第8話『冒険者の|登録《はじまり》』
冒険者組合の建物は近くに来るとかなり大きな建物で、おそらく三階建ての建物であった。
扉を開いて中に入ると、中は程よい気温になっており、少しばかり肌寒かった外とは大違いである。
「中は温かいんですね」
「あぁ。組合の中はいつも同じくらいの温かさで保たれてるんだよ。魔導具でね。俺も詳しくはないから説明は出来ないけど」
「なるほど」
エアコン的な物があるんだな。と俺は納得しながらそれとなく周囲を伺った。
気温もちょうど良く、長椅子やテーブルなどもある為、それなりに人が居る様だった。
しかし、建物の大きさに対して、部屋の広さがそれほどではない様に見える。
壁から廊下が二つ伸びているから、そちらに何かがあるのだろう。
「じゃあ俺は報告に行ってくるから、アレク。リョウ達の登録任せたぞ」
「あぁ。ついでに建物の案内もしておくからな。ゆっくり行って来い」
「任せた!」
ヴィルヘルムさんは受付と思われる場所に向かい、受付の男と話し始めた。
そして、俺達はヴィルヘルムさんとは別の受付へ向かい、女性の方に話しかける。
「アレクさん。と、そちらのお二人は見かけない顔ですね。ご依頼の方ですか?」
「違う違う。冒険者登録だ」
「そうですか。では必要事項をご記入いただき、登録の処理をさせていただきますね」
女性は二枚の紙をテーブルの上に出し、俺達に差し出し、アレクシスさんは二枚の紙を拾うと受付から離れたテーブルに向かい、その上に紙を置き、離れた場所から2本のペンを持ってくるのだった。
「ほれ。ペン」
「ありがとうございます」
「まずはここに色々と書くからな。ゆっくりでいいから出来る限り丁寧に書いた方が良い。読めないとやり直しもあるからな」
「はい……って、アレクシスさん!」
「ん? なんだ」
「いや、文字。俺達セオストの文字は書けないんですけど」
「あぁ、その事か。心配しなくても精霊が読める様にしてくれるから問題ない」
「精霊が?」
「あぁ。そう。何だったかな。何とかって偉い先生が過去に居てな。その先生様がなんか言ってた様な気がするんだよな」
アレクシスさんが人差し指をクルクルと回しながら伝えようとした事はあまり伝わらなかったが、テーブルの向こう側に現れた小さな影が椅子に座りながら答えを教えてくれた。
「『精霊の介入から世界に与えた影響』の言語に関する項目。テオドール・メッド・デルリック先生だね! 光歴2400年頃に活躍した魔術学の基礎を作った先生だよ。アレクったら、こんな事も知らないなんてー、ぷぷぷー」
「あん? そのクソ生意気な声は……お前、ソラ! ここには近づくなって言われてんだろ。何しに来たんだ!」
「お母さんのお手伝いだもーん! べー!」
その、桜よりも少しばかり幼い見た目の少女は、アレクシスさんよりも明るく、鮮やかで煌めく様な美しい背中まで伸びた空色の髪を揺らしながら、髪よりも更に薄い水色の瞳を輝かせていた。
愛らしいという言葉がよく似合う様な、とても可愛らしい顔立ちの……って、いだっ!
