4 屁理屈でも理屈は理屈
「素直に魔鉱細工師の方は副業ですって言えばいいじゃない」
「文官は副業禁止だからダメ」
他領なら違うかも知れないけれど、ここクレメンティ領の領主館に勤める文官は副業禁止だ。服務規程に書かれているし、そもそも高給取りの文官がそれ以外で収入を得るなんて非常識だ、みたいな風潮がある。
私が説明すると、アイリーンはぽかんと口を開けた。
「なにそれ、聞いてないわよ?」
「今初めて言ったからね」
「私、ルール違反の片棒担いでたってことじゃないの!」
「大丈夫」
私は上体を起こして胸を張った。
「文官は副業禁止、だけど、文官を副業にするな、とは書いてないから」
本業が文官の人間が副業をするのがダメなのであって、別のことを本業にしている人間が副業として文官になることは禁止されていない。
つまり、本業が魔鉱細工師である私はセーフ。
「…それ、屁理屈って言うのよ」
「屁理屈でも理屈は理屈」
それにね、と私は深刻な顔を作る。
「私、言うほど高給取りじゃないし。文官っつったって下っ端の下っ端、平民かつ孤児院出身だからね。高給取りなのはお貴族様だけ。昇給もあってないようなモンだし」
貴族と平民という身分制度があるこの国で、貴族と関わることも多い文官という職に孤児が就けるだけでも御の字なのだろう。
ただ──私はそもそも、自身が文官になったこと自体を納得していない。
実は学生時代、クレメンティ共立学校の校長が私に目を付け、アッカルド孤児院の院長と結託して私を勝手に文官として推薦したのだ。
奨学生の資格を失わないように頑張っていたのが裏目に出た。奨学生の資格を維持できるように特別指導をしてあげようと言われて職員室で受けた小テストが文官採用試験の筆記試験で、校長室に呼び出されて校長の知り合いだっていうオッサンと話したら、実はそれが面接試験だったなんて、一体誰が想像するだろうか。
全校集会で前に呼ばれて、受験した覚えのない文官採用試験の合格を祝福され、いつの間にか採用時の必要書類も提出されていた。孤児院のみんなにも知られていて、完全に逃げ道を塞がれていたのだ。
その時の私の荒れっぷりはアイリーンもよく憶えていることだろう。結局私は彼女の「魔鉱細工師になるならアッカルドの街よりこの街に住む方が絶対いい。この街の居住権は、文官になれば自動的についてくる。領主館の文官なら給料も高いし、住む場所の確保と安定した収入のために文官になるというのはどうか」という説得により、文官になることを了承した。
思ったより安い給料に泣いたのは、文官になってからだ。公表されていた文官の給料は『平均値』で、一部の高給取りがその平均値を吊り上げていたと知ったのはさらに後。もはやただの詐欺だろう。
…思い出したらちょっと腹立ってきた。
「…勧めた私が言うのもなんだけど、貴女、よくそれで仕事続けられるわよね」
アイリーンが若干引き気味に呟く。
私はひらひらと手を振った。
「だってあっちは副業だからね」
配属されたのが代筆課だったのも運が良かった。ただ書類を清書するだけだから極端に重い責任もないし、依頼されるのも定例会議の議事録とか、重要度の低いものばかり。自分のペースで仕事が進められるから、残業もほぼない。他人を見下す馬鹿に絡まれることはあるし、色々と思うところのある相手もいるが、副業の仕事上の繋がりだと思えばそれほど腹も立たない。
「…まあ収入に関して言えば、もう一つの役割があるから、ってのもある」
「ああ…」
アイリーンが納得の表情を浮かべた。
「そっちも相変わらず?」
「うん。たまに無茶振りが来ることもあるけど、材料費のためだと思えば」
魔鉱細工は、その名の通り魔鉱──ミスリル銀やオリハルコンを使う。材料として用意しなければならないミスリル銀やオリハルコンのインゴットは、金や銀より高価だ。文官の給料だけではこの領都で普通に生活するので精一杯で、そんな馬鹿高いものを買う余裕なんかない。
