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定時上がりの複業文官~残業しろ? いや、そっちの仕事は副業なので~  作者: 晩夏ノ空


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1 定時上がりの下っ端文官

みなさま、あけましておめでとうございます!

一度やってみたかった、年明けと同時の連載開始。自己満足です。ええ。


今回始まりますお話は、女性主人公一人称視点。

例によってクセのある主人公ですが、お楽しみいただけますと幸いです。


それではどうぞ!





 ──定時まであと3分。


 頭の中で数えながら、私は今日も職務に励む。


 クラペイロン公国の辺境、クレメンティ領の領主館。豪華な装飾が施されて隅々まで手入れされた外観とは裏腹に、私が働く部屋は広いものの簡素なものだ。


 天井から吊り下がるランプこそ比較的新しい魔法道具だが、それ以外は前時代的。

 仕事に使う卓上棚付きの木製机はあめ色に変色していて傷も多く、変なところに手をつくと、ビシッ!と割れるんじゃないかという危険な音がする。

 その机とセットになっている椅子も似たようなもので、角度を間違えて座ると延々ギシギシと軋み続ける。出荷される豚の鳴き声かってくらいうるさい。


 それでも私はまだマシだ。仕事に集中できるように机の周囲は木の仕切り板で囲まれていて、他の人の視線を気にしなくて済む。

 本当は先輩みたいに個室が欲しいけど、それは重要機密文書を扱うからこその特権だ。そんなところに首を突っ込みたくない私としては、この環境が最上だろう。


 最上、ではあるんだけど──


「おい、セラフィナ! セラフィナ・アッカルド!」

「…」


 大変不躾(ぶしつけ)な声で名を呼ばれ、私は表情を無にして立ち上がった。

 ──定時まであと2分。


「なんですか、デイヴィッドさん」


 視線の先、部屋の入口に立つそこそこ顔の整った男性文官が、険しい表情で右手を掲げる。

 その手には、多分10枚くらいの書類の束が握られていた。


「急ぎだ! 今日中に清書しろ!」


 私が所属しているのは、代筆課──主に保管するための書類を清書する部署だ。

 4年前、領都の学校を卒業すると同時に文官として採用されて以降、ずっとここで働いてきた。


 書類なんて自分で書けよと言いたいところだが、何代か前の領主様と何人かの管理職が致命的なレベルの悪筆──もとい、大変芸術的な字を書く方々だったため、後で見返す可能性のある書類は読みやすい字を書ける者が代筆していたらしい。

 それがいつの間にか部署として確立され、領主や管理職だけじゃなく、他の人間が書いた書類まで代筆するようになった。

 お陰で私みたいな孤児でも、『字が上手いから』という理由で領主館で働けるわけだ。


 ただし──働けるからといって、他の者と同等に扱われるかというと、そうでもない。


「できるよな?」


 ツカツカと足音を立ててこちらに近付き、上から目線で書類を突き付けてくるデイヴィッドは、設備課に所属する()()である。

 22歳の同年代だが、私は18歳、彼は20歳で文官として採用されたため、経験年数で言えばこちらが上。

 が、私が孤児院出身で後ろ盾もろくにないからか、貴族家出身のデイヴィッドは初対面の時から明らかに私を下に見ていた。何せ最初からタメ口の呼び捨てである。


 これは彼に限った話ではなく、他の文官も大体似たような対応を取ってくる。

 クレメンティ領の田舎町、アッカルドの孤児院出身の者で、この領主館の文官として採用されたのは私が初めてらしいから、それも致し方ないことだとは思う。

 思うが、当然の顔で押し付けられる無茶振りを大人しく受け入れる義理はない。


 ──ホント、こういう輩はどこにでも現れるんだよね…。

 脳裏に浮かぶのはデイヴィッドではなく、記憶の片隅にいまだこびりついているクソ上司の嫌らしい笑い方だ。


 クソ上司。それは、今現在私の身近に存在している者ではない。

 ──私には、前世の記憶がある。


 前世の私は日本という国に住み、ごく普通の一般女性として会社に勤めていた。記憶にあるのは若い姿だ。独身で、付き合っている人もおらず、会社に対して不満を抱きつつもそれなりに平穏な人生を送っていた。多分。

 多分とつくのは、どうやって死んだのか全く覚えていないからだ。年老いてから死んだのか、若いうちに死んだのかすら分からない。記憶に結構、抜けがある。

 とはいえ知識はそれなりに残っていたから、勉強や仕事にはかなり役立った。今生、学校でそれなりに優秀な成績を残せたのも、文官仕事をサクサク進められるのも、その恩恵が大きい。

 …クソ上司の顔みたいな余計なことは、むしろ忘れたいんだけど。


 ともあれ今は、このままでいくと前世のクソ上司の類似品になること請け合いの『将来有望な文官』ことデイヴィッドの仕事を処理しよう。

 私は黙って書類を受け取り、ぱらぱらとめくって内容を確認してから、机の一番上の引き出しの中に放り込んだ。


「なっ!?」


 目を剥くデイヴィッドを無視して、素早くその引き出しに鍵をかける。


「お前、それ今日中だぞ!?」

「今日中? どこがです?」


 私はそのまま机の上の他の書類も引き出しに仕舞い、筆記用具も卓上棚の所定の位置に戻していく。

 書類の内容を第三者に見られないよう、帰宅前には机の上を綺麗に片付けるのが代筆課の決まりだ。


 てきぱきと動きながら、淡々と続ける。


「これ、午前中に行われたそちらの部署の定例会議の議事録ですよね? 代筆課で清書した保管用の議事録は、会議終了後3日以内に提出するのが決まりです。今日中ではなく」


 だからこの仕事は、急ぎでも何でもない。

 一瞬手を止めちらりと見遣ると、何やら手を出そうとしていたデイヴィッドがぎくりと固まった。


「そ、それは…」

「あと、今日中にと言うからには今日中にデイヴィッドさんが書類を受け取るんですよね? 今日、残業の予定でもあるんですか?」


 定例会議がある日は通常業務をそれほど動かさないので、その部署は定時で帰るのが普通だ。なのに何故、わざわざ自分が残業しなければならないような仕事の振り方をするのか。


