46 やられたらやり返すタイプ
じり、と逃げようとすると、即座に腕の拘束が強まった。丁度半身、横を向いた状態で捕まる。くそう、無駄に反応がいいな…!
オウルの方を向くと、至近距離にフクロウの仮面があった。近い近い。
ゴツ、と仮面の額の部分をぶつけ、オウルは妙に楽しそうな声で言った。
「毎朝、起こしに行ってやろうか?」
仮面越しでも分かる。こいつ今、滅茶苦茶イイ笑顔になってる。
「結構です!!」
力一杯叫んでも、拘束は緩まない。私はぐぬぬと呻き、何とか拒否に値する理由を絞り出した。
「大体オウル、毎日夜通しこっちの仕事でしょ!? 私が起きる時間にはもう寝てるよね!?」
オウルは哨戒部隊所属なので、討伐部隊とはシフトが違う。
そして何故か、休みがない。信じがたい話だが、連日、夕方から明け方まで哨戒任務に就いている。
ちょっと前まではもう少し短時間──夕方から夜中までのシフトに入っていた日もあったようだが、夏の領主館デモン侵入事件で哨戒部隊の狩人が減ったのもあって、今は毎日その状態だ。
多分、隊長として責任を感じている部分もあるんだと思う。いつか倒れるんじゃないかと心配で仕方ない──のは今は置いといて。
シフトは明け方まで。つまり、私が起きる朝の時間帯は、オウルにとっては就寝時間のはずなのだ。私を起こすために朝まで起きていたら、絶対に疲れが残るだろう。
──そう思ったのだが。
「心配するな。俺のシフト明けにお前を起こしに行くだけだ」
「日勤の人間を夜明け前に起こそうとするなー!!」
至極当然という口調で放たれた台詞に、私は思い切り突っ込んだ。
が、オウルはこちらを開放してくれない。仮面がゴリゴリいう距離のまま、不意に声のトーンを落とす。
「…俺に起こされるのは嫌か?」
「それは、」
咄嗟に胸中に浮かんだのは、嫌ではない、という言葉。
だが、その前に。というかそれ以上に。
……寝てるところをルーカスに起こされるとか、寝起きにあの顔を至近距離で見ることになるとか、絶対無理…!
嫌なわけではないのだ。だがルーカスの顔は、ちょっと他に類を見ないレベルで整っていて、私はいまだにその顔に慣れていない。寝起きにあの顔を見たらキョドる自信がある。普段は何とか取り繕ってるけど。
「いい加減、俺の顔にも慣れてほしいしな」
「!」
バレてた…!
私がぎくりと動きを止めると、オウルはくくくと肩を震わせ始めた。
素顔を晒すと一瞬目が泳ぐ。視線を合わせてはくれるが頑張ってる感がある。時々耳が赤い。
思い当たる節がありすぎる特徴を列挙され、私は顔を引きつらせる。
仮面をつけてる時でよかった。多分今、顔が真っ赤だ。というか全身が熱い。結構前からだけど。
今日は何だかオウルの距離の詰め方がおかしい。一応曲がりなりにも狩人の仕事の真っ最中だし、いつもならここまで注意が散漫になるような言動はしないのに──
……いや待て、熱い?
…………なんで?
羞恥心から来る熱さ、ではない。
気付いて、私はガシッとオウルの顔を両手で挟んだ。仮面をつけているから顔色は分からないが、側面は露出しているので直接触れる。
「……」
私の突然の行動に驚いたのか、オウルは固まっていた。──いや。
顔全体が明らかに熱を持っている。私がそう認識した瞬間、オウルはぐんにゃりと脱力し、こちらに倒れ込んできた。
「ちょっ…!」
咄嗟に抱き留めた身体が重い。仮面の隙間から漏れ出て首筋にかかる吐息が思ったよりずっと熱くて、背中に鳥肌が立つ。
「オウル!」
腕から解放されたのはいいが、別の理由で動けなくなってしまった。耳元で呼びかけると、オウルは低く呻いて、
「…………寒い」
「そりゃ熱があるからな!?」
私は思わず突っ込んだ。
オウルの体温は、明らかに異常なレベルで高かった。こんな状態で哨戒用の魔法を展開してこのクソ寒い空間に立っていたのかと思うとぞっとする。やたら密着度が高かったのは、多分寒気がしていたからだ。もっと早く気付くべきだった。
縋りついてきた腕を振りほどくこともできずに途方に暮れていると、隣の──といっても結構離れた見張り台から、オウルの部下、7番が駆け寄ってきた。
「隊長! キャット! どうしたんですか!?」
「ごめんコイツ熱があるみたい! 救護室に連れて行くからこの場の監視は任せていい!?」
私が言うと、7番が息を呑み、すぐに頷──こうとしたのだが。
「…待て。監視は続ける」
オウルがわずかに顔を上げて言い放った。「は?」と私と7番の呻きが重なる。
「魔法さえ維持できれば、体調が悪かろうと関係ない」
「何言ってるんですか!?」
7番が悲鳴じみた声を上げる。そりゃあそうだろう。オウルの仕事を続けるか否かの判断基準が、どう考えてもおかしい。
「休んでくださいよ!?」
「いいからお前は持ち場に戻」
「黙らっしゃい仕事中毒」
ベシッ!
「!?」
私に上体を預けたまま指示を出そうとするオウルの後頭部を、私は容赦なく叩いた。
オウルがぐっと呻き、黒の隔離地の中に展開していた魔力の気配が一つ減る。オウルの集中力が途切れて、魔法を維持できなくなったのだ。もう一つの魔法の気配は残っている。
哨戒部隊は3人から5人のチームを組み、交代で哨戒用の魔法を展開し続ける。一人でずっと魔法を維持し続けることはできないので、複数人でカバーし合い、常に2人分の魔法が展開されている状態を維持する。
今の哨戒部隊員は4人。オウルが抜けても3人いるから、大変だろうけど、監視するのに支障はないはず。
「……いきなり、何するんだ……」
オウルが文句を言う。チッ、気絶まではしなかったか。
「まともに動けないくせに仕事しようとする奴が悪い」
「そうですよ」
私が言うと、7番が即座に同意した。
…うん、やっぱり私はおかしくない。オウルの方がおかしい。
確信をもって、私は続ける。
「頭叩かれたくらいで魔法が維持できなくなるような体調なんだから素直に休め」
「夜間の哨戒は俺の仕事」
「何人同時に同じことしてると思ってんの。複数人でチームを組むのはお互いにフォローするためでしょうが。いいから部下に任せろ」
「……」
噛んで含めるようにドスの利いた声で告げると、オウルはようやく沈黙した。
7番が小さく笑い声を漏らし、大きく頷く。
「こちらはお任せを。隊長をよろしくお願いします」
「任された」
頷き返して、私は自分に身体強化魔法を使った。仕事する気満々のわりに全く力が入っていないオウルの背中と膝裏に腕を回し、一気に抱え上げる。
横抱き──いわゆる『お姫様抱っこ』の状態である。
「な…」
「じっとしてて」
やってみて分かった。本人にしがみつく力が残っていなければ、背負うのも危ない。横抱きは存外、合理的な手段なのだ。
唖然としているらしいオウルを抱え、私は狩人管理事務所の救護室へ向けて駆け出した。
お姫様抱っこって、男女が逆転してもイイと思うんですよ…(※個人の見解です)




