第7話『|街《セオスト》の防壁』
森で出会った桜の新しい友達、巨大イノシシことジャイアントボアと別れ、俺と桜はヴィルヘルムさんやアレクシスさんと共に自由商業都市セオストへと足を踏み入れた。
人間が通る用だという小さな門から中に入ると、中は石壁で出来た巨大な一つのトンネルになっており、巨大な扉から入っても小さな扉から入っても同じ場所に出る様だった。
しかし、巨大な扉と小さな扉では腰くらいまである壁で別れており、乗り越えるか、中央辺りにある壁のない場所に行かない限り、大きな扉の方には行けない様になっている。
小さな扉から入った場合は、真っすぐに奥まで続く通路があり、二人か三人が横に並んで歩いても余裕なくらいには十分広い様だった。
そして、入ってすぐ右手には小窓があり、扉を抜けて街の中に入る為には名前や時間、目的などを記入しなければいけないようだ。
無論、受付を強行突破する事もかのうだろうが、その場合は受付のすぐ近くにある扉から騎士たちが出てきて捕縛するのだろう。
かなりしっかりしている。
平時であれば頼もしいが、何かがあって街を脱出しなければいけない時には障害になりそうだな。と、それとなく周囲を確認しながら考察した。
門を通る場合は狭い場所で戦う必要がある為、刀を使う事は難しいだろう。
それに桜を抱えて逃げる以上、大きな立ち回りも難しい。
小さな門は騎士が二人も立てば容易く塞いでしまうし、大きな門を一人で開ける事はほぼ不可能だ。
「……」
「心配か? リョウ」
「え? えぇ、まぁ。石の外壁は相当厚いですからね。破る事はほぼ不可能だと考えても良い。ですが、門はそこまでの強度を持てないでしょう? ここを突破された場合、街が危ないかと思いまして」
「だそうだ。防衛騎士団団長殿」
「いやいや。大変よい目をお持ちですね。旅の御方。ヤマトの侍は戦場に生まれ、戦場で生きると聞きますが、そういう感覚の中で気になるのでしょうか?」
「いや、リョウはそういうんじゃねぇよ。過保護でな。妹が危なくないか気になってるんだ」
「なるほど! それは素晴らしい兄妹愛ですな。では真剣にお答えしなければいけませんね」
「ありがとうございます」
「いえいえ」
ヴィルヘルムさんが受付で騎士や組合長と話をしている間、俺と桜はアレクシスさんや騎士さんと一緒に内部を歩きながら話をする。
「先ほどおっしゃられました通り、石壁の強度は問題ないと我々も認識しております。セオストが誕生してから魔物による事件は数えきれない程にありましたが、その全てが石壁によって阻まれており、内部に被害を出さずに解決しております」
「しかし、門の方は何度か破られてますよね? 補修した跡もありますし」
「ハハハ。本当に良い目をお持ちだ。しかし、アレはわざと壊れる様になっているのですよ」
「わざと、ですか?」
「はい。どうやっても大扉を破壊してしまう様な魔物が現れた際、金具の一部を外し、魔物を扉の中へ引き入れるのです」
俺は騎士さんの言葉を聞きながら内部をよく観察すると、色々な場所に仕掛けがある事に気づいた。
「なるほど」
「もうお気づきになりましたか」
「全て。では無いですが一部は分かりました。例えば……扉の金具が外れた場合、倒れるのはあの場所で、突撃してきた魔物は勢いが殺しきれずあの場所に向かうでしょう」
俺は状況を説明しながら魔物が来るであろう想定位置を指さす。
「その場合、位置的に両側にある上位の小窓から弓矢等の飛び道具。それに下部の小窓からは槍を突き刺して攻撃する事が可能になるのでは無いでしょうか?」
「……」
「そして、おそらくはあの床……! 何か大掛かりな仕掛けがありますね。その仕掛けの詳細は分かりませんが……床が一部木の板になっており、扉が外れた際に木の板が外れる様な仕掛けになってますから」
