20 エイローテ男爵家の2人
今回は区切りの関係でちょっと短めです。
この店には、ドレスコードなど存在しない。店構えが店構えなのでそれなりに気を遣った服装の客が多いが、別に平民丸出しの服でも追い出されたりしない。怪しい動きをしてたら警備員につまみ出されるけど。
アナスタシアは周囲を見渡し、ショーケースを覗き込んで──再度、口の端が上がった。私が見ていたのが平民向けの安価な商品だと気付いたらしい。
「あら…。せっかくこの店に来たというのに、この程度の物をご覧になっていますの? 後学のためにももっと高級な物を見た方が良いと思いますわ。買えるかどうかは別ですけれど」
…あん?
こいつ今「この程度の物」って言ったか?
殺気が滲み出そうになるのを、ギリギリで自制する。
この店で扱っている宝飾品は、全て一点物だ。素材が金だろうと銀だろうとプラチナだろうと魔法金属だろうと、その道のプロがデザインし、時間と労力と情熱を費やして作り上げることに変わりはない。
アイリーンの友人だから、そして魔鉱細工師だから分かる。値段が安いからといって適当に作っている物なんて、この店には存在しない。
一瞬崩れた笑顔をきっちり作り直し、私は口を開いた。
「ご親切にどうも。でも、お店が商品として並べている物に対して「この程度の物」って言い方はどうかと思いますよ。価格の違いはあれど、どれも職人が丹精込めて作った物ですから」
笑顔に威圧が乗ってしまった気もするが、まあよしとしよう。
さっきから店員さんたちの視線が痛い。平気で商品を貶す礼儀知らずのご令嬢と仲が良いとか思われたくない。
しかし、その後のアナスタシアの反応が予想外だった。彼女は激昂するでもなく、サッと青くなったのだ。
「わ、私、そんなつもりでは…!」
「アナスタシア」
ご令嬢の声が高くなりかけたところで、落ち着いた男声が響いた。
奥の貴族向けエリアから出てきた男性が、眉をひそめてアナスタシアを見詰めている。落ち着いた色味のスーツがよく似合う、痩身の中年男性だ。微妙に疲れているように見えるのは気のせいだろうか。
アナスタシアが動揺もあらわに振り返った。
「お、お父様」
「支払いを済ませるまで大人しくしているようにと言ったつもりだったが、何故他の客に絡んでいる?」
どうやらアナスタシアは、父親と買い物に来ていたらしい。
…で、父親が店員とやり取りしている間に暇を持て余して店内をうろつき、私に絡んできたと。
子どもか。
「違いますお父様、私はただこの者に助言を」
アナスタシアはいかにも自分が被害者だという顔を作り、父親に訴える。
…って、ちょっと待て。今のが助言? どう考えても他人を馬鹿にした言い草にしか聞こえなかったけど…何か変だ。
ふむと呻いたアナスタシアの父親──エイローテ男爵は、私に近付き、じっとこちらを見下ろしてきた。背ェ高いな。
そして。
「──娘が申し訳ない」
へ。
思わず声が出かかった。
そりゃあもう申し訳なさそうに目礼したエイローテ男爵は、そのまま早口で続ける。
「大体の状況は把握している。娘にはきちんと言って聞かせるので、どうかこの場は収めてはくれないだろうか」
「は、はあ…分かりました。私も売り言葉に買い言葉みたいなこと言っちゃいましたし…」
勢いに押されて「こちらこそ申し訳ありません」と軽く頭を下げると、エイローテ男爵はあからさまにホッとした顔になった。
「お、お父様? 何故謝るのですか?」
アナスタシアは目を見開いて狼狽えている。
「相手は平民ですのよ!?」
「その認識が誤りだというのだ」
エイローテ男爵が疲労感漂う表情で指摘した。
「この店に来た者は等しくこの店の客。我々が話をすべきは店の者であって、他の客に絡むべきではない。まして、身分を振りかざして他の者を貶すなど、貴族としてあってはならぬ」
「ち、違います、貶してなんて…!」
アナスタシアは必死に言い訳しかけて、厳しい目に気付いたのか途中で言葉を失った。
私は内心、ちょっと感動する。
まさかこの仕事しない令嬢の父親が、こんな常識人だったとは。
ついでに業務時間中に駄弁ってる件も説教して欲しい。…知らないだろうから難しいか。
──それにしてもこの人の声、どこかで聞き覚えがある。
さてどこでだったか──記憶を探り、私は気付いた。
この人、11番だ。
狩人として動いている時は口調が全然違うけど、声が同じだし、背格好も一致する。
あと、微妙に苦労人の気配がするのも同じ。
…普段は娘の問題行動、狩人の時は45番の暴走。大変だな。
「さあ、帰るぞ」
「……はい」
アナスタシアの肩を抱いて半ば強引に退店していくエイローテ男爵の後ろ姿に、私はちょっと同情する。
あの人、苦労人の星の下に生まれてきたんじゃなかろうか。




