3 この街唯一の魔鉱細工師(自称)
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これ以降、区切りの良いところまで、毎日昼12時に1話ずつ更新します。
よろしければお付き合いくださいませ。
「はーい」
ドアのすりガラス越しに、見知ったシルエットが見える。すぐにドアを開けると、そこには迫力美人が立っていた。
「ハイ、セラフィナ」
「いらっしゃい、アイリーン」
緩やかなウェーブのかかった豪奢な金髪に、長いまつ毛に縁取られた碧眼。メリハリのある体つきを程よく彩るマーメイドラインのロングスカート。片手を挙げるごく普通の仕草すら輝いて見える。
「…ちょっと、なに拝んでるのよ」
「いや、つい」
迫力美人の目が不機嫌そうに細められたのを見て、胸の前で合わせていた手をスッと下ろす。
いや、女神を拝んでおけば何かご利益ありそうじゃない? ダメ?
「貴女、本当に学生の頃から変わらないわね」
「まあね」
呆れを隠そうともしない美人には、とりあえず胸を張っておく。
この迫力美人ことアイリーンは、学生時代の友人だ。大きな商家のご令嬢で、孤児院出身の私とは、本来なら住む世界が違う。
「──それじゃ、今月の報告よ」
ソファーに対面で座り、安い紅茶で一息ついた後、アイリーンは真面目な顔で切り出した。
「お願いします」
私もピシッと姿勢を正す。
毎度毎度、この瞬間が一番緊張する。心臓が高鳴り、指先が冷えていく。
「今月の売り上げは──」
「売り上げは…?」
お互い、ぐっと身を乗り出し──
「…………ゼロ!」
「んぐっ」
アイリーンがスパンと言い放つ。前のめりの体勢を支えていた手がずるりと滑り、私は座ったまま前につんのめった。
ソファーから転がり落ちなかったのを誰か褒めてほしい。
「……ゼロ?」
「ええ」
「………今月、も?」
「そうよ」
女神は無慈悲だった。
つんのめった体勢のまま上目遣いに哀れっぽく問いかけても、アイリーンの答えは変わらない。ただただ、憐れみを含んだ視線をこちらに向けるだけ。
「そろそろ素直に、普通のデザインのものを作ったらどう? ただでさえ、魔鉱細工は単価が高くて手が出にくいんだから」
「うう…」
ズバズバと言われ、私はがっくり肩を落とす。
魔鉱細工──ミスリル銀やオリハルコンなど、魔力を帯びた特殊な金属で作った細工物。
実は私は、それを作る職人、魔鉱細工師なのだ。
…売り上げゼロじゃ職人とは言えない?
…た、たとえ売れなくても作ってるのは事実だから! 売れて、なくても…!
「シンプルなペアリングとかなら平民でも手が出せるくらいの値段にできるのよ。簡単でしょ?」
アイリーンが提案してくる。が。
「それはできない。職人の矜持として」
私は首を横に振った。
──私が魔鉱細工に出会ったのは、6歳の時。
孤児院のあったアッカルドの街で年に一度開かれる祭り。そのメイン会場に展示されていた。街を治める貴族が公都クラペリッサで手に入れた逸品という触れ込みで。
それは手のひらサイズの、美しいドラゴンの置物だった。遠目でしか見られなかったけれど、その姿は私の脳裏に焼きついた。
そして私は、そういう物を作る職人、魔鉱細工師になろうと決めたのだ。
魔鉱細工師になるには、技術も知識も要る。個人で働くなら法律や経理の知識だって要るだろう。
でも、専門的なことを学べる学校に進学するためのお金はない。
私は色々と調べ、領都の学校に目をつけた。
このクレメンティ領の領都──街の名前も『クレメンティ』なので、市民には単に『領都』と呼ばれている──には、領主一族が出資する学校、その名も『クレメンティ共立学校』がある。一般教養から商業、技術、芸術、法律、果ては魔法まで、ある程度自分で好きな授業を選んで学べる全寮制の学校だ。
入学年齢の最低ラインが15歳で、原則3年制、留年制度あり。ただし入学試験を突破しないと入れないので、実際には大体17歳から18歳くらいで入学する者が多い。感覚的には日本の高校と大学の中間くらいの位置付けだろうか。
一応、貴族平民関係なく全ての領民に向けて開かれている学校という触れ込みだが、領主一族が出資している『箔付き』の学校なので、通う学生は貴族の子息が多い。そして相応に、学費も寮費もお高い。はっきり言ってそこら辺の平民が払える値段じゃない。
その救済策として、学校独自の奨学生制度が設けられていた。
まず、入学試験で成績トップ3に入れば入学金と入寮費と最初の学期の学費と寮費が免除。その後も定期試験でトップ3に入っていれば、次学期の学費と寮費が免除される。
当然、ハードルは相当高い。だが私は『前世の知識』と『教師の思考が予測できる精神年齢』という切り札を駆使して試験を攻略し、在学中ずっと成績を維持し続け、タダで学校を卒業した。
アイリーンに出会ったのはその学校でだ。商家のお嬢様なのに驕ったところがなくて、他のクラスメイトには笑われた『魔鉱細工師になる』という夢を真面目に応援してくれた。
しかもただ応援するだけじゃなくて、卒業後、実家の所有するこの変わった賃貸物件を私に紹介してくれて、実家が持っている宝飾品店に私の作った魔鉱細工を置いてくれている。
…まあ、今まで1個も売れてないけどね。
それでも店頭に商品として置き続けてくれている。完全に頭が上がらないのは確かだ。
でも、私にも譲れない一線というものはある。
『普通の物を作れ』という提案を拒否した私に、アイリーンが半眼になった。
「…騎士の馬守りって格言、知ってるわよね?」
「うっ」
私は思わず目を逸らす。
騎士の馬守り──馬がいなくなったら『騎士』ではなくなるからと、本来守るべきものを放り出して自分の馬を守る愚かな騎士のことだ。
転じて、自分のプライドや名声や地位を優先して自分の生活や本当に大切にすべきものを顧みない者のことを指す。
「いい? 魔鉱細工師として生計を立てるならまず、買い手が「欲しい」って思うような物を作らなくちゃいけないの。でないといつまで経っても収入ゼロのままよ?」
女神の言葉の攻撃力が高い。ザクザク胸に突き刺さる。
胸に手を当てて、私は何とか言葉を絞り出した。
「…わ、私は生活費別口で稼いでるから生活に支障はないよ!」
「そっちは副業だって言ってなかった?」
「うっぐう」
私はカエルのような呻き声を上げてローテーブルに突っ伏した。
…そう。私にとって文官は副業。あくまでも、魔鉱細工師の方が本業なのだ。だから家も2階が居住区画、1階が応接・工房区画の職人仕様だし、文官仕事で残業もしない。本業の時間が減るのは嫌だから。
でも現状、金銭的には、『副業』に依存しているのは否めない。拘束時間だって長いし、傍から見たら文官が本業に見えるだろう。
でも違う。認めるわけにはいかない。私はあくまで魔鉱細工師なんだ…!