俺は細かい所を探せばもっとありそうだが、一度こんな物かなと頷いて、騎士さんに視線を戻した。
これで間違えてたら大変恥ずかしいが、騎士さんやアレクシスさんの反応を見る限り、見当違いという事も無さそうだった。
「アレクシスさん!」
「あぁ」
「どこで見つけて来たんですか! こんな逸材! 是非ウチの防衛部門に来ていただきたいんですが!」
「森で見つけたんだが、悪いな。もう組合長に話を通しちまった」
「くっ! 組合長が外に出るのを阻止すれば良かった……!」
「仕事しろ」
「あー、えっと。合っていたって事で良いんですかね?」
「はい! 正解も正解! 大正解ですよ! 特に床の魔術式まで見破られたのは素晴らしいとしか言い様がありませんね。いや、確かに一部木材を使用している事で分かりやすい状態にはなっていますが、補修という可能性もある訳ですし。そこを、扉が外れた時に動くギミックまで見つけた上で、見破るとは……! くっ! 欲しい!!」
「交渉するなら冒険者組合に行った後にしろ。選ぶ権利はリョウにあるんだからな」
「そうですね。分かりました。上には話を通しておきます」
騎士さんは嬉しそうに頭を下げるとそのまま受付の方へ走っていった。
そして、どうやらヴィルヘルムさんも話が終わったらしく、手を振りながらこっちへ来る。
「待たせたな」
「いや、良い暇つぶしが出来たからな」
「暇つぶし? 騎士たちが騒いでいたが。何かやったのか?」
「リョウの奴がな。大扉の仕掛けを見破って、防衛騎士団団長殿に話していたのさ」
「あぁ、それで騒いでいたのか。いきなり有名人だな。リョウ」
「あまり目立ちたくは無いので、今度からは自重しますよ」
「その方が良い。くっくっく」
「あんまり笑ってやるな。アレク」
俺は余計な事をしてしまったな。と反省しながら退屈してないかと桜の方をみる。
が、桜は特に退屈している様子はなく、むしろ楽しそうにしているのだった。
「桜。楽しいか?」
「うん。お兄ちゃんが凄いって言われるの、凄く楽しい」
「そ、そうか」
「ふふ。楽しいね」
「まぁ、桜が楽しいなら良いか」
俺は気持ちを取り戻し、石壁に囲まれたトンネルの中を歩く。
俺の一歩は桜に合わせて歩いているから、70センチ弱。
その歩幅から計算する石壁の厚さは大体10メートルか。
かなり広いな。
この広さで考えると、石壁の中にある部屋は相当広いだろうし、人が生活する事も出来るだろう。
いや、常に外部を警戒してるのなら、それなりに騎士の数も多いだろうし。
待機所なんかも中にあるかもしれない。
そう考えると、想定しているよりも多くの騎士が石壁の部屋から出てくる可能性は高い。
いざという時には参考にしよう。
そして、俺は思考をしながら歩き続け、薄暗く巨大なトンネルの向こう側へと進み、光あふれた世界へと飛び出した。
自由商業都市セオスト。
危険が溢れる森を抜け、暗いトンネルを抜けた先に会ったのは、まさに輝く様な美しい街並みだった。
大扉の通路より少しばかり大きな大通りには人が溢れ、立ち並ぶ家々は規則正しく並んでいる。
そのどれもがかつて自分たちが居た世界には無い物ばかりで、興味を惹かれる物ばかりであった。
「よし。じゃあとりあえず冒険者組合に行くか」
「場所はどの辺りなんですか?」
「あぁ、すぐそこだよ。ほれ。もう見えてるだろ? ソレだ。ソレ」
アレクシスさんが指さしたのは、石壁のすぐ近くにある、他の建物より大き目な石と木で造られた建物だった。
看板には『冒険者組合セオスト支部』と書かれている。
ん?
書かれている?
俺は自分の頭の中に浮かんだ思考に疑問を返しながら、とりあえずアレクシスさん達と共に冒険者組合の建物に向かうのだった。