった風情。だが──
「……」
横目で領主を見遣ると、微笑を浮かべる紫紺の目の奥に疲労感と呆れが滲んでいた。
その目が不意にこちらを向いて、僅かに顔が上下に動く。好きにしろ、ということか。
ならば、好きにやらせてもらおう。
自称・生き別れの両親と、うんうんと頷いている阿呆──ゲフン、グリムワルドを見回し、私は半眼で口を開いた。
「一体何の茶番ですか」
「……は?」
男女の表情が凍り、グリムワルドが唖然と目を見開く。それを心底呆れた目で眺めながら、言葉を続ける。
「両親? そんなはずないでしょう」
瞬間、男女が一瞬顔を見合わせ、悲痛そうな表情を作る。
「……信じられないのも無理もない。我々は君に、酷いことをした」
「……ええ。お金がなくて困っていたとはいえ、愛娘を孤児院に預けるなんて、親失格だわ」
「親失格ならとっとと帰ったらいいんじゃないですかね。今更「自分たちはお前を捨てた両親だ」なんて名乗り出るんじゃなくて」
「えっ…」
「い、いや、やっと生活が安定したんだ! だから、改めて一緒に暮らそうと」
「要りません」
必死に取り繕う男女に、スパンと言い放つ。
へ、と呻く姿はなかなかの間抜けさだ。こんな茶番劇に付き合わされるなんて、今日はツイてない。
「子どもが稼ぐようになったら一緒に暮らそうって? どこの寄生虫ですか。こっちにはこっちの生活があるんですよ。邪魔しないでください」
「じゃ、邪魔って」
「親に向かってそんな言い方…」
何故か私を責め始めた。…仕方ない、さっさと引導を渡すか。
「大体あなた方、私の生みの親じゃないですよね?」
「!?」
私が指摘すると、男女は固まり、グリムワルドは目を剥いた。
そう。彼らは私の両親ではない。それは決して、あり得ない。
私は腕組みして、淡々と事実を述べた。
「私は、赤ん坊の頃に、馬車の事故の唯一の生存者として助け出されたんですよ。両親とおぼしき男女はその事故で死んで、出自も不明、身寄りも判明しなかった。だからアッカルドの孤児院に預けられたんです」
アッカルドの孤児院にいた子どもたちは、大部分が捨て子だった。両親が自ら孤児院に預けたとか、ある日突然孤児院の前に捨てられていたとかいうケースが多い。私はかなり特殊なのだ。
グリムワルドはろくに調べもしないで、私も捨て子だと思い込んでいたのだろう。だから、適当な人間に両親を演じさせれば騙せると思った。
孤児院の記録を漁ればすぐ分かることだというのに、詰めが甘すぎる。
「もっと言えば、仮に両親が生きていたとしても、『セラフィナ』と呼ぶはずがありません。この名前は孤児院でつけられたものですから」
「そ…そんなはずは」
狼狽えるグリムワルドに、私は冷ややかに告げる。
「自分が運営する孤児院の記録くらい、ちゃんと把握しておくんでしたね」
私は物心ついた頃には既に自分が転生者だと認識していて、普通とはかなり違う子どもだった。
読み書きを覚えた頃、勝手に孤児院の事務室で書類を漁り、自分がどうしようもない経緯で孤児院にいることを知った。だから、そのこと自体に特に思うことはない。
運営する代表者は見ての通り大変アレだが、実務に携わる大人にはマトモな人もいた。
彼らのおかげでこの国の常識に馴染めたし、読み書き計算も身につけることができた。私が共立学校への進学を目指すと宣言した時も、一回驚いた後、孤児院の予算で買えるはずもない共立学校入学試験の過去問題集をプレゼントしてくれた人もいた。その点には、今でも感謝している。
でもだからといって、ろくに言葉を交わしたこともないカタチだけの運営者に唯々諾々と従う義理はない。
生みの親の名を騙る不届き者とそれを連れてきた阿呆には、さっさとご退場願おう。
「──ところで、今ここにはクレメンティ領の領主様もいらっしゃるわけですが」
私が言うと、男女がビクッと肩を揺らして青くなった。そろり、畏れを含んだ視線が領主の方を向く。
領主は口元に笑みを浮かべたまま、黙って目を細めた。私もゴリッとした笑みを浮かべて、首を傾げる。
「身分詐称は立派な犯罪ですよね? ──何か申し開きはございますか?」
馬鹿丁寧な口調で問い掛けると、男女は青い顔を見合わせ──突然グリムワルドを指差した。
「お、俺たちは悪くない! ミュラー子爵が、どうしてもやれと」
「なっ…! 何を言い出す! お前たちが「セラフィナは自分たちの子どもだ」と言ってきたのではないか!」
「そんなはずないでしょう! 私たちに子どもなんているわけないんだから!」
叫んで──3人はしまったという顔をして同時に押し黙った。
先ほどまでのしおらしい態度はどこへやら。恐らくこちらが、彼らの素だろう。
あーあ。




