18 格の違い
確かに一般的には、4式の魔法を使えたら魔法使いとしてもてはやされる。
ただしそれは、あくまで一般社会での話だ。
「キャット」
オウルがこちらを見た。仮面越しなのに疲れているのがとてもよく分かる態度でデモンを示し、
「処理してくれ」
「あれ、もういいの?」
「これ以上は時間の無駄だ」
「了解」
私としても、茶番に付き合う暇があるなら魔鉱細工の構想でも練っていたい。
45番の横を通り過ぎ、一歩前へ出る。
デモンは出現場所からほんの少しこちらに近付いたところでゆらゆらと揺れていた。まだ4式までしか使っていないし、狩人のマントと仮面には隠蔽効果もあるから、こちらを敵、あるいは獲物認定していないのだ。
…これが、5式の魔法を展開すると変わるんだよね…。あんまり至近距離でやりたくないけど、仕方ない。
「展開」
呟いて、魔力を解き放つ。ウォンと音を立てて、複雑な魔法陣が空中に浮かび上がった。
私の魔法陣の展開方法は、かなり特殊だ。文様を一つ一つ描いていくのではなく、最初から完成形の魔法陣の下書きのようなものを展開し、そこに魔力を流し込む。
私はこれを、『スタンプ方式』と呼んでいる。
「…!」
魔法陣の光が増すと、急にデモンが動いた。ぐりん、と頭部を──多分、こちらに向ける。顔面には何もないが、のっぺりとした面と目が合った気がして、背中に鳥肌が立った。
デモンがゆっくり上体を倒し、ゆら、と揺れた、次の瞬間──
──ドン!
爆発のような振動と共に、デモンがこちらに突進してきた。
「ヒッ…!」
「!」
45番の悲鳴と動揺の気配。
でも、私の魔法の完成の方が早い。
「5式、ファイア・ジャベリン!」
魔法陣が輝き、巨大な円錐形──馬上槍と同じ形状の青い炎と化してデモンに襲いかかる。
デモンは足を止めずに両手っぽい部分を胴体の前で交差させ、防御のような姿勢をとった。が、炎はその腕ごと、デモンのド真ん中を貫いた。
ボッ──!
青い火柱の中、デモンがボロボロと崩れていく。
その中で、か細い声が聞こえた。
──…イ…
──……ノ…ヲ……
私は内心、うへえ、と呻く。
たまにこうして、デモンの『声』が聞こえることがある。
これは私に限った話ではなく、誰にでも聞こえるものらしい。ただし、その内容は正直あまり聞きたいものではない。
狩人の仮面とマントには、この『声』を遮断する効果があるのだが、デモンと波長が合ってしまうと装備が完璧でも聞こえてしまう。この世に対する恨みつらみを延々と垂れ流す声が。
──お呼びじゃないんだよ。
燃え尽きようとするデモンだったものに向けて、内心で呟く。
背後では、45番が呆然と立ち尽くしていた。
その後、私たちは管理事務所に戻り、デモン討伐の報酬を受け取る。
丁度待機時間もほぼ終わり。次のシフトの狩人たちももう来ているようだし、これで解散だ。
「お疲れさまでした。こちら、今回の報酬になります」
「ありがとう」
硬貨の入った袋を受け取る。今回は上級デモンもいたので、成果報酬たっぷりだ。じゃらりとなった袋が重い。
内心ほくほくしているのがバレているのか、職員の女性が微笑んだ後、カウンターの上に小さな木箱を置いた。
「それからこちら、1ヶ月前にご注文いただいたものです。ご確認ください」
「ありがとう!」
私はその箱に飛びついた。
注文して1ヶ月。いつものことだが長かった。ウキウキしながらスライド式の上蓋をそっとずらすと、白い綿の上、青みを帯びた独特の銀色が見えた。
子どもの手のひらより小さい、ミスリル銀のインゴット。艶やかな表面に刻印されたバラの花と槍の文様は、この国のトップ、大公家の紋章だ。国が所有する精錬所で作られた、正規品のインゴットの証である。
「本日、お支払いは可能ですか?」
「可能デス!」
目の前に現物があるのに後日に回す手はない。即答し、本日分の報酬と手持ちの現金を合わせて支払いを済ませる。
「お前…またそれ買ったのか」
ホクホクと木箱を懐に入れていると、オウルの呻きが聞こえた。呆れているようだ。
「そんなもん買ってどうするんだ。転売でもするのか?」
「まさか。そんなことしないって」
ミスリル銀はこの国の重要な輸出品なので、原則、一般人がインゴットをそのまま転売するのは禁止されている。買うことは誰にでもできるが、インゴットの形で売却ができるのは国に登録した事業者だけ。個人がどうしても売りたいなら、国の許可が必要だ。
ちなみに個人の『購入』や『所有』には許可が要らないし、インゴットの形ではない状態、つまり魔鉱細工や武器なら売買は自由だ。ややこしいな。
オウルは私が魔鉱細工師だとは知らないので、個人で持っていても扱いに困るインゴットを買う理由が分からないのだろう。
「私にも色々考えがあるんだよ」
などとやり取りしている横で、
「何でこんなに安いんだよ!?」
一昨日と同じような怒声が上がった。
私たちの相手をしているのと別の職員に、45番が食って掛かっている。
「あれだけの数のデモンと戦わせておいて、この金額はおかしいだろ!」
「いえ、規定通りです」
年嵩の職員が冷静に応じる。
実際、今回45番が倒したデモンはそれほど多くない。下級デモンばかり、数体だったはずだ。
となると、報酬額はお察しである。45番の前にあるのは、私が受け取ったのより2回り以上小さい袋。ほぼお小遣いくらいの金額だろう。怒りたくなる気持ちも分からないでもない。が。
「…あいつ、貴族だよね?」
私の知る限り、この街の狩人に私以外平民はいない。魔力は基本、遺伝するし、魔力が高い人間はほぼ貴族なのだ。
あと、無駄に偉そうな態度がものすごく貴族っぽい。
…貴族に対する偏見が過ぎるという突っ込みは甘んじて受けよう。
ともあれ一応確認すると、オウルは小さく頷いた。
「そのはずだ」
「…何でお貴族様がお金に執着してんの?」
貴族にとって、狩人はある種の名誉職だと聞いたことがある。
狩人になれるということは、魔力が高く魔法に長けている証拠。一族から何人の狩人を輩出するかで貴族社会での扱いが変わってくるとか何とか、以前ウルフに教わった。なおウルフは伯爵家の当主である。
だからてっきり、私以外の狩人は報酬が安くても構わないのだと思っていたのだが、2度も文句を言っているところを見るに、そういうわけでもないらしい。
「まあ金はあって困るもんでもないからな」
「確かに」
私も、実入りが良いのと魔法金属を安く買えるという利点があるから狩人を続けている。予想より見返りが小さかったら、文句の一つも言いたくなるだろう。
私とオウルがそんな会話をしていると、45番が殺気立った空気をまとってこちらに振り向き──しかし何も言わずにすぐ顔を背け、報酬の入った袋を乱雑に掴むと、荒々しい足音を立てて管理事務所を出て行った。
流石に、上級デモンとの戦いを見た後で名持ちに突っかかる度胸はなかったらしい。
…後で問題起こさないといいけど…。




