第118話 名を持たぬ母の魔石
封印の間を抜けた先は、静寂に支配された広い空洞だった。
壁は磨かれた黒の岩、天井は高く、淡い光が霧のように漂っている。
「……空気が違うな」
カイルは思わず息をのみ、足を止めた。
クレアがリーナを抱き直しながら囁く。
「ここだけ“時”が止まってるみたいね……」
「こわくないー」
リーナはむしろ嬉しそうにヒカリの手を握った。
そして、空洞の中央に、それはあった。
人の背丈どころではない。
家型ゴーレムすら小さく見えるほどの“巨石”。
だがただの石ではない。
内側から脈を打つように光り、色は変化し続けていた。
青、金、紅、紫。
生物のように呼吸している。
「まさか……魔石……?」
キキの声が震える。
「それも……桁が違う……」
カイルも目を奪われていた。
そのとき、ヒカリがぽつりと呟いた。
「ここだよ……ヒカリの……うまれたばしょ」
リーナが目を丸くした。
「ここから? ここから、でたの?」
「うん。でもね」
ヒカリは巨大魔石に近づき、そっと触れた。
魔石の光がやわらかく波打つ。
「“ママ”ではないよ。でも……ヒカリを“つくったひと”がね……このなかで、ねむってる。」
空気が張りつめた。
「名の言えないひと。なまえ、なかったの。だから、ヒカリは……“ひとり”ででてきたの」
クレアは思わず息を呑む。
「ヒカリちゃん……」
「でもね、さみしくなかったよ。ここ、やさしいから。ヒカリ、ずっと“うた”きいてたもん」
カイルとキキはもう限界だった。
「歌を……? 魔石が……?」
カイルは震える声で呟く。
「魔力の波動……言語を持たない情報伝達……!?」
キキは髪を掻きむしるようにして叫ぶ。
「ヒカリは歌に合わせて……ねむって、うまれて、あるいて……」
ヒカリは微笑む。
リーナはヒカリにぎゅっと抱きついた。
「ヒカリ、ひとりじゃないよ!わたしが、いるもん!」
クレアも静かに子供たちを見つめる。
「……そうね。もう家族よ。この子を“つくった”誰かがどこにいても……今のヒカリは、ここにいるわ」
巨大魔石は、まるで応えるように
やわらかい光を一度だけ脈打たせた。
「ちょ、ちょっと待てヒカリ!」
カイルがついに我慢できず叫ぶ。
「おまえ……魔石から“自力で”生まれたのか?」
「ちがうよー」
ヒカリは首を横に振り、さらにとんでもないことを言った。
「ヒカリね、“みずからかたちをえらんだ”の」
「えらんだああああ!?」
キキが叫ぶ。
父の骸骨ゴーレムは胸に文字を灯す。
『娘、神域』
「父さん。後で詳しく話し合おう」
カイルは震えながら言う。
だが目の前には、世界のあり方すら揺るがす存在の“出生の秘密”があった。
「カイルにーちゃん、しらべるの?」
ヒカリが覗き込む。
「調べる!! 全力で調べる!!」
カイルは興奮で震えていた。
「当たり前でしょ! これは歴史級の大発見よ!」
キキも跳びはねるように近づく。
巨大魔石の光はそれを歓迎するように、波紋のように広がっていった。




