25 余計な横槍
マナ・ウェポンを展開したまま館内を一周し、私は中庭に駆け出た。
道中、片っ端からドアを開けて避難を呼びかけ、至近距離から襲い掛かってきたデモンは斬り捨て、出くわした狩人には避難誘導を押しつけてきた。
私の魔力に惹かれて追ってくるデモンの数は走れば走るほど膨れ上がり、もはや気配だけで寒気を感じるほどになっている。何体の侵入を許したのか、正直考えたくない。
領主館の中庭は休憩エリアの一つで、晴れた日には文官たちの憩いの場になっている。芝生に花壇、ベンチにガゼポ、つるバラのアーチに、高くなりすぎないよう上手く調整された庭木。よく手入れされているのが素人目にも分かる。ここは領主一家の居住区画から観賞する場所でもあるからだ。
…ここを更地にしていいとか、オウルも思い切ったことを言う。
とはいえ実際、デモンを集めて文官たちの業務に支障が出ないように倒せる場所は、私が考えてもここくらいしかない。前庭に誘導したらデモンが市街地に出てしまう恐れもある。
──さて。
「!」
振り向きざま魔力の短剣を振るうと、背後から飛び掛かってきたデモンが真っ二つになって霧散した。
その向こう側には、ぞろりと動く黒い塊。何体ものデモンが、私の後を追って館内から出てきている。
誘引に成功した…と言いたいところだけど、多すぎでしょこれ。
片っ端からマナ・ウェポンで屠りつつ、内心で呻く。倒しても倒しても続々やって来るあたり、まるでゴキブリだ。
在学中、狩人になったからと護身術の授業を取って正解だった。多少なりとも身体が動けば、あとは魔力に任せてデモンを倒せる。
そんなことを考えながら、次々デモンを狩っていると──
「4式、ファイアストーム!」
「は!?」
横から魔法が飛んできて、目の前のデモンの群れが炎に包まれた。
視線を転じると、出入口の一つにデイヴィッドが仁王立ちして、得意気な顔で両手を突き出している。
奴が魔法を使った──声に聞き覚えがある。何で今まで気付かなかったんだろう。45番だ。
理解して、瞬時に全身から血の気が引いた。マナ・ウェポンを解除し、別の魔法陣を展開する。
…あのアホ…!
炎が消えると、デモンは確かに減っていた。半分くらいは。
つまり、半数は無傷。これが意味するところは一つ──半数は上級以上のデモンなのだ。
「…へ?」
デイヴィッドが呆けた声を上げる。
ぞろり、不定形のデモンが縦に伸び──歪な人型を取ってデイヴィッドに向けて突進した。
「なっ!?」
「5式、アブソリュート!」
デモンの群れの足元に巨大な魔法陣が展開し、キィン!と音を立てて青く輝く。
次の瞬間、デモンたちはビタッと動きを止めていた。
表面にみるみるうちに真っ白い霜をまとい、下から上へ、ボロボロと崩れて霧散する。
…何とか間に合った。小さく安堵の溜息をついた後、私は足音を立ててデイヴィッドに近付く。
デイヴィッドはその場に尻餅をついていた。逃げようとしてつまずいたらしい。
こんなヤツ助けなくてもよかったんじゃないかと思わなくもないが、目の前で死なれるのも寝覚めが悪い。難儀なことだ。
「文官は前庭に避難しろって言われませんでしたか?」
ギリギリ口調を整えて言う。今の私は文官のセラフィナ・アッカルドの姿をしているのだ。
デイヴィッドはこちらを見上げ、自分の状態に気付いたのか慌てて立ち上がった。そして、胸元から狩人のペンダントを取り出す。
「私は狩人だ!」
「キャット以外の狩人は民間人の避難誘導をしろ、デモンに攻撃するな、って指示も出てたはずですけど」
「倒せる相手を前に手をこまねいているなど、狩人のすることではない!」
どうしよう、こいつ馬鹿だ。
私が心の底から呆れていると、勝ち誇るように胸を張っていたデイヴィッドが「うん?」と表情を変えた。
「待て。狩人にしか聞こえなかったはずの指示を、どうしてお前が知っている?」
至極もっともな突っ込みだが、如何せん、気付くのが遅い。
はー…と長い溜息をついて、私はデイヴィッドを睨みつけた。
「私が、キャットだからに決まってんだろうが」
敬語をかなぐり捨てると、デイヴィッドが目を剥いた。
「はあ!? お前がキャット!? 冗談だろ!」
「じゃあ今お前が見たモンは何なんだ。中庭にいて5式を扱える人間が、キャット以外にいるとでも?」
「うっ…」
「さっさと前庭に行って文官に混ざってろ。自分が狩人だって誇示したいなら護衛でもしてりゃいい」
長々と相手をしている暇はない。どうせすぐに第二波が来る。言うだけ言って私が背を向け、魔法陣を展開すると、デイヴィッドは焦りを含んだ声を上げた。
「ま、待て! 一人でどうするつもりだ!」
「むしろお前が邪魔」
「はあ!?」
何やら怒ったようだが。
「5式ファイア・ジャベリン!」
ズドン!
館から出てきたデモンに炎の一撃を見舞うと、デイヴィッドが静かになった。
……それにしてもさっきから寒気が引かない。多分まだ他に、ヤバい奴がいる。
理由には心当たりがあった。デモンは、人を襲い魔力を取り込むと、その魔力量によって等級が上がることがあるという。
私が見ただけでも、何人かはデモンに襲われていた。上級デモンが人の魔力を取り込んでいたら──あまり考えたくはないが、手に負えないレベルになっている可能性もある。
この街の名持ちの狩人は4人。そのうちオウルは監視専門、ウルフは黒の隔離地で対処中、もう一人は事実上の非戦闘員。
今この場で対処できるのは、私しかいない。
あまりの状況に、変な笑いが出そうになる。私は魔鉱細工師なのに、何故文官の職場に狩人として立っているのだろうか。
微妙な物悲しさを感じていると──さあっと周囲の気温が下がった。
──ケタ。ケタ。ケタ。
拍子木のような、どこか無機質な笑い声が中庭に響く。それに応えるように、木々がざわざわと揺れた。
凍るのではないかと思うくらい冷えた空気。晴れ渡っているはずなのに灰色にくすんで見える空。
知らなくても分かる。これは──
「ひっ…!」
デイヴィッドが悲鳴を上げ、再度その場に尻餅をついた。恐怖に引きつった顔で斜め前方を見上げている。
その視線の先を追うと──屋根の上に、黒くわだかまる影があった。
ケタ。ケタ。ケケケ。
「…っ!」
それを視界に入れた瞬間、頭に鋭い痛みが走った。
──もう嫌だ。
──仕事なんてしたくない。
──家に帰らせて。
──ここで全部諦めれば、楽になれる…




