ダンジョン最下層で会いましょう【Fランク剣士×薄給ラスボス】《3分恋#1》
『「最下層の魔女:シーナ」、救出ヲ要請スル』
魔王センパイの業務アナウンス。
面倒だけど、回復に行かなければ――また給料が薄くなる。
ひとつ上の階層、極寒エリアへお邪魔すると。足が氷漬けになった少年剣士が倒れていた。
「あちゃー、置き去りにされたか」
『治療、頼ム』
「はいはい! こんなの、私がエリート冒険者様に見初められて寿退社するまでですからね〜」
指先の炎で、氷を溶かしたものの――全身が震えている。
「はぁ。集中治療しないとダメか」
ギルド候補生たちの練習用ダンジョン。
その最下層に用意された、私の工房。
魔法で連れてきた身体を、ベッドへ降ろすと。
「……っ、ママ……」
まだ10歳ほど。
「Fランク」の腕章。
こんな子が就職なんて、世も末だ。
「『命の炎よ、癒やせ』」
皮の裂けた手足へ、炎の指を這わせた。
「僕は……」
「残念だったね、候補生。早く故郷へ帰りなさい」
「ルドです。お姉さんが助けてくれたんですか?」
私を見つめたまま、瞬きもしない瞳。
紅蓮の炎が灯ったそれから、目を逸らせない。
「まだ僕、治っていません」
「はぁ〜?」
伝説の魔女なら、きっちり治してほしい――そう言って、少年は「職場」に居座り続けた。
「お姉さん! この古代文字、『炎』であってます?」
「剣士には必要ないでしょ」
「でも楽しいんです。あなたが教えてくれること、ぜんぶ」
また、この目だ。
私を恐れずに見る瞳。
昔、私を「行き遅れ」と罵った騎士様を、ボッコボコにしたと話したのに。
「……私のこと、怖くないの?」
「カワイイですよ。尊敬できるのに、すぐ照れるし。それに」
寂しがり屋なんでしょう――?
あざとい微笑みに、胸を撃ち抜かれた。
「……アンタ、剣士向いてないわ」
この子はちゃんと教育を受ければ、安全な仕事に就けるはず――。
心地良い今を、終わりにしないと。
「さ、今日こそ地上に送るわ」
「え? でもまだ――」
「とっくに治ってるでしょ」
朝霧色の髪に手を伸ばし、震える息を吸った。
「また会いにくるから! 今度はひとりで!」
「はいはい、『Fランク』が来られるわけないから」
光の粒子が、上へ昇っていく。
これで良かったんだ――。
ちゃんと帰さないと、給料を下げられる。
それに。
また、ひとりに戻るだけ。
『最下層の魔女、救出ヲ要請スル』
この業務連絡、何年ぶりだっけ――。
箒にまたがり、上階へ飛んでいくと。
「あれ……?」
自分の傷口へ手をかざしているのは、白銀のローブを纏った魔導士。
治さなければいけないのに――キレイな笑みを浮かべた顔を直視できない。
「シーナ!」
突然。
目の前に、紅蓮の炎を宿した手が差し出された。
「この色……」
それに、名前――。
「もしかして、ルド……?」
「はい! 転職しました」
負った傷を自ら治しながら、彼はここまで来てくれたのだ。
ずっと、ひとりだと思っていた。
私は、この手をとっても良いのだろうか――。
「シーナ……また、会いたかったです」
迷う指先に、炎の灯る指先が触れた。