「桜!? 腕をつねらないでくれ。痛い」
「むー。だってお兄ちゃんがデレデレしてるから」
「デレデレはしてないよ。可愛い子だなとは思ったけれど」
「可愛いって思ったんだ……むー」
一気に機嫌が悪くなった桜が頬を膨らませながらそっぽを向いてしまったのだが、そんな事は関係ないとばかりに俺たちの正面に座った少女が身を乗り出し、テーブルに両手を付きながら俺に迫る。
「可愛い? 可愛いってソラちゃんの事!?」
「え? あ、あぁ」
「やっぱりー? ソラちゃんもそうだと思ってたんだよねー!」
「おい。リョウ。そいつは止めておけ。見ての通りのクソガキだし。目を付けられるとずっと絡まれるぞ。蛇みたいな奴だ」
「アレク! 失礼な事言わないでよ! ソラちゃんは蛇なんかじゃないよっ!」
「あー。はいはい。分かった分かった。ママの所に帰りな」
「バカにして!! テオドール博士の事も知らなかった癖に!」
「知らなくても生きていけるんだよ。ま、お嬢様には難しいかもしれませんが、ね。ソラリアお嬢様」
「きー! むかつくムカツク!」
ソラちゃんなる子は椅子の上で器用にもジタバタと暴れ、そんなソラちゃんをアレクシスさんが煽るという様な姿で、二人はいつまでも騒いでいるのだった。
しかし、これだけ騒いでいるというのに、周りの人間は誰も止めようとはせず、温かい目で見守っている様に見えるのだった。
何となく、この場における二人の立ち位置が分かったような気がする。
が、このままという訳にもいかないし。俺は二人に声を掛ける事にした。
「ひとまず落ち着いて下さい。まずは冒険者登録をしたいので」
「あぁ、そうだったな。すまんすまん」
「いえ」
「えー! お兄さん冒険者になるのー? いいなーいいなー」
「……は? お兄さん?」
「落ち着け桜。喧嘩は無し。な?」
俺はイライラしている桜をひとまず落ち着かせながら、ソラちゃんに肯定を返す。
が、ソラちゃんはマイペースな子なのか、桜の様子は気にせず、冒険者についての夢を語っているのだった。
「貴族も平民も関係なく、多くの勇気ある人々を集め、未知へと挑む者、その名を冒険者。良いよねー。冒険者。格好いい! ばばばって、走って、魔物をてりゃーって倒して街を守るんだよ!」
「とまぁ、こんな事を夢見がちな子供が語っているが、実際には危険も多いし、泥臭い仕事も多い」
「良いじゃん! 夢見たって!」
「夢見るのは勝手だが、登録はするなよ。俺が爺さんに怒られるんだからな」
「ぶー。ぶーぶー!」
「おー、いてぇいてぇ。なんて貧弱な攻撃なんだ。涙が出ちまうぜ」
「アレクのバカ!」
ソラちゃんは怒りながらテーブルから降りて、離れた場所に走っていった。
そこにはソラちゃんとよく似た子と、穏やかな顔で微笑む女性が一人。
俺はハッとなり頭を下げたが、向こうも軽く頭を下げてくれたため、とりあえずの挨拶は出来たと安心するのだった。
いや、子供の相手をしてて何かトラブルがあると大変だからな。
「……ったく。余計な話があったが、とりあえず登録処理を進めるか。んでだ。まぁ理屈は色々とあるんだが、説明はしない。気になるならどっかで調べろ。ひとまずは書いて出す。以上だ」
「分かりました」
「……うん」
「という訳で、お前らが分かる言葉で良い。ここに名前。年齢。性別。んで過去に騎士とか傭兵とかやってたんなら、その経歴」
「えー、小峰亮、18歳、男……過去の経歴は無しと」
「お兄ちゃん……」
「ん? あぁ、桜は今年で12歳だな」
「ありがとう」
俺の物と桜の物が書き終わってからアレクシスさんが再び口を開く。
「書けたな? 次は、魔術欄とか、特殊技能欄だが、まぁよく分からんだろうし、そこは空欄でも良い。後で調べる事も出来るしな」
「魔術ですか」
「そう。こっちじゃあ生まれた時に調べるのが通例だが、ヤマトの住民は魔術になんぞ興味無いだろうからな。自分の適正も知らんだろ」
「……そうですね」
「という訳で、ついでだ。色々と調べて貰え」
「はい。そうですね」
それから他にも様々な記入項目があり、俺達は全てを記入し終えてから受付にまた向かうのだった。
「承りました。では確認作業を行わせていただきますね」
「お願いします」
「はい。では、コミネ リョウ様とコミネ サクラ様ですね。これは家名がコミネでお名前がリョウ様とサクラ様でよろしいでしょうか?」
「はい。そうなります」
「承りました。コミネ様方のご対応は、私、冒険者組合セオスト支部受付のオリビアが担当させていただきます」
「お願いします」
女性は俺の言葉に笑顔で頷き、おそらくは自分の名前を書類に書き込んだ。
そして、冒険者登録の流れを説明してくれるのだった。
「ではただいまより冒険者登録を始めさせていただきます。流れとしましては、まず午前中に魔術適性検査、身体能力検査を行いまして、お食事の後に施設等の案内をさせていただきます。ここまでで何かご質問はありますか?」
「では一つ。検査と伺ったのですが、試験の様なものでしょうか。合格しないと冒険者になれない。という様な」
「いえ。その様な事はございません。検査はあくまで初期のランク等を定める為のものですから。何か不都合があれば検査をしない事も可能です。ただし、その場合は取得情報なしという事で冒険者のランクにも影響します」
「……分かりました。検査は問題ありません。おねがいします」
「はい」
こうして俺たちの冒険者登録が始まるのだった。