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【第1章完結】定時上がりの複業文官~残業しろ? いや、そっちの仕事は副業なので~  作者: 晩夏ノ空
第2章

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44 石入れの修行


 その後簡単に夕食を済ませ、私とウィッカは1階の工房区画へ移動する。

 作業机の上にガラストレイと各種材料を置き、私は背筋を伸ばして椅子に座った。


《じゃあまずは、指輪の成形からね》


 机上のクッションに座ったウィッカが、不定形のミスリル銀の破片が入ったガラス瓶を目で示す。

 まだ練習段階なので、依頼品そのものには手を出せない。まずは修行がてら、練習に使う指輪を作る。


「承知」


 瓶から出したミスリル銀は全て、前回練習に使ったものだ。

 完全にひしゃげているものからメビウスリングと化しているもの、ただの前衛的な塊になっているものまで、全部指輪──だったものである。

 つまり前回、これと同じ数、失敗しているということだ。


「……」


 雑念を払い、ガラストレイの上に積み上げたミスリル銀にマナタイトを振りかけていく。

 何度も同じようなことを繰り返しているので、この作業自体には大分慣れた。

 両手をかざして高圧の魔力をかけ、マナタイト粉末がミスリル銀と一体化してから一呼吸置いて魔力を止めた後、魔力を(まと)った指でバラバラだったミスリル銀をひとまとまりにする。


「…よし」

《それなりに安定するようになったわね》


 ウィッカに褒められた。


「そりゃあ、これだけやってればね」


 舞い上がりそうになるのを自制する。

 最近やっと分かった。調子に乗ると、こういう作業は大体失敗するのだ。


 一回深呼吸した後、ミスリル銀の塊から一部取り分け、粘土細工の要領で指輪の形に成形していく。

 それが完全に固まってから、2つ目、3つ目と制作する。


 手早く、でも正確に、かつ丁寧に。それだけを念じて作業を続けること数十分、大小2種類の指輪を5個ずつ作ったことろで、ミスリル銀が全て完全に固まった。


「…前回より少ないかあ…」


 固まるまでのタイムトライアルのようなものである。

 マナタイトの振りかけ方と添加量、マナタイトを混ぜる際の魔力の圧力や総量によってミスリル銀の柔らかさと固まるまでの時間は変わるため、単純に比較はできないが、前回の自分に負けたようでちょっと悔しい。


《でも、前回よりマシね。合格3、不合格7ってところかしら》


 指輪を一つ一つ丁寧に確認して、ウィッカがヒゲを広げる。前回は12個作って、合格2、不合格10だった。


「とうとう成功率3割…!」

《はいはい。浮かれてないで次行くわよ》


 ガッツポーズを取っていたら、ウィッカに尻尾で叩かれた。

 ハイ、と姿勢を正し、出来上がった指輪を一旦トレイの外の絹布の上に移す。


 そしてガラストレイの上に置いたのは、ガラス製の細長くて四角い棒、2本。

 少し隙間を開けて縦に平行に配置し、その間に指輪を立てた状態で挟む。練習なので、合格品も不合格品も扱いは一緒だ。

 もっとも、不合格になったものは『バリ』が発生していて手を怪我する恐れがあるため、取り扱いには要注意。


 ちなみにこのガラスの棒、本来の用途はペーパーウェイトである。本当なら専用の指輪ホルダーを使うべきなのだが、そちらは只今、街のガラス職人に特注で作ってもらっているので、練習はペーパーウェイトで代用する。


 指輪を立たせたら、一周回転させて宝石を埋め込む位置を決める。そこが指輪の『顔』になるので、慎重に。その位置を真上になるように調整したら、準備完了だ。


「…よし。行きます!」

《慎重にね》


 使うのは、細長いペン──のようなもの。

 軸は柔らかい木製で、滑り止めに革テープが巻いてある。先端部分は軸よりかなり細い硬質な木材で、先端部分が鋭く尖っているのが特徴である。この街の木工職人に依頼して作ってもらった。


 さて、問題はここからだ。


 先端で極少量のマナタイト粉末を取り、それを指輪の表面に付着させる。宝石を嵌め込みたい位置の中央に、正確に。

 そしてそこに手をかざし、高圧の魔力を一瞬だけ照射する。

 マナタイト粉末がミスリル銀の表面に溶け込むまで待ってはいけない。マナタイト粉末が形を変え始めたタイミングで、魔力照射を止める──というのが理想だが、位置が位置なので、実際には目で確認しながら作業するのが難しい。ほぼ勘である。


