5 魔鉱細工師の師匠
アイリーンを見送って2階に上がると、棚の上のクッションでウィッカがくつろいでいた。
《今日は騒がしかったわね》
ウィッカは、犬派のアイリーンを避けている。「顔を合わせない方が幸せな相手は居るものよ」とか言っていた。
私としても、アイリーンとウィッカは顔を合わせない方が良いと思っている。何と言うか、この1人と1匹、引き合わせたら滅茶苦茶意気投合して大変なことになりそうな気がする。主に私が。
「犬の置物見せたら怒られた上に普通のアクセサリーに作り直せって言われたよ。苦労したのに」
唇を尖らせて不満を述べたら、ウィッカの緑色の目がスッと細められた。
《あの出来なら妥当な判断だと思うわよ》
「ひどくない?」
《ひどくないわ》
何故だ。そりゃあ、ちょっとデロデロに溶けたアイスみたいだな、と思わないこともないけど。今回はちゃんと頭と胴体と尻尾は分かるように成形できたのに。
アイリーンといいウィッカといい、求める水準が高すぎると思う。実物の生き写しでなくても、それはそれで好きって言って買ってくれる人がいるかも知れないじゃない。何だかよく分からない絵画がバカ高く売れることもあるんだし。
《今までのは何なのか分からなかったから害はなかったの。中途半端に動物っぽいって分かるせいで余計に不気味さが増してるのよ。呪いの品だって言われた方が納得できるわ》
「そ、そこまで言わなくても…」
ウィッカの評価が厳しい。痛い。
よよよ、と泣き崩れるふりをしてみたら、ウィッカがさらに目を細め、溜息をつく。そしておもむろに立ち上がり、ぐーっと伸びをしてから軽やかに床に降り立った。
《ま、良い機会だし、言われた通り基本の成形に励むことね。──ところで、お夕飯食べないの? 早くしないと、製作時間がなくなるわよ》
指摘されてハッと壁の時計を見遣る。思ったより時間が経っていた。いつもだったらもう夕飯を食べ終わっている時間だ。
「うわ、早くしなきゃ!」
その後、パンとミルクティーとハーブウィンナー入り野菜スープで簡単な夕食を済ませ、私はウィッカと共に改めて1階に下りた。靴に履き替え、ソファーに飛び乗ったウィッカに向けてビシッと頭を下げる。
「本日もよろしくお願いします、先生!」
《ビシバシいくわよ》
ひらり、ウィッカが尻尾を振った。
何を隠そう、私の魔鉱細工の師匠はウィッカなのだ。ケットシーにどうして魔鉱細工の知識があるのかというと──ウィッカもまた、転生者だから。
学校を卒業する少し前。文官になることが決まり、アイリーンの紹介で工房付きの部屋を借りられたは良いが、どうやって魔鉱細工の加工法を身につければいいのか分からず、私は途方に暮れていた。
魔鉱細工が盛んに作られているのはこの国の首都──公都クラペリッサ。だが、私が住んでいるのはこの国の辺境、クレメンティ領の領都。一応出身孤児院のあるアッカルドの街よりは首都に近いけれど、それでも首都はあまりに遠く、首都に行ったとして魔鉱細工師を紹介してもらえるような伝手もない。
一番確実なのはお金を貯めて首都に移住し、腰を落ち着けて弟子入り先を探すことだが、正直自分がそんなに我慢強く貯金できるとも思えない。さてどうしようか──そんなことを考えながら領都の大通り沿いにある高級宝飾品店のショーウィンドウ前で、中央にドン!と飾られている繊細な魔鉱細工のアクセサリーをじっくりねっとり眺めながら「これの作り方が分かればなあ…」とぼやいていた私に、ウィッカは声を掛けてきた。魔鉱細工を作りたいのか、と。
その後話をしているうちにお互いが転生者だと知り、私たちは同盟を結んだ。
ウィッカは私に魔鉱細工を教える師匠になる。私はウィッカを養い、三食昼寝つきを保証する。大変有意義な同盟だ。
ウィッカの前世は首都で活躍していた魔鉱細工師だそうで、別の世界の記憶がある私とは少し違う。でも実は、『転生者』という存在は、この国ではそれほど珍しくないと言われている。公言するかどうかは別として。
そんなわけで、私はウィッカに弟子入りし、かれこれ4年以上、修業を積んでいるわけだが──
《じゃ、まずは犬(?)の置物を素材に戻しましょうか》
「待って、今『犬』の後に何か変な含みがなかった?」
《気のせいよ》
1階の工房スペース。作業机の上のクッションに飛び乗るウィッカにジト目を向けたが、さらりと流される。
…今、絶対『犬』の後に疑問符がついてた。失礼な。
《余計なこと考えてないで、早くなさいな。ほら》
「…ハーイ」
師匠の言うことは絶対である。私は大人しく作業机の上にガラスのトレイを置き、その上に例の犬の置物を載せる。
ガラスのトレイは魔鉱細工師の必需品だ。ミスリル銀やオリハルコンは他の金属との親和性が高いので、加工中に別の金属に触れると、くっついて剥がれなくなるか、その金属を内側に取り込み、混ざってしまう。そうなると、元に戻すことはほぼ不可能。
ガラスなら、加工中の魔法金属に触れてもそういったリスクが少ない。よりこだわりが強い人──例えば前世のウィッカなんかは石英ガラスや水晶を削り出した道具を使っていたそうだけど、単価が文字通り桁違いなので流石に手が出なかった。
それに、この街には魔鉱細工師が居ないせいでそういう特殊な道具は売ってないから、買うとしたら大きい商会に取り寄せてもらうか行商人に調達してもらうしかない。より高価になるのは目に見えているので、この街で手に入るもので満足することにした。
…それでも『トレイ』の形のガラスなんて売ってないから、街の工房に直接オーダーすることになったけどね…。




