第21話 森の来訪者
森に隠れ住む日々が続いていた。
俺と母、そしてゴーレム。
森の魔物を倒しては魔石を集め、木の実や獣肉を食べて生き延びる。
だが……不安は日に日に強くなっていた。
母のお腹は大きく膨らみ、もうすぐ赤ん坊が生まれる時期に差し掛かっていたからだ。
(母さんの身体はもう人間じゃない。……この子は、無事に産まれるのか?)
そんなある晩、ゴーレムが低く唸り、敵意を感知した。
俺は家の前に立ちふさがり、母を隠すように背中で庇った。
闇の中から現れたのは、人に似て、だが人ではなかった。
長い耳を持ち、月明かりに髪が銀のように光る少女。
「……人間の子が、こんな森に。しかもゴーレムまで従えているとは」
冷ややかな声。
俺は息を呑み、母を見せぬように扉を背で押さえた。
「帰れ……! ここには誰もいない!」
少女は一歩も引かず、ただ俺を観察していた。
互いに睨み合うそのとき。
「……カイル……! お腹が……!」
家の中から、母の苦痛の声が上がった。
陣痛だ。ついにその時が来たのだ。
「母さんっ!」
慌てて駆け込もうとした俺を、少女の手が遮った。
「待ちなさい。あなたにできることはない。ここは私がやる」
「何だって!? 母さんは俺が!!」
「下手に触れば母子ともに危ない。……外で出来ることをしろ」
その瞳には揺るぎない強さが宿っていた。
俺は食い下がりたかったが、唇を噛んで頷くしかなかった。
「……わかった。外で……俺にできることをする」
俺は桶を抱えて小川へ走り、水を汲み上げた。
戻ってきて火をくべ、鍋で温める。
布を煮沸し、清潔に保つ。
外から母の声が聞こえるたびに、胸が張り裂けそうになった。
「……母さん、頑張って……!」
必死に湯を運び、扉の隙間から差し入れる。
それが俺にできる唯一の助けだった。
やがて、森に響く母の叫びと、少女の指示の声が止んだ。
代わりに小さな泣き声が夜を震わせた。
「……産まれたわ」
扉が開き、少女の腕の中に小さな命があった。
赤子は力強く泣いていた。
「……妹だ……!」
俺は声を震わせ、涙が頬を伝った。
母の顔にも微かな笑みが浮かんでいた。
「……カイル……妹よ……」
妹は人間として生まれた。
その事実に胸が熱くなり、涙が止まらなかった。
少女は赤子を抱いたまま俺を見据え、冷静に言った。
「お前はただの人間じゃない。禁忌に触れている。そのことを忘れるな」
赤子を俺に渡すと、少女は闇に溶けるように去っていった。
俺は妹を抱きしめ、母の手を握り、胸の奥で誓った。
「必ず守る。母さんも……妹も……今度こそ俺が守る」
焚き火の炎は静かに揺れ、夜は深く沈んでいった。




