第70話『不思議な雰囲気の|少女《レイ》と秘密基地』
ソラちゃんの所に行く前に、ちょっとした事があった為、俺たちは廊下で立ち止まり、レイちゃんと話をしていた。
「いきなりナイフなんて持って走ったら危ないよ?」
「うん。知ってる」
「ならなんでこんな事をしたの?」
「今日から先生っていう人が戦う方法を教えてくれるって言うから、どのくらい強いのかなって試したくて」
「それで怪我をしたらどうするの」
「んー。ごめんなさいする」
うーん。
うーんである。
多分悪い子では無いのだ。
いや、ナイフを持って襲い掛かってくるのだから良いも悪いも無いだろう!
と言われれば確かにそうだね。という感じではあるのだが……。
何というか。あんまり現実感が無いというか。
抜けているというと表現良くないから迷うのだが……あんまりどういう事か分かっていないような感じなのだ。
たまにこういう子が居るが……どうやって説明すれば良いのか悩ましいなと思う。
「……」
「先生。怒ってる?」
「怒ってるってワケじゃないけど、俺以外の子にも同じ様な事をしたら怪我するからね。どう注意すれば良いか考えてる」
「ふむ?」
首を傾げるレイちゃんに俺は後ろに居た桜に出てきてもらってレイちゃんの前に立ってもらった。
そして桜の事を紹介しながらレイちゃんに注意する。
「この子は桜。今日はレイちゃんやソラちゃんとお友達になる為にここへ来たんだけど、危ない事があったらもうここへ来る事は出来なくなってしまうかもしれないんだ」
「……お友達? レイちゃんの?」
「うん。そうだよ」
「そうなんだ。えと、桜ちゃん?」
「うん。私、桜。えと、レイちゃん。で良いのかな?」
「うん。レイちゃん。桜ちゃん」
俺は短い言葉で交流するレイちゃんと桜を見ながら、怯えたような顔をしていたココちゃんも呼び、二人の前に連れてゆく。
「レイちゃん。この子も、レイちゃんとソラちゃんのお友達になりたくてここに来たんだよ。ココちゃんっていう名前なんだ」
「ココちゃん」
「……うん」
「レイちゃんは、レイちゃん」
レイちゃんはココちゃんの手を握り、首を傾げながら自分の名前を繰り返した。
どこか不思議な雰囲気の子だ。
独特というか。マイペースというか。
いや、でもその空気のお陰で桜もココちゃんもレイちゃんに警戒心は持っていないようだし。
ちょうど良いのかもしれない。
「なるほど。レイちゃん分かった」
「ん?」
そして、レイちゃんは二人と手を握った後、大きく頷いて俺のところまで来た。
「先生の言った事、よくわかった。レイちゃん、もう危ない事はしない。友達が傷つくのは、嫌だから」
「そっか。そう思ってくれると嬉しいよ」
「いえーい。レイちゃん優秀」
「あぁ、そうだね。一回で分かってくれるなんて、優秀だ」
何とも緊張感のない会話ではあるが、しっかりと頷くレイちゃんに確かな物を感じた俺は、大きく頷きナイフの刃を仕舞ってレイちゃんに返す。
「はい。じゃあナイフは返すね」
「ん。ありがと」
そして、何とも緩い空気のままレイちゃんへの話も終わり、俺たちは再びソラちゃんの待つ部屋へと向かったワケであるが……。
ソラちゃんが待っているとされている部屋でもまたひと騒動あった。
『だから! 言ったじゃん! ソラちゃんのお陰なんだからね!』
『今更! ここまで来たらもう関係ないわ!』
『何その態度!』
何故なら、ソラちゃんの部屋からソラちゃんの物と思われる声と、おそらくはシャーロット様と思われる子の声が響いていたからだ。
何やら喧嘩をしている様だが……。
「あらあら。今日も元気ですねぇ」
「今日もという事は、こんな争いをいつも?」
「えぇ、よく。ねぇ、レイちゃん?」
「うん。いつもやってる。二人は仲良し」
「うーん。仲良く喧嘩しているなら良いけど。俺たちはどうしようか」
