第62話『|お姫様《シャーロット》からの招待状』
傷も癒え、調子も戻った俺は、まずは冒険者組合へ挨拶に行く事にした。
久しぶりに来るので、やや緊張しながら扉を開くと、周囲の目線がスッと集まる。
緊張の瞬間だ……。
「あー、お久しぶりです」
返事はない。
静まり返った冒険者組合の入り口で、俺の声が空しく響き渡った……のだが。
一人の冒険者が声を上げた瞬間、洪水の様に音があふれ出した。
「リョウ! お前無事だったのか!?」
「もう立てないって話を聞いてたから!」
「元気そうじゃねぇか。もう体は大丈夫なのか?」
「英雄だ! 英雄様のご帰還だ!」
ギャアギャアと、まるでカラスの集会の様に騒ぎ始めた彼らに、俺は落ち着いてくれと声をかけた。
が、まるで意味がない。
人は波の様に迫り、声はとめどなく響く。
嬉しい事ではあるのだが、今はちょっと邪魔だった。
という訳で、俺はいったん冒険者組合の外に飛び出して、追ってくる冒険者達から逃げる為に、入り口近くにあった柱を掴んで上に飛ぶ。
そして、入り口の所にある屋根の上から外へ飛び出してゆく冒険者たちを見送るのだった。
それから少しして、一階が静かになった為、俺は再び地面に降りて入り口を通って冒険者組合の中へ入る。
「お久しぶりです」
「……っ! リョウさん! どこかへ行ったんじゃ!?」
「あぁ、いえ。ちょっと上に逃げて隠れてました」
「なんて素早い! これが噂に聞くヤマトのニンジャなのですね」
「忍者になった覚えはありませんが……まぁ、似たようなものですかね」
俺は頭を軽くかきながらオリビアさんのボケに頷いた。
まぁ、話を先に進めたいという気持ちがあった事もそうだが。
「ところで何か依頼は来ていませんか?」
「あら。もうご存じでしたか?」
「はい。まぁ、直接お話を受けましたからね」
「え?」
「え?」
なんだ? あれ? オリビアさんはこの間の戦いを見