49 不幸の手紙
翌日、私は気もそぞろに代筆課の仕事をこなしていた。
オウル──ルーカスは今日も狩人管理事務所の救護室で寝ている…はずだ。
心配ではあるが、疲労から来る発熱、休めば治るとパイソンが言っていたので、数日で回復するだろう。ヤツは体調不良の時でも仕事に出ようとするので、見張りがいてくれた方が良い。後で果物でも持ってちょっとだけ顔を出して、パイソンに容体を聞こう。
今日は黒曜。そして明日は石英の日、文官仕事はお休みだ。
夕食後から夜半にかけては狩人の待機シフトが入っているが、昼間はフリー。指輪の再加工の件もあるが、ルーカスの件もある。さてどうしようか。
「セラフィナ」
「え」
アナスタシアに声を掛けられ、私は我に返った。いつの間にか手が止まって──いや、文章の途中から、ミミズがのたくったような謎の線が書かれてしまっている。
「あちゃー…」
単なる誤字ならともかく、これではどう考えてもアウトだ。書き損じの紙をそっと折り畳んでいると、アナスタシアがすぐそばまでやって来る。
「書き損じなんて珍しいですわね」
「あー…、ちょっと昨夜、色々あって」
私が狩人だとアナスタシアたちは知っているとはいえ、その内情を話すことはできない。曖昧なごまかし笑いを浮かべた後、私はアナスタシアに向き直った。
「それで、何かあった?」
「ええ…」
アナスタシアは困ったように視線を彷徨わせた後、眉を寄せて呟いた。
「…この間の手紙の返事はよろしくて?」
「……………はっ!?」
わ、忘れてた…。
いい加減うるさいから何とかしなきゃと思っていたのに、その直後の結婚指輪の話に意識が全部持って行かれて、完全に記憶の外に飛んでいた。
いや、仕方ない、だって私は魔鉱細工師だから。ろくに話もしたことのない名目だけの孤児院長より、仕事の方が大事に決まってる。それにその後、ルーカスの件もあってバタバタしてたし。
けど……
「………あとで、書こうかな……」
「そうした方が良いかと思いますわ。あの方の性格上、そろそろ突撃してきそうですし…」
……ん?
「…アナスタシア、グリム…、んんっ、ミュラー子爵のこと、知ってるの?」
グリムワルドと呼び捨てしそうになり、慌てて記憶の端の端からヤツの家名を引っ張り出す。それに気付いたのか、アナスタシアは苦笑した。
「我が家の親戚筋なんですの。ミュラー子爵家のご当主は、母の大伯父に当たりますわ。毎年年頭に顔を合わせるのですが、その…お年を召してもお元気な方で…」
アナスタシアがそっと目を逸らした。
頭の中に、やたら偉そうな白髪のジジイと、厳格そうに見えるが実は腰が低いアナスタシアの父、エイローテ男爵の顔が並んで浮かぶ。
……エイローテ男爵が苦労人なの、半分くらいグリムワルドのせいなんじゃね? 気のせい?
まあそれは置いといて、アナスタシアがわざわざこうしてアドバイスしてくれるということは、
「……もしかして、そっちにも連絡来てる? 不幸の手紙みたいなやつ」
「ふ、不幸の手紙ではありませんわ!?」
不幸の手紙、ではない。つまり…
「不幸の手紙じゃない何かは来てる、と」
「…………否定は致しません」
呻くアナスタシアの顔色は、あまり良くない。婚約ほやほやの幸せ絶頂期とは思えない表情だ。
……これは、よろしくないな。
「分かった。手紙の件は私がちゃんと対応する。迷惑かけてごめんね、アナスタシア」
私が頭を下げると、アナスタシアは目を見開いた。
「せ、セラフィナのせいではありませんわ! あの方がしつこくてねちっこいのがいけないんですも……ぁ……」
言葉が尻すぼみに小さくなり、アナスタシアは頭を抱えてその場にうずくまった。
また私は……と、絞り出すような悔恨の呻きが聞こえる。
私はその肩をポンと叩いた。
「アナスタシア、気にしないで。むしろ私はそう言ってくれて嬉しい」
「……っで、でも、婚約したからには悪癖を治そうと……思ってぇ……」
最近危うい言動が減ったなと思っていたら、本人が滅茶苦茶努力していたらしい。同僚たちが、アナスタシアにチラチラと同情の視線を注いでいる。
「大丈夫大丈夫。本人は聞いてないし。ね?」
「……変に誤解されることが多いから、気を付けようねって、約束、したのに……」
「うんうん。アナスタシアは頑張ってるよ」
慰めながら思う。やっぱりこのご令嬢、滅茶苦茶可愛いな。
場違いなことを考えているうちに、アナスタシアは何とか自力で立ち直った。ハンカチでそっと涙を拭い、失礼いたしました、と表情を整えて立ち上がる。
「…とにかく、お早めに対応することをお勧めしますわ。何かあったら当家も力を貸しますので」
「ありがとう、アナスタシア」
ありがたい申し出に、私は笑顔で礼を述べた。
…男爵家に力を貸してもらわなきゃいけないような事態にならないのが一番だけどね。
その後、昼休みの時間を使ってグリムワルドへの返事の手紙をしたためる。
その内容はほぼ前回と同じ。「もうお金は十分渡した」「予算が足りないなら領主に言え」を、丁寧にオブラートに包んで並べ立てるだけだ。
一字一句同じにはならないように、語尾を変えたり言い回しを変えたりはするが、内容は一貫している。
誤字脱字がないことを確認したら、シンプルな白い封筒に入れて封をして完成。封筒には、グリムワルドの住所と名前、そしてこちらの住所と名前を書き入れる。
…といっても、私の住所として書くのは自宅ではなく、ここ領主館の代筆課の住所だ。
グリムワルドは私がどこに住んでいるか把握していないので、代筆課に手紙を送ってくる。なので私も、代筆課の住所で返信する。シンプルな理屈である。
さて昼休みのうちに配送業者に預けてくるか──と思っていたら、コンコン、と扉がノックされた。
「お昼休み中に申し訳ありません。セラフィナ・アッカルド女史はいらっしゃいますか?」
「えっ」
顔を上げると、入口に男性文官が立っていた。以前も見た、領主の秘書官だ。
表情に乏しい顔は、何となく不機嫌そうに見えた。
まあ昼休み中に仕事を押し付けられたら不機嫌にもなるか。
「領主様がお呼びです。来客がアッカルド女史との面会を希望しておりまして」
うぇ、と呻きそうになるのを何とか我慢して、私は立ち上がった。
お弁当を食べた後で良かった。多分、お昼休みはこれで潰れる。午後の勤務時間にかからないといいけど。
「分かりました」
ちょっと考えて、書いたばかりの手紙を上着の内ポケットに入れる。時間的に、上手くいけば発送物の回収に来た配送業者に直接渡せるかも知れない。
同僚たちの心配そうな視線を背中に、私は秘書官について部屋を出た。