俺は困ったような顔をしている桜やココちゃんに振り返りながら呟いた。
が、そんな呟きを拾って、レイちゃんが良い案があると、俺の手を引っ張り廊下の更なる先へと連れて行こうとする。
「どこに行くの?」
「ソラちゃんの秘密基地」
「秘密基地?」
俺はレイちゃんに引っ張られるまま、後ろに桜やココちゃんが付いてきている事も確認して、廊下を進み、小さな扉から外へ出た。
家の中から外へ出た瞬間、光が一瞬目を焼くが、視界が戻ってきた時、そこの光景に俺は思わず目を見開く。
そこには、かつて俺が生きていた世界を思わせる様な庭園が広がっていた。
小さな池と、ししおどし。
子供が遊ぶ為のスペースと思われる砂と小さな石が転がる場所と、奥に咲き乱れる色とりどりの花々。
どこか落ち着いた空気のある光景に、俺は酷く懐かしい気持ちになる。
そして、後ろから桜とココちゃんの驚きと感動に満ちた声が聞こえてくるのだった。
「わぁ~」
「すごーい」
「ふふ。ここがレイちゃんの秘密基地」
「あれ? さっきソラちゃんの秘密基地って」
「良いの。友達を招待したから、今日からここはレイちゃんの秘密基地」
レイちゃんは目を閉じて、どこか自慢げに語る。
それからレイちゃんは桜とココちゃんの所へ小さな足で駆けて行って、二人の手を握って再び駆けだした。
とは言っても、一応気遣っているのかそこまでの速度は出ていない。
小走りよりもやや遅いくらいだ。
俺は楽しそうな桜やココちゃんを見て、とりあえず見守るだけで良いかと三人を見送り、俺と同じく三人を見守っていた頼子さんに語り掛ける。
「この庭は頼子さんが?」
「えぇ。今は私が管理していますね」
「今は?」
「前は、エルネストさんの奥様が管理されていました。いつか子供が出来たらここで遊んで欲しいと」
「……なるほど」
何となく、その言葉から事情を察した俺はそれ以上突っ込まず、頷いた。
そして……。
「でも、それなら……今はソラちゃんやレイちゃんが遊んでいるから、エルネストさんの奥様も喜んでいるでしょうか」
頼子さんは俺の言葉にやや驚いたような顔をしてから、優しい顔で微笑み、頷く。
「そうですね。そうあって欲しいですね」
「はい。そうですね」
俺は頼子さんと並びながら、桜たちが遊ぶ様子を見る。
が、無邪気に砂山で話をしている三人を見ていると長くなりそうなので、頼子さんに許可を貰い、座りながら見る事にするのだった。
桜たちは最初砂の辺りで遊んでいたのだが、不意に草花が咲き乱れている辺りにゆき、指をさしながら話をしている。
どんな花の種類かとか話しているのだろうか。
次に池の方へと行き、池の中を三人で覗き込みながら話をしている様だった。
子供同士でいると仲良くなるのも早いようで、大変よろしい。
こうして考えると、桜の友達が出来た事も良かったかもしれない。
エルネストさんの依頼のお陰で、エルネスト家への繋がりを作ることが出来た上、桜やココちゃんが素直に遊べる友達が出来たのだ。
これ以上の報酬はないだろう。
なんて、ほんわかしながら三人を見ていると、ドタバタと騒がしい音と共に、先ほど俺たちが出てきた扉が勢いよく開け放たれ、一人の良く見慣れた少女が家から飛び出してきた。
「もー! こんな所に居た!! ソラちゃん部屋でずっと待ってたのに!」
「ちょっと、そんなに勢いよく走らないで! 私は貴女ほど、走り回る経験が無いのだから」
「や! ちょっ! 腕を掴まないで! ころぶっ!」
「きゃあ!」
その少女たちはもつれ合いながら、地面に倒れ、洋服を汚しながら転がってゆく。
そんな姿を見て、頼子さんが困った様な笑みを浮かべながら、あらあらなんて言っていたが、本当にあらあらである。
俺はとりあえず二人を助けるべく、椅子から立ち上がって、埃まみれのプリンセスの元へ向かうのだった。




