第91話『|冬《やすみ》のはじまり』
セオスト祭りは終わりの時を設定していなかった為か、公式に発表しなかった為か。
各店は独自の判断で店を閉め、少しずつ解散していった。
俺たちも何だかんだと終わり近くまで色々な店を楽しみ、料理を楽しみ……最後の瞬間までセオスト祭りを満喫したのであった。
そして、セオスト祭りが終わったくらいの頃から、だんだんと風が冷たくなってゆき、ある日、突然雪が降った。
最初に気づいたのはココちゃんで、酷く慌てた様子で家に飛び込んでくるのだった。
「た、たた、たいへん」
「どうしたんだ? ココちゃん。そんなに慌てて」
「しろいのが! おちてきた!」
「白いの?」
どういう事かと窓の方に向かえば、ふわりふわりと空から舞い降りる冬を知らせる使者……雪が降っていたのであった。
俺は、初めて雪を見てビックリしたのかなと思っていたのだが……どうやらそういうワケでも無いらしい。
「白いのが、落ちてくると、みんな、死んじゃう。しんじゃ、やだ……」
「……前に住んでいた所の話かな」
「……うん」
ポロポロと涙を流しながら頷くココちゃんを抱きしめて、俺は大丈夫だよと伝えた。
ココちゃんが前に生きていた場所の事を考えれば、雪で凍死してしまうという事もあり得ただろう。
しかし、ここには立派な家がある。
この家も俺が来てから建てられた物ではなく、前からある物件なのだ。
大雪だって何度も耐えている筈だ。
そうそう簡単に崩れやしない。
それに万が一崩れたとしても、冒険者組合へ一瞬で移動できる扉があるし。
最悪ジーナちゃんにお願いすればどこか別の場所へ転移する事だって出来る。
ならば、何も恐れる事はないのだ。
「ココちゃん」
「……うん」
「実は言ってなかったけど、この家はすごーく強く作られているんだ」
「つよい?」
「そう。強い。白くて怖いのにも負けないくらい強いんだ」
「……」
「だから、雪が降っても潰れないし、寒さで凍える事もない」
「……ホント?」
「あぁ。今から証拠を見せようか」
俺はリビングにある大きな窓に近づいて、開いた。
瞬間外から凍える様な寒い風が吹き込んできて、ココちゃんが全身を震わせる。
それを確認してから再び窓を閉めると、部屋の中はすぐに暖かくなり、先ほどまでと同じ暮らしやすい適温になるのだった。
「どうかな? 外はすごーく寒いけど、家の中は暖かいだろう?」
「……うん」
「だから何も心配はいらないよ」
「……」
「でも、それでも、やっぱり怖くて、不安だったら、冬の間は一緒に寝ようか。それなら何かあった時、すぐ傍に俺が居るし、怖い事は何も無いだろう?」
「……いい、の?」
「あぁ。家族が怖い思いをしていて、それを俺が助けられるなら、俺はなんだってするよ」
俺はココちゃんを抱き上げて、一緒に窓の外を見た。
最初は怖がっていたココちゃんだが、俺の服をギュッと掴む事で何とか震えを抑える事が出来るようだった。
「雪はね。確かにすごく怖いモノなんだけど、同時に凄く綺麗な物でもあるんだよ」
「……きれいな、もの?」
「そう。ここには俺も居るし、怖くないからよく見てごらん」
「うん……!」
ココちゃんは俺に体を預けたまま恐る恐る目を開いて、外を見る。
最初はまだ怯えが隠し切れない様な様子だったが、俺の言葉を信じてくれたのだろう。
ジッと外を見て、舞い落ちる雪を見て……口を半ば開いた状態で小さく呟いた。
「きれい……」
吸い込まれる様に外を見つめるココちゃんに俺は微笑み、俺もココちゃんと同じ様に外を見つめた。
白い雪が降り続ける光景は、どこか現実離れした光景の様で、見ているだけで心が奪われるようでもあった。
生まれて初めて安全な場所からそれを見つめるココちゃんの気持ちは、どの様な物なのか俺には推察する事しか出来ない。
出来ないが……少しずつココちゃんの表情が柔らかくなってゆき、頬に小さな笑みが浮かんでいるのを見て、俺も少し安堵するのだった。
そして、ココちゃんに一つの提案をする。
