21 商談
それからしばらくして店員に呼ばれ、私は店の奥に通された。
向かった先は上客用の個室だ。本来はVIP専用らしいけど、防音がしっかりしていてセキュリティも万全なので、魔鉱細工を持ち込む時はいつもここに通される。
革張りのソファーに水晶天板のローテーブル、他の調度品も見るからに高級品で、毎回無駄に緊張するけど。
「…貴女、まだ慣れないの?」
そんな私の緊張を見抜いたアイリーンの第一声は、見事な呆れ声だった。
ソファーに座ってメイドが出してくれた紅茶を飲む仕草は、まさに上流階級。本物の貴族であるアナスタシアよりよほど貴族っぽい。
この部屋の調度はそんな彼女だからこそ似合うのであって、格安で借家に住まわせてもらっている私に同じ水準を求めるのは無理な話だ。
「慣れるもんではないと思うよ」
私は肩を竦めて応じ、バッグの中からいくつかの小箱を取り出す。
「今回の納品は、これ」
ローテーブルに小箱を並べ、そのうち一つの蓋を開けると、アイリーンが身を乗り出した。
「これは…指輪?」
「うん。あと、ペンダントトップとイヤリング…のパーツ」
手元にはチェーンもイヤリングの金具もなかったので、ミスリル銀で作った部品のみの納品だ。
小さな魔鉱細工がずらりと並ぶと、アイリーンは目を輝かせて指輪を手に取った。
「すごいわ。まさか本当にアクセサリーを作ってくるなんて」
「ねえちょっと、さり気なく失礼じゃない?」
思わず突っ込むが、
「貴女、今まで残念極まりない置物しか持ってこなかったじゃない」
「うっ」
不満ではなく憐憫の情たっぷりの視線が返ってきて、私は咄嗟に目を逸らした。
…まあね。今までのと比べたらそりゃあ…実用性が段違いに高いのは認める。一つ一つが小さいから、現実的な値段にできるだろうし。
肩を縮める私をよそに、アイリーンは真剣な目で魔鉱細工を検品していく。表面を丁寧に指でなぞり、全方向から眺め、あるいは試着し、そして──
「…品質も十分ね。全て、店頭に置かせてもらうわ。パーツは適当に見繕うわね」
にっこり笑って告げた。
私はぱあっと顔を輝かせる。
「ありがとう!」
間違いなく、今までで一番需要がある商品だ。きっと、魔鉱細工師としての初収入に繋がる。
普通の商品と違って、私の魔鉱細工はほぼアイリーンのお情けによって店に並べられている。店頭に置いてもらうだけならお金はかからず、売れた場合のみ、その売り上げの一部を店に渡すという契約だ。
つまりこれが売れれば、「タダでショーケースの一部を占拠している」という大変不名誉な状況から脱することができる。
…アイリーンは何も言わないけどね。一応、ちょっとは申し訳ない気持ちもあったんだよ。だって今まで、私が作った物が売り上げに貢献したこと、ないもんね…。
アイリーンは魔鉱細工を一つ一つ丁寧に布で包んで、袋に入れる。私も小箱を片付けた。
アイリーンがベルを鳴らすと、メイドが紅茶のおかわりとそのお供を持ってきてくれる。
白磁の皿の上に鎮座するのは──チーズケーキだ。
「うわあ…!」
「ウチのシェフの自信作よ。今度、カフェの方で出したいそうだから、感想を聞かせてちょうだい」
セラム商会の傘下にある店は多岐にわたる。このケーキは、数年前にオープンした比較的新しいカフェの新商品候補で、主なターゲットは若い女性。なるほどと頷いて、私は早速フォークを手に取った。
丸いケーキから切り出した形の、よくある三角形のフォルム。表面は焼き色がついていて、ジャムでも塗っているのか、照りがある。そっとフォークを入れると、シュワッと音を立ててきめ細かな生地が割れた。
スフレタイプのチーズケーキだ。今生では初めて見る。
ワクワクしながら口に入れると、チーズの香りと甘さと爽やかな酸味が口いっぱいに広がり、気泡のシュワシュワ感と柔らかな食感を存分に主張した後、舌の上でとろけて消えた。
…飲み込んだつもりがなかったのに、なくなってしまった…。
数秒、呆然と皿の上のケーキを見詰め、気を取り直して2口目をフォークで取る。
ものの数分で、チーズケーキは私の腹に収まった。
「…アイリーン、これヤバいよ」
紅茶を飲みながら呻く。この紅茶がまた柑橘系の香りを含んでいて、チーズケーキの余韻と滅茶苦茶合う。なんてモノを出してくるんだ。
「このサイズじゃ足りない。ホールでいける」
今食べさせてもらったのは、1ホール──丸いケーキを、8分の1サイズにカットしたものだ。食感が軽いので、ものすごくあっさり食べてしまう。
真顔で断言したら、アイリーンが「そうなのよねぇ」と頬杖をついた。
「美味しいのよ、ものすごく。でもホールで出したら明らかに女性向けじゃなくなるし、お値段も可愛くなくなるの」
「…それは確かに」
「それにほら、そもそも見た目が地味でしょう? どうやって売っていくべきか、悩んでるのよね」
アイリーンの言う通り、上面が艶々だったとはいえ、ほぼ茶色とクリーム色で形もシンプル。味と食感は女性が好みそうだが、例えば何も知らない人がイチゴのショートケーキとこのチーズケーキを見たら、見た目でショートケーキを選びそうだ。
…ならば。
「じゃあ発売前に、お客さんに試食してもらったら?」
「試食?」
「カフェでケーキセットを注文したお客さんに、一口サイズにしたこのチーズケーキを一緒に提供するの」
無料のおまけなら食べてみようという人は多いだろうし、発売前の新商品という言葉に惹かれる人もいるだろう。
そして食べてもらえば後はこっちのものである。一口では絶対に足りないし、新商品への注目度は上がる。発売前から口コミも期待できる。商品自体の認知度が上がれば、見た目の地味さはそれほど問題にならない。
私の思いつきに、アイリーンは目を見開き、その後すぐに笑顔になった。
「良いわねそれ! 後でカフェの責任者に提案してみるわ!」
──後に知ったのだが。
アイリーンは私との雑談で得たアイデアをさらに改善して経営に取り入れ、かなりの利益を得ていたらしい。
その貢献度は、絶対に売れないであろう何なのかよく分からないミスリル銀の置物を宝飾品店の貴族用エリアに常駐させられる程度には、大きかったそうだ。
「発売したら教えてね。すぐ食べに行くから」
「ええ、もちろんよ」
などと約束したが──
この後、販売戦略が大当たりしてスフレチーズケーキは発売前から大評判となり、カフェは予約必須となってしまった。
しかも予約は数ヶ月待ち。次に私がこのチーズケーキと再会できたのは、実に1年近く経ってからだった。
人気になるのも良し悪しだな…!




