3、魔弾の真髄と、暖炉の安息
モーリッツの愛用する弓は、マジックアイテムではない。彼の手に馴染んではいたが、ごく普通の弓だった。彼は帝国軍の弓の名手が使うような、魔法の弓を嫌った。魔力感知で、自分の位置を敵に悟られることを避けたのだ。彼は純粋に自分の目と技術と集中力とで、目標を射抜いたのだ。
モーリッツは氷点下の吹雪の中、雪に埋もれて一日中敵を待ち、接近する帝国の兵や騎士を、正確無比に仕留めた。彼の非公式な戦果は、弓による排除が五〇〇名以上、さらに剣による討伐を含めると八〇〇名近くに上るとも言われている。彼は森の中、戦友と三人で四〇〇名の帝国軍を食い止めたこともあった。
モーリッツの存在は、帝国軍にとって単なる戦術的脅威を超え、心理的な悪夢となった。帝国は、彼を排除するために、対抗する猟兵や、暗殺者、高位魔術師を投入したが、モーリッツは常に敵の包囲網を、まるで雪煙のようにかわし続けた。
ネーレは、モーリッツに絶対の信頼を置いていた。ネーレの前線での仕事は、いかにモーリッツが働きやすい環境を作るかに意が注がれていた。彼の存在は、指揮官であるネーレにとっても、単なる従士以上の意味を持っていた。
ある日、モーリッツの戦友である猟兵ヨハンが、指揮所に戦果を報告しに来た。
「姐さん、モーリッツの奴、また一日中雪に埋もれてましたよ。凍死してもおかしくない場所で、夜明けにやっと帰ってきて、顔の皮が霜焼けでパリパリになってやがる。さすが魔弾だ。死に場所を探してるのかね」
ヨハンの報告後、ネーレはモーリッツを呼び出した。ヨハンの言ったように彼の顔は霜焼けになっていた。彼女はその顔を静かに見つめた。
「何をしてたんだ」
「任務です」
ネーレの質問にモーリッツは言葉少なに答える。
「無茶はするな」
ネーレがそう忠告すると、モーリッツは無言で頭を下げ、すぐに立ち去ろうとする。彼女は「今日は暖炉の側にいろ」と命じると、彼は一瞬だけ立ち止まった。その背中がわずかに緩んだとネーレには感じられた。