「外に出てみる?」
「っ!? で、でも、ココは、家とかお兄ちゃんみたいに、強くないから」
「そうだね。じゃあ強くなろうか」
「つよく、なる?」
「そう。この前、冬支度で買ったものが色々とあっただろう?」
俺とジーナちゃんによる着せ替え祭りで終盤のココちゃんはすっかり放心状態であったが、俺は確かに買ったのだ。
雪が降るというのなら、雪で遊ぶ時に必要な服を。
という訳で、まだ使われずしまっていたそれらの服を使ってみる事にするのだった。
「はい。まずは今着ている服の上に一枚重ねて着て……その上に可愛いフード付きのコート」
俺はココちゃんに話しかけながら順番に服を着せてゆく。
ココちゃんは小さく頷きながら俺の服をギュッと掴んでいた。
「コートのボタンを全て留めたら、最後にふわふわの手袋と帽子を付けて……はい、完成」
「……!」
「どうかな?」
「わかんない。でも、ちょっと動きにくい」
「まぁ、そうだね。服を増やしているから少し慣れないかもね」
「……うん」
「でも、その代わり、今ココちゃんはつよーい状態だから外に出ても大丈夫だよ」
「……ほんと?」
「あぁ。俺が保証する。何かあったらすぐ助けるから、ちょっと外へ出てみようか」
「っ!」
「……勿論。ココちゃんが怖いなら無理には言わないけれど」
「ココ、ココは……」
「……」
「ココ、でてみたい」
「そっか。じゃあ玄関に行こうか」
俺は再びココちゃんを抱き上げて、玄関に向けて歩き始めた。
そして、玄関でココちゃんと自分の靴を履いて、外へと出る。
玄関を開けた瞬間冷たい風が部屋の中に流れ込んできたが、そのまま一気に外へ出て、冷たい空気の中白い息を吐くのだった。
「どうかな」
「かお、ちめたい」
「あー。顔かぁ。顔は……どうしようかな。マスクでもするか」
「だいじょうぶ。顔じゃない所は……ぜんぜん、大丈夫」
「そっか」
「ん……ぬくぬく」
ココちゃんは外に出ても寒くないという事で、少しずつ気分が良くなってきたようだ。
そして、俺はそんなココちゃんを抱えたまま屋根のある場所から外へと歩いてゆく。
空からはゆるゆると雪が降り続けているし、それが俺たちの元へも積もり始めていた
「……わぁ」
ココちゃんは空から降りてくる雪の結晶を手袋で受け止めて笑う。
綺麗な物を見たと、安心した様な顔で笑うココちゃんはとても愛らしく、過去の嫌な思い出が一つでも多く幸せな思い出に変わってくれればと、俺はただ願ってしまうのだった。
それから俺はココちゃんと共に舞い降りる雪を手袋で受け止めて遊んだ。
雪の結晶は手袋におちてからゆっくりと水に変わってゆくが、それがココちゃんにはとても不思議な様で俺に手袋を付けた手を差し出して首を傾げた。
「雪が、消えちゃった」
「溶けたんだね」
「とけた……?」
「そう。雪っていうのは、空の上で水が寒いよー、寒いよーって震えて氷の結晶になって落ちてくる物なんだ」
いや、この世界では違うかもしれないけど。
まぁ、学説として正しい事を聞かれている訳じゃないし、抽象的な話でも良いかと自分で自分を納得させる。
「水さん……かわいそう」
「確かにね。でも、水さんもココちゃんに変わった自分を綺麗って言ってもらえて嬉しいだろうし、触ってもらえたら、また水に戻れるんだ」
「っ!? じゃ、じゃあ、雪さんをぜんぶココが触れば、水さんに戻れる!?」
「うん。そうだね」
「こ、ココ! がんばる!」
「あー。待って待って」
「え?」
「実はココちゃんが頑張らなくても、雪さんは自然と水さんに戻れるんだ」
「そう、なの?」
「そう。春になるとね。雪さんは暖かい空気で楽しくなって、また水さんに戻れるんだ」
「そうなんだ……」
「それに、冬の間は水さんも雪さんとして遊んでいたいだろうし、このままそっとしておいてあげよう」
「……うん」
ココちゃんは頷きながら降り積もる雪に手を振って、俺のところへ走り寄ってきた。
そして、今度は家の中から雪を見たいと言うのだった。