でも私には、仕事とは違うもう一つの『役割』がある。まあそれも学生時代、魔法学の非常勤講師に強引に勧誘されて半ば巻き込まれる形で始めたんだけど──正直、隙間時間にやるその役割の収入の方が、文官の給料より高い。魔鉱細工師としては見逃せない特典もあるし。
大変ね、と苦笑したアイリーンは、表情を切り替えてパンと手を打った。
「──さて、それじゃあ仕事の話をしましょうか。セラフィナ、新しい商品はある?」
今日の本題はそれだ。私は笑って頷き、一旦奥の工房エリアに引っ込む。
先ほど確認した鍵付きの引き出しを開け、中身を取り出してアイリーンのもとへ戻った。今回はなかなかの自信作だ。
「今回の新作は、これ!」
手のひらより小さな物体をローテーブルに置く。
全体の色味は白銀、反射光は青。独特の色合いが美しい金属でできた置物。正真正銘、ミスリル銀の魔鉱細工だ。
アイリーンはそれを手に取り、目をすがめ、正面背面上下左右、くるくると回して丁寧に検分していく。
今では実家の持つ宝飾店の副店長として活躍しているアイリーンの下す評価は、果たして──固唾を呑んで見守っていると、アイリーンは深く息を吐き、そっと魔鉱細工をテーブルに戻した。
そして。
「セラフィナ」
「なに、アイリーン」
「……………これは、一体、何かしら?」
「…魔鉱細工だけど?」
今更何を訊いているのだろうか。私が首を傾げると、アイリーンは深いしわを刻んだ眉間に手を当てて呻いた。
「…訊き方が悪かったわ。──これは、何をモチーフにして作ったの?」
「犬」
私が即答したら、アイリーンはぴたりと動きを止めた。手を下ろし、真顔で私を見て、魔鉱細工を見て、もう一度私を見て、
「…………犬?」
「そう」
「子どもが作った泥人形じゃなくて?」
「犬だよ、間違いなく」
私は真顔で繰り返した。
顔の左右に垂れ下がった大きな耳につぶらな瞳、ちょっぴり樽っぽいボディに短めの尻尾。どこからどう見ても、お座りして期待の眼差しでご主人を見上げている犬だ。褒められ待ちって顔だ。
子どもの頃見たあの精巧なドラゴンの姿が、私の目標。まだまだあれには及ばないけれど、今回は結構上手くできたと思う。ちゃんと立つし。
私が胸を張っていると──アイリーンは深く深く溜息をついた。
え、なにその残念な生き物を見る目。
「……セラフィナ、悪いことは言わないわ」
アイリーンは低い声で呟き、ガシッと私の両肩を掴む。
「貴女はまず、基本的な造形のアクセサリーを作りなさい。装飾の入っていないシンプルな指輪とか、涙滴型のイヤリングとか、メダル型のペンダントとか。で、こういう生き物の造形は、粘土とかで練習なさい。実物をよく見て。なんだったら私が連れてきてあげるから。犬とか鹿とかイタチとか」
「え、それ大変じゃない?」
完全に真顔で言いつのるアイリーンに思わず突っ込んだら、
「──こっっんな未知の生物だか何だか分からないものを「犬」とか言われるくらいなら本物連れてくるくらいわけないわよ! 貴女、私が犬派だって知ってるでしょ!?」
アイリーンは頭を抱えて叫びだした。
うん知ってる。犬を貶す相手にはどんな手を使ってでも報復するもんね、昔から。
…あれ? もしかしてこれ、アイリーンの逆鱗に触れたってやつ?
ようやく気付いて、背中にぶわっと汗が噴き出した。この借家、出て行けって言われたらどうしよう。
突然の危機に私が固まるのをよそに、アイリーンは頭を抱えたまま呻く。
「…百歩譲って、貴女の造形センスが壊滅的なのは仕方ないわ。知ってたし。前からそうだったし」
ひどくない?
「でもね、そのセンスで犬を作るのだけはやめてちょうだい。もっときちんとセンス良く造形できるようになってからにしてちょうだい。ねっ!?」
「ハイ」
ギラッと光る碧眼がこちらを向き、私は一も二もなく頷いた。怖い。
その後私は犬認定されなかった犬の置物をシンプルなアクセサリー類に作り直すことを約束させられ──アイリーンは嵐のように去って行った。
…今まで納品した物の中にも犬をモチーフにしたやつがあるってことは、アイリーンには絶対黙っておこう…。




