第1話 赤子カイル
やっと自分の名前がわかった。オッス、おらカイル。異世界特典なんかなかったんや。
言葉の壁にも慣れ、ぼやけた赤子の視界にも順応してきたころ、目を開けると木の梁がむき出しになった天井が見えた。
藁の匂い、そして焚き火の煙がほんのり染みついた空気。
「ほら、カイル。今日も元気だな」
顔を覗き込んできたのは父親のトットだ。
褪せた麻布のシャツに、膝へ継ぎを当てたズボン。腰には革紐を巻いただけの簡素な帯。
労働で鍛えられた肩はがっしりしているが、指先はひび割れ、爪の隙間は黒ずんでいる。
その隣から、母が優しく顔をのぞかせた。
母の名はクレア。
彼女も同じ麻布の服を着ており、袖口や裾のほつれが目立つ。けれど笑みは柔らかく、俺を包み込む手はどこまでも優しかった。
「ごめんね、カイル。お乳しか出してあげられないけれど……」
母は申し訳なさそうに呟いた。
彼らの暮らしは貧しかった。
壁は土を固めただけで、隙間風が絶え間なく吹き込む。
冬を越すには毛布すら足りず、家財と呼べるものは粗末な木の机と椅子、それに炊事用の鍋がひとつ。
それでも、二人はいつも笑っていた。
その笑顔が、俺にとって何よりも温かい。
だが俺は、赤子でありながら前世の記憶を持っている。
博士号を取ったロボット工学者としての知識も、神から授かったスキル《ゴーレム生成》も。
(……だが、魔石がなければ何もできない)
この世界でゴーレムを生み出すには、魔石。魔物を倒したときに得られる結晶が必須だ。
農民の両親が魔物狩りに行くはずもなく、赤子の俺にできるはずもない。
だから今は考えるしかない。
(魔力を電力に、魔石をCPUに置き換えれば……構造設計は可能だ)
俺は藁のベッドの上で天井を見つめながら、前世の制御理論と今世の魔力理論を頭の中で組み合わせていった。
母はそんな俺を見て、くすりと笑う。
「この子、じっとしてるのに、なんだか考えごとしてる顔をするのよね」
父が大きな手で俺の頭を撫でた。
「賢い子に育つぞ。きっと、俺たちの自慢の息子になる」
俺はその言葉を胸の奥で反芻しながら、心に誓う。
魔石を手に入れる日まで、設計を練り続けてやる。
赤子の体は何もできない。
だが、未来のゴーレムはすでに俺の頭の中で静かに動き始めていた。




