24 下っ端文官の正体
「アナスタシア様!」
ようやく同僚が駆け寄ってきたので、彼女にアナスタシアを預けて立ち上がる。
「まだ上手く動けないと思うんで、無理はしないでください」
「ま、待ちなさい! 貴女、あの黒い──あれが何なのか、知っているの?」
アナスタシアが青い顔で訊いてきた。
私は端的に答える。
「デモンですよ」
室内には、課長やアナスタシア、複数の人間がいる。既に魔法を使うところを見られているから誤魔化すのは無理だし、何より時間の無駄だ。
「で、デモン? あれが?」
アナスタシアが目を見開いた。
その背後、天井の穴から、また黒い影が覗く。誰かがヒッと悲鳴を上げた。
「3式バレット・ショット!」
魔法を叩き込んで消滅させながら歯噛みする。予想通り、侵入したデモンは1体ではなかった。
──うわああ!
──なんなの!?
館内のあらゆる場所から悲鳴が上がる。
黒の隔離地から冷房設備の通気口を通って領主館内全域へ、デモンが侵入してきているのだ。
こんな状況、どうしろってんだ…!
「な、なに…?」
「なにが──」
同僚たちが青い顔で周囲を見渡す。
予想通りだが、事態についていけていない。この領主館の中に、デモンに対処できる者が果たして何人いるか。
──仕方ない。
私は覚悟を決めて、襟元から狩人のペンダントを引っ張り出した。外側の円環をくるくると回し、絵柄を合わせる。そして、
「──キャットより全狩人ならびに管理事務所へ! 緊急事態発生! 領主館内全域にデモンが侵入! 推定侵入経路は領主館全館冷房設備! 行動可能なものは直ちに対処を求む!」
するとすぐ、反応があった。
《こちらウルフ! オイどういうことだ!? 監視は何やってんだ!?》
「私に訊くな! こっちは取り込み──バレット・ショット!」
ズバン! と魔法を放ち、再度天井の穴に見えたデモンを消し飛ばす。
「こっちは取り込み中! 館内のデモンはなるべく引っ張ってくつもりだけど殲滅するための場所がないしどこに引っ張って行けばいいのか分からないしその間の民間人の命の保証がないし多分既に何人か被害が出てる!」
ペンダントに向けて、思わず悲鳴じみた声が出る。「はあ!?」と叫ぶウルフの声に被さるように、オウルの声が響いた。
《こちらオウル。状況は把握した。キャットはデモンを中庭に誘導して殲滅。中庭が更地になっても俺が責任を取る。他の狩人は至急領主館に急行し、館内の全ての人間を前庭に避難させろ。デモンの標的をキャットに絞るため、キャット以外、魔法攻撃は原則禁止とする。いいな》
「了解!」
館内での魔法使用禁止は、建物を破壊しないようにという意図もあるのだろう。
私に続いて、ペンダントの向こうで了承を返す声が複数上がる。さらに、
《ウルフは黒の隔離地へ向かってくれ。今連絡があった。黒塊が上級デモンを吐き出したそうだ。俺もまずはそちらを優先する》
《了解した! ──キャット、無茶すんじゃねぇぞ!》
「了解」
狩人としての名目上は一応同格だが、ウルフは学生時代の恩師だ。今も忠告を自然にしてくるのに、心強さとくすぐったさを感じつつ了承を返す。
…まあ、無茶するのは前提だけどね。
狩人の仮面もマントも手元にないから、デモンに触れたらさっきみたいなことが起きるし、触れなくても上級デモンに相対したら影響を受けるのは間違いない。先ほど感じたひどい寒気は、今も頭に焼きついている。
だからこそ、さっさと集めてさっさと倒さなければいけないのだ。
ペンダントから手を離すと、シャランと鎖が鳴った。
「あ…貴女、狩人なの…?」
アナスタシアが呆然と呟く。他の同僚たちも似たり寄ったりの表情だ。
