第22話 名と真実
焚き火の光に包まれた夜。
赤ん坊の泣き声は次第に落ち着き、母の腕に抱かれて眠り始めた。
「……妹か……」
俺は小さなその顔を見つめ、胸が熱くなるのを感じた。
この世界に生まれ落ちた、俺にとってかけがえのない存在。
母がかすれた声で囁く。
「……カイル、この子の名前を……」
俺は迷った。だが、すぐに心に浮かぶものがあった。
「……リーナ。リーナって名前はどうかな?強くて優しく、生き抜いてほしいって願いを込めて」
母の瞳が潤み、赤子の頬に指を当てながら頷いた。
「……いい名前ね。リーナ……」
その時だった。家の入口に立っていた少女が、静かに口を開いた。
「リーナ、か。よく響く名だ」
長い耳を揺らしながら、月明かりに銀髪を光らせて立つ少女。
初めてまともに名を告げられた。
「私はキキ。……エルフ族の者だ」
「エルフ……!」
物語や伝承でしか聞いたことのない存在が、今目の前に立っている。
キキの視線は鋭く、母に向けられた。
「その女……人間じゃないわね。生命の気配が歪んでいる。お前、何をした?」
俺は思わず息を呑んだ。
母を救うために、禁忌に踏み込んだことを見抜かれたのだ。
「……俺は……母を助けたかっただけなんだ」
言葉が震える。
「貴族に襲われて……父さんは死んで、母さんも死にかけて……。でも、どうしても母さんを失いたくなくて……ゴーレムの技術を応用して……」
必死に語ると、キキは黙って聞いていた。
やがて小さくため息をついた。
「……愚かだ。本来なら断じて許されぬ所業」
彼女の声は厳しかった。だが、その瞳に宿る光はどこか揺れていた。
「けれど……お前の言葉に嘘はない。生き延びるために必死だったことは……伝わった」
母の傍らに膝をつき、キキは赤子。
リーナを見つめた。
「この子は人間だ。……奇跡に近いことよ。だが、それだけにお前の罪は深い。禁忌は禁忌だ」
俺は唇を噛みしめ、土に額をつけた。
「わかってる……でも、俺は……母さんとリーナを守りたいんだ……!」
その必死さに、キキは長く沈黙したあと小さく頷いた。
「……わかった。私は少しの間、ここに留まろう。
お前たちを助ける代わりに……必ず、この世界の理を学べ。
いずれその力は、お前自身を裁く刃になる。だからこそ、正しく使うことだ」
俺は顔を上げ、強く頷いた。
「……ありがとう、キキ」
焚き火が揺れ、静かな夜の中で、俺たちの運命が少しずつ繋がり始めていた。