「……」


 この瞬間が一番緊張する。かざした手を退けると──


「……あ」


 マナタイトが完全に消えていた。

 魔力をまとった手で押すと、指輪の上半分が、粘土のようにふにゃりと歪んでしまう。


 普通に加工するならこの柔らかさで大成功だが、再加工だと失敗だ。本当なら宝石を埋め込む部分だけ、柔らかくならなければいけない。


「ああー……」


 私が肩を落とすと、ウィッカが片耳を伏せた。


《まだ魔力照射の精度が甘いわね。必要な部分に必要な圧力と量で、照射できないと》

「それが難しいんだよう……」

《知ってるわ》


 だから宝石が象嵌された魔鉱細工は超高級品なのだ。ただでさえお高い材料費に、職人の類稀な加工技術費が上乗せされる結果である。

 しかしこれができなければ話にならない。アイリーンが指定したのは、指輪の外側に宝石の象嵌、内側に『幾久しく 共に』という文章の刻印。

 この注文は恐らくアナスタシアと婚約者の結婚指輪だから、絶対に高いクオリティで仕上げなければならないのだ。


「──よし、頑張るか!」


 私は気合いを入れ直して、新しい練習用の指輪をガラストレイの上にセットする。


 歪んでしまった失敗作が、トレイの端で恨めしく光っていた。





「──で、成功したの?」

「……その……」


 数日後の夜、自宅1階の応接区画にて。

 ソファーに座って私の努力の報告を聞いていたアイリーンに冷静に訊かれ、私は言葉を詰まらせた。


 アイリーンは学生時代からの友人で、今は実家の商会が保有する宝飾品店の副店長。私が作った魔鉱細工を店頭に並べてくれる、唯一にして強力な取り引き相手だ。

 指輪への宝石の象嵌と文字の刻印の注文を持ってきたのも、このアイリーン。

 その美しい碧眼(へきがん)は冷静そのもので、口に出して急かされたりはしていないのに、やたらとプレッシャーを感じる。


「……ええと、まだ、デス……」

「……でしょうね」


 思い切り目を逸らして呟いたら、溜息が返ってきた。


 アイリーンはこうして定期的に私の住む借家を訪れ、私の作った魔鉱細工の売り上げや最近の宝飾品業界の流行について教えてくれる。魔鉱細工が売れた場合は、私の取り分も持ってきてくれる。

 ついこの間ようやく初の売り上げがあり、それ以降も、シンプルなアクセサリーは次々売れていった。初期に納品した置き物類は何一つ売れていないが。


 アクセサリーは売り切れたので次の商品を納品してもいいのだが、まずは指輪の再加工を優先したくて、新しいアクセサリーの作成は中止している。

 これから先、同じような依頼が来ないとも限らないし、今のうちに腕を上げておかないと後々大変なことになるかも知れないからだ。


「──まあいいわ。お客様には加工完了日は未定だって言ってあるし、お急ぎでもないみたいだから」


 などとアイリーンは言うが──


「あのー、アイリーン?」

「なぁに?」

「この指輪の依頼主、貴族だよね?」

「そうよ」

「……もしかして、その、エイローテ男爵家のご令嬢とその婚約者からの依頼じゃない? これ」


 恐る恐る訊くと、アイリーンは軽く目を見張った。


「あら、知ってたの?」


 アナスタシアのフルネームは、アナスタシア・エイローテ。エイローテ男爵家の一人娘。

 ついでに言うと、その父親、現エイローテ男爵は狩人の11番。ベテランにして苦労人の名を欲しいままにしている、不幸な星の下に生まれた男である。


 わずかな可能性に賭けた私の質問に、アイリーンは無情な答えを返してきた。私は頭を抱えてローテーブルに突っ伏す。


「…その2人の入籍、結婚指輪待ちなんだけど…!?」

「え」


 喉から絞り出した声に、アイリーンが唖然とした呻きを漏らした。


「…え? 待って、だってお二人とも、急ぎじゃないから気長に待つって言ってくれてたわよ?」

「私もそう聞いた。そう聞いたけどさあ、待ってるんだよ? 半年も一年も待たせられないでしょ!? こう、心情的に!!」

「そりゃあね…っていうか一年計画だったわけ? そもそも貴女、何で依頼主が分かったの?」

「…………エイローテ男爵家のアナスタシアは領主館の代筆課所属。つまり私の同僚」

「あー……」


 なるほど、とアイリーンが苦笑いした。


「で、図らずも本人から聞いたわけね? 同僚と仲良くなるのも良し悪しねぇ」

「…仲良くなったのはいいんだけどね」


 そう、そこはいいのだ。むしろちょっと嬉しい。

 だが仲良くなったが故に、指輪の再加工に猶予がなくなったし完璧に仕上げなければならないというプレッシャーが爆上がりした。

 いや、依頼主が誰であろうと完璧に仕上げなきゃいけないのは同じだけど。魔鉱細工師としては。


 頭を抱える私の肩に、アイリーンがポンと手を置いた。


「頑張りなさいな。婚約から結婚まで1年以上かかると、その家の評価が地に落ちるしね」

「軽ーく脅迫じみたこと言わないでくれるかな!?」


 悲鳴を上げたところで、プレッシャーのかかる現実が変わるわけではない。


 何が何でも、指輪は早急に、かつ完璧に仕上げなければならないのだ。








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