第9話『|魔術適性検査《あなたにできること》』
受付の女性――オリビアさんに案内され、ひとまず魔術適性検査の為に個室へ来た俺と桜であったが。
ここで一つの疑問が浮かんだ。
そこで俺は、タイミングを見て、浮かんだ疑問をオリビアさんに聞いてみる事にした。
「オリビアさん」
「はい。なんでしょうか?」
「少し聞きたい事があるのですが、よろしいでしょうか?」
「はい。大丈夫ですよ」
オリビアさんは部屋の奥にある本棚から大きな本を一冊持ってきて、テーブルの上に置きながら俺の言葉に頷いた。
「先ほど話に出て来た冒険者ランクというものについて聞きたくて……」
「冒険者ランクについて、ですね。承知いたしました。ではまずこちらの紙をご覧下さい」
オリビアさんはテーブルの引き出しから1枚の紙を取り出し、そこに三角形の図形を書き込んだ。
そして、その横にS、A、B、C、D、E、Fとアルファベットを記載してゆく。
「冒険者ランクというのは、元々魔物の危険度ランクが生まれた結果生まれた物になります」
「魔物の危険度ランク、ですか?」
「はい。冒険者組合を設立された聖女セシル様は、どの様な脅威も多くの知識と冷静な判断力で見極める事により、危険は減ると考えられていました」
「……」
「そこで生まれたのが危険度ランクです。この魔物はどの様な特性があり、どういう対策が必要なのか。どの程度の魔術が使えれば対処できるのか。そういう情報をまとめ、ランク付けしたのです」
「なるほど」
「そして、危険度ランクが生まれた事で冒険者側もある程度、先に情報を得てから挑めるようになったのですが……ここで一つの問題が生まれました」
「……過剰な自信で報酬目当てに高い危険度の魔物に挑んだ?」
「えぇ。その通りです。その為、我々冒険者組合は冒険者側にもランクを付け、同ランク以下の危険度の依頼のみを受けられる様にした。というのが冒険者ランクの始まりです」
オリビアさんの丁寧な説明により、状況は理解した。
確かにこういう話であれば、イノシシの討伐依頼を奪い合う様な事は無さそうだ。
冒険者組合としては同じランクの依頼を受けるのが基本になる訳だから。
後の問題は俺のランクがどうなるのか、という所か……。
正直あまり期待は出来ないが、まぁその場合は地道にランクを上げてゆくしかないな。
「ご回答ありがとうございます。参考になりました」
「それは良かったです。では、魔術適性検査の方を始めさせていただきますが、よろしいでしょうか」
「はい」
オリビアさんは机の上に置いた本を広げ、説明を始めた。
「まず……お二人は魔術についてどの程度知識がございますか?」
「僅かには知っていますが、何もない前提でお話しいただけると嬉しいです」
「分かりました」
オリビアさんは頷きながら本をめくり、一つのページを開く。
「では、基礎知識となる部分からお話させていただきますね」
「お願いします」
「『魔術』とは元々精霊魔術と呼ばれてまして、これは最初に魔術を使った方、シャーラペトラ様がそう呼んだ事でその様に呼ばれるようになったと伝えられています」
「はい」
「精霊魔術という名の通り、魔術を使う為には精霊と契約をする必要があります」
「契約、ですか」
「はい。契約です。ですが、契約とは言っても具体的に精霊と何か約束事を交わすという事はなく、精霊がこの人の力になると決めて傍に寄り添う事を契約と呼んでいるだけです」
「その契約を行う事で何か問題が発生したりする事は無いのでしょうか」
「精霊契約が行われる様になって2500年ほど経過しておりますが、特にそういった事例は報告されていませんね」
「なるほど、ありがとうございます」
俺はひとまず安心しながら、オリビアさんの話に耳を傾ける。
