第128話 里の異変と、許されざる命令
長老の住まう大樹の広間は、風の魔力が薄く、どこか息苦しかった。
本来なら、常にやわらかな風が巡るはずの場所。
だが今は、風が“止まっている”。
「……これが、里の現状だ」
族長。
白髪の老エルフが、重々しく口を開いた。
「数年前より、里の北にある山に“白竜”が住み着いた」
その言葉に、キキの耳がぴくりと動く。
「白竜は、風の魔力を喰らう。山から、森から、そして……里からな」
カイルは黙って聞いていたが、
ヒカリが小さく眉をひそめた。
「風、へってる。かなしい」
「……そう。精霊にも影響が出ている」
族長は少し驚きヒカリを一瞥し、話を続ける。
「結界は弱まり、作物は育たず、子供たちの魔力も落ちている」
リーナが不安そうに母の服を掴んだ。
「それで……どうするの?」
族長は、淡々とあまりにも淡々と、言った。
「白竜を鎮めるため、“嫁”を差し出す」
空気が凍る。
「……は?」
カイルの声は低かった。
族長はキキを見据える。
「キキ。お前は風の魔力が濃い。白竜の“器”として、最も適している」
キキは、言葉を失った。
「ま、待って……それって……」
「名誉なことだ。里のために身を捧げよ」
その瞬間。
「ふざけるな」
カイルが、一歩前に出た。
風が、彼の足元で弾けた。
「それが“里を守る者”の言葉か?」
「人間よ、口を慎め」
族長が杖を鳴らした瞬間……。
ドゴッ!!
次の瞬間、族長の体が横に吹き飛んだ。
「……え?」
広間が静まり返る。
族長は柱に叩きつけられ、ずるりと崩れ落ちた。
父は拳を下ろしたまま、カイルが父の代弁者の如く静かに言う。
「命令?生け贄?嫁入り?」
もう一歩、踏み出す。
「それを“仲間”に言う前に、まず自分が行け」
族長が震えながら顔を上げる。
「お、お前……ここがどこだと……」
「知ってるよ。キキの故郷だ」
だからこそ……
「汚すな」
骸骨ゴーレムの胸の板に文字が灯る。
『娘、渡さぬ』
母は静かにキキを抱き寄せた。
「この子は、誰かの都合で差し出される存在じゃない」
ヒカルが一歩前に出る。
「論理が破綻している。問題の原因は白竜。解決策が“人身供犠”なのは、ただの思考停止だ」
「わたし、キキいじめるひと、きらい!!」
リーナは涙目で叫んだ。
ヒカリは、族長を見下ろしてぽつり。
「……それ、よくない。すごく、かなしい」
族長は、初めて理解した。
目の前にいるのは従わせられる存在ではないと。
カイルは拳を握り直し、宣言する。
「白竜は、俺が倒す」
「……な、に?」
「生け贄なんて要らない。必要なのは力と覚悟だ」
風が、再び動き出した。
それは、里にとって
希望か、破滅かまだ誰にも分からなかった。




