第4話
「すごい……ひとが、こんなに……!?」
東京の繁華街を歩きながら、灯織は思わず感嘆の声を漏らした。
見渡す限り、ひと、ひと、ひと。
繁華街は、灯織が見たこともないほどのひとたちでごった返していた。
矢絣柄の着物に袴姿のいわゆる女学生や、袴にハットを合わせた書生、さらにはワンピース姿で大胆に足を出した女性や、着物の下にフリルブラウスやスカートを合わせた職業婦人風の女性もいる。
「東京のかたはみんなお洒落なんですね……!」
灯織は、地元では見たことのない格好をしたひとびとに目を輝かせた。
本堂家へ花嫁修行に来て一週間。灯織は、紅月とともに街へ来ていた。
灯織ははじめ、じぶんのために紅月のせっかくの休日を使わせるなどとんでもないことだと断ろうとした。だが紅月に、本堂家に嫁ぐのなら一度くらいは街を見ておくべきだともっともなことを言われてしまい、仕方なく行くことにしたのだ。
紅月の次期花嫁として本堂邸に住む以上、灯織は紅月の顔に泥を塗るわけにはいかない。
出てみればそこは、たしかに紅月の言うとおり、灯織の知らない世界が広がっていた。
「灯織さんは、東京の街を歩くのは初めて?」
駅を出て足を止めた灯織に、紅月が問いかける。
「はい! 昨日は本堂邸に辿り着くことばかり気にして、まわりなんてぜんぜん見えてなかったから……。それにしても、すごい……。みなさん、すごく可愛いお着物を着てるんですね……!」
忙しなく行き交うひとびとを見ては目を輝かせる灯織に、紅月が笑う。
「まるで花のあいだを飛び回る無邪気な蜜蜂のようだな」
紅月が漏らした呟きに、灯織ははっと我に返った。
「す、すみません。珍しくてつい……」
子どもっぽい反応をしてしまい、しゅんとなる。
灯織はそもそもあやかしで、灯織として生きることになってからも正体が露見することを恐れて閉鎖的に生きてきた。そのためこういった場には不慣れなのである。
街は、華やかな格好をした都会女子たちであふれている。灯織が住んでいた京都ではまだまだ着物が主流で、こんな華やかな格好をした女子はひとりとしていなかった。
「いや、いい。君がこんなに喜んでくれるとは思わなかったから、嬉しい誤算だ」
そう言って微笑みかけてくる紅月は本当に嬉しそうだった。不意打ちのような笑顔を食らって、灯織は反射的に俯く。
近頃、どうも紅月と目を合わせるのが恥ずかしい。毎日の抱擁で次第に慣れるだろうと思ったのに、日に日に緊張が増していくようだった。灯織はなにも言わずに唇を引き結んだ。
「大正浪漫って言うんだよ」
「たいしょうろまん……?」
灯織は顔を上げ、首を傾げる。
「そう。和と洋を掛け合わせた新たな文化のことを言うらしい」
「へぇ……!」
「この街は特に、先進的なひとびとが集まっているからね。これからきっと、さらに目まぐるしく変わっていくんだろうな」
紅月が呟く。見上げた紅月の横顔は、どこか寂しげに映った。
灯織は紅月から、街並みへ視線を移す。
華やかな格好をしたひとびとが、忙しなく行き交っている。
紅月の言っていることは、なんとなく分かる。変化は真新しさを連れてきてくれる。けれど同時に、一抹の寂しさも抱かせると、灯織は思う。
新しいものは新鮮味があるし、便利になったりしていいけれど。ときおり、じぶんだけがこの世界から取り残されてしまったような疎外感を感じることもある。
「……紅月さんは、従来の文化を大切になさるかたなんですね」
「……どうかな。ただ、変わっていくことに臆病なだけかもね」
灯織が首を傾げると、紅月は曖昧に微笑んだ。
「さてと。それじゃあ行こうか」
紅月はさりげなく灯織の手を取ると、人波を縫うようにして歩き始めた。
灯織は突然握られた手に驚きながらも、振りほどくことはしなかった。
本堂邸へ来たあの日のように、紅月のことがいやだとはもう思えなかった。むしろ――。
歩きながら、不意に紅月がふふっと肩を揺らして笑った。
「え、紅月さん、なんで笑ったんですか?」
「ううん、ごめん。なんでもないよ」
灯織が訊ねると、紅月は謝りながらも手の甲で口元を隠し、まだ笑っている。
「な、なんでもないのに笑ったんですか……?」
灯織は青ざめる。
もしかして、顔になにかついていたのだろうか?
灯織は顔を手のひらで触る。なにもなさそうだ。それに、もし顔になにかついていたのなら、家を出る前に言ってくれるだろう。
「それならなんで……」
訊ねようとしたとき、ドン、と灯織の身体が傾いた。近くにいたひとに押し退けられたようだ。その拍子に、紅月と繋いでいた手が離れる。
「灯織さん!」