「そして、精霊には様々な好みがあるらしく、例えば火の精霊は情熱的な性質を持つ方を好むとか、水の精霊は容姿に優れた方を好む等がありますね」
「容姿、ですか」
「はい。見た目ですね。水の精霊と契約する方は皆、容姿に優れ透き通る様な魅力を持った方ばかりだと有名です」
俺はオリビアさんの話を聞き、隣に座っている桜を見た。
まず間違いなく水の精霊と契約しているだろう。
俺の中にある兄としての確信がそう叫んでいる。
「ふふ。そうですね。サクラ様も大変可愛らしい方ですし。水の精霊が契約している可能性は高いですね」
「何か危険は無いのでしょうか!? 狙われたりとか!」
「水の精霊が原因で……という事はあまり聞きませんね。元より容姿の優れた方が水の精霊と契約する訳ですから」
「それは、そうですね。確かに」
俺は暴走してしまった気持ちを何とか抑えながら、再びオリビアさんさんの話に集中した。
「リョウ様はサクラ様の事がご心配なのですね」
「当然です。俺の大切な妹ですから」
「なるほど……ご兄妹でしたか。では後ほど、家のご紹介をさせていただく予定でしたが、同じ家の方が良さそうですね」
「はい。お願いします」
俺はオリビアさんの提案に地下強く頷き、安心した様に微笑んでいる桜の頭を撫でるのだった。
「コホン。ではお話を戻させていただきますね」
「はい」
「精霊がどの様な人を好むのかはそれとなくお話させていただきましたが、具体的にどういった精霊と契約しているのか、まずは調べさせていただきます」
「お願いします」
「はい。では、まずこちらの水晶を両手で持っていただけますか?」
「はい」
俺はテーブルの上に置かれた水晶を受け取り、待つ。
「水晶の中を見ていただき、見えた色を教えて下さい」
「何も見えませんね」
「……何も?」
「はい。何も」
「え? あれ、壊れちゃったのかな。申し訳ございません。水晶をお借りしても?」
「はい。どうぞ」
オリビアさんは水晶を受け取り、水晶を様々な角度から見る。
そして、首を傾げながら俺に再び水晶を返してきた。
「えっと、持たずにそのままテーブルの上に置いていただいて……あぁ、そうです。そして両側から掴んでいただいて……ありがとうございます。私の方で確認させていただきますね」
オリビアさんは上着の胸ポケットから眼鏡を取り出し、それをかけてジッと水晶の中を見つめた。
さらにオリビアさんは、俺の手を外側から包むようにして水晶を持ち上げ、色々な角度から水晶を見る。
が、どうやっても何も見えない様で、考え込んでいる様だった。
しかし、こんな時に申し訳ないが。
俺はオリビアさんの手に触れて、少しばかりドキドキとしていた。
今まで俺の人生に居なかった大人の雰囲気を持つ女性に触れて、緊張が止まらない。
心臓は少しずつ鼓動が早くなっていって、目は勝手にオリビアさんに向けられてしまう。
そう。オリビアさんだ。
長い黒髪をハーフアップにして、眼鏡をかけた理知的な美しい大人の女性が、細く美しい手で俺の手を……
「じー」
「っ!」
「じぃー」
俺は不意に桜から強い圧を感じて、深呼吸と共に平静さを取り戻した。
いかんいかん。
妹の前で何をやっているんだ俺は。
「お兄ちゃん。大丈夫?」
「あ、あぁ。大丈夫だ」
「ふーん」
それから。
俺は桜からの圧を受けつつ、オリビアさんの頑張りを見つめ、全てが終わるまで侍の魂で耐えきるのだった。
「じぃぃー」
「お、オリビアさん……ま、まだ時間がかかりそうでしょうか」
「もう少し、もう少しだけ見せて下さい。まだ何かが」
「くっ、もう少し」
「じぃぃぃー」
時間と共に桜の視線は強くなってゆき、オリビアさんの焦りも強くなってゆく。
そして俺も、終わりのない地獄の様な世界で、何とか己を保ち続け、生きるのだった。