 ──定時まであと1分。


「そっ…そうだ。書類の仕上がりを待たなければいけないからな」


 デイヴィッドが辛うじて胸を張った。

 私の仕事を待つためだけに残業する? アホか。


「それはカラ残業ってやつですね。そちらの課長にご報告しておきますね」


 私が冷ややかに言い放つと、デイヴィッドはあからさまに動揺した。


「なっ…待てよ!」

「じゃあ、明日で構いませんね? よかったですね、定時で上がれますよ」

「ぐ…」


 言葉に詰まるということは、自分の主張に正当性がないと分かっているということだ。

 私は残りの机の引き出しを一つ一つ施錠し、全ての物が所定の位置に戻っていることを指差し確認しながら、淡々と指摘した。


「当日仕上がりの書類受付は午後3時まで。それ以降は翌日仕上がりで受け付けるのが代筆課の原則です。…午前中の会議の議事録なら、午後イチで持って来れたんじゃないですか?」

「それはっ…午後は忙しかったんだよ」

「そうですね。休憩室で『女性文官を品評する基準とオトすための手管について』なんてそれはそれは素晴らしい議題を2時間近く語ってましたもんね」

「!?」


 デイヴィッドが絶句した。


 …そんなに驚くことじゃない。休憩室は代筆課に近いし、『室』という名前は付いているが実際には廊下の延長のような場所で、ドアはついていない。

 そんな場所で男性文官ばかり寄り集まって声高に御高説をぶっていたら、この部屋まで聞こえるのは当然だ。トイレに行く途中で談話室の前を通るから、誰が居たかも全部把握している。

 ちなみに、代筆課の実務担当者は8割がた女性。課長は未婚の娘さんがいて、家族を何より大事にしていると評判だ。


 周囲を見渡したデイヴィッドが青くなった。今になってようやく、代筆課員の冷たい視線に気付いたらしい。


 ──カラーン、カラーン、カラーン…


 定時を告げる鐘が鳴った。私は机の下からバッグを取り出し、肩にかけてデイヴィッドに向き直る。


「それじゃ、書類は確かに受け付けました。今日のところはお引き取りください」

「うっ…」


 怯むデイヴィッドを放置して、すたすたと出入口に向かい、扉の前で室内を振り返って、


「お先に失礼します!」


 きちっと一礼すると、私は足取り軽く部屋を出た。




「…相変わらず、鮮やかな退勤ですわね…」

「残業したって良いと思うのですが」

「え? 貴女やりたい? あんなろくでもないこと話し込んでたせいで遅れた書類仕事」

「それは……勘弁です」




 今日も私は、定時で帰る。

 ──別に仕事自体に嫌気がさしてるわけじゃない。

 ミミズがのたくったような悪筆も、豆粒のような細かい字も、きちんと体裁を整えて文書を起こす。それは正直、結構楽しい。多分、私の性に合っているんだと思う──()()()()()()()


 4年前に紆余曲折を経て文官となった私は、当初、やるからにはしっかりやろうと気合いを入れていた。

 けれど代筆課で待っていたのは、それはそれはやる気の失せる残業ありきの日々だった。


 『当日仕上がり希望の依頼は午後3時までに持ち込むこと』というルールがあるのにもかかわらず、今日のうちに仕上げろと終業間際に当たり前の顔で持ち込まれる依頼。

 残業して対応し、出来上がった書類を依頼者に届けに行けば、依頼した本人はとうの昔に帰宅しているとか、休憩所で駄弁っているとか、仮眠室で寝コケているとかは当たり前。薄暗い部屋で依頼者と他部署の女性文官がいちゃいちゃしているのを目撃した時には、はっきり言って殺意がわいた。


 しかも、そうやって苦労して書類を仕上げても、依頼者がそれを上長に見せて承認のサインを貰うのは翌日になってから。

 そうした日々を繰り返し、ある日私は気付いてしまったのだ。


 あれ、これ残業しなくても良いんじゃね? ──と。




 時間を代償にお金は稼げるが、お金で時間は買えない。

 残業代と平日夜の自由時間を天秤にかけたら、どっちが重いかなんて最初から決まっている。


 何故なら私には、文官の仕事よりもっと大事なことがあるからだ。









──というわけで始まりました、意地でも定時で帰る文官の話。

タイトルとあらすじでお察しですが、この主人公も無自覚ブラック系ですね。恐ろしいですね(何)


実は本作品、作者としては初めての試みで、キリの良いところまで書き切ってからの掲載開始となっております。

よって、更新頻度高めでサクサク進みます。

次の更新は1月1日13時。そして1月2日・3日・4日の13時にも更新が入ります。

その後は、火曜と木曜の12時と、土日祝日の13時に更新していく予定です。


お話自体はそれほど長くありません。多分1ヶ月半程度で一区切りになるかと思います。

みなさま、どうかお付き合いくださいませ。



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