私は苦いものを感じながら頷いた。
文官は副業禁止だ。もしかしたら、これがここにいられる最後の時間かも知れない。そもそも生身でデモンと戦って無事でいられる保証もないが。
半強制的に就業させられた場所だけど、仕事自体は嫌いじゃなかった。そんな思いを振り切り、私は課長に顔を向ける。
「課長、みなさんを連れてそこの窓から前庭へ避難してください。館内は危険です」
「わ…分かった」
幸い代筆課は1階で、掃き出し窓があるから直接外へ脱出できる。
課長は青い顔で頷いた。よろよろと立ち上がり、皆を見渡す。
「全員、急いで前庭へ!」
「は、はい!」
課員たちが弾かれたように動き出した。奥の個室に先輩たちを呼びに行く者、掃き出し窓を開ける者。数分もかからずに、次々外へ出て行く。
最後に残ったのは課長と、何とか立ち上がったアナスタシアだ。私を振り返り、不安そうな顔をする。
「セラフィナさん、君は」
「私はデモンのエサ、兼、とびっきりの罠なので」
「え、エサ? 罠? 何を言っていますの?」
困惑しきりの2人をよそに、魔法陣を展開する。ウルフ直伝、私の奥の手だ。
「5式、マナ・ウェポン──ショートソード!」
魔法陣が圧縮され、淡く光る短剣の形を取る。それを右手に持ち、私は2人に早く出て行くよう促した。
「出たら窓を閉めて、できるだけ遠くに離れてください」
「…分かった」
「セラフィナさん、その──気を付けて」
窓を閉める直前、アナスタシアらしからぬ気遣わしげな表情が、強く印象に残った。
もしかしたら私は、彼女について思い違いをしていたのかも知れない──そう思いながら、廊下に飛び出す。
5式マナ・ウェポンは特殊な魔法だ。超高圧の魔力で、疑似的な武器を作り出す。
剣の形を取れば全てを切り裂き、槌の形を取ればあらゆる物を粉砕する。下手な魔剣を上回る攻撃力を持つ。触れたものに対してだけ作用し、私が手を離したら勝手に消えるので、扱いを間違えなければ館内の設備に被害を及ぼすこともない。
ただし──高圧の魔力で構成されている関係上、展開している間、延々と魔力を消費する。つまり燃費が非常に悪い。
逆に言うと、魔力を垂れ流す状態になるので、デモンの誘引には非常に効果的だ。
隣の部屋に駆け込むと、すぐ近くに黒い塊がうごめいていた。私が部屋に踏み入った瞬間、こちらに跳ね飛んでくる。
「!」
右手を一閃すると、何の手応えもなく真っ二つに切り裂かれ、デモンはあっさりと霧散した。
デモンがいた場所には、若い男性文官が横たわっている。襲われていたのだ。
「…う…」
まだ息がある。
「え…? せ、セラフィナさん?」
奥の方で固まっていた文官のうちの一人が声を上げる。状況が掴めていないようだが、デモンから離れたのは正解だ。
「全員、前庭へ避難してください! この人も連れて行って!」
「え、なに」
「いいから早く!」
「わ、分かった!」
説明している暇はないのだ。私が叫ぶと、年嵩の男性が慌てた様子で動き出した。
そこに、濃灰色のマントと白い仮面をつけた人影が飛び込んでくる。
「こちらは狩人だ! 緊急事態につき、全員前庭へ避難を」
「丁度よかったここの人たちよろしくこの人はデモンに襲われてたから処置込みで!」
「は? その声キャット…って待っ…!?」
背後で何やら叫んでいたが、それを気にする余裕はなかった。私は即座に廊下に飛び出す。
館内の文官たちがこれ以上被害に遭う前に、デモンを中庭に誘導しなければならない。ランクの高い魔法は軒並み広範囲高威力で、室内では迂闊に使えないのだ。
背後で、誰かが何事か叫んでいた。
「11番よりオウルへ! まずいです! キャット、仮面もマントもつけていません!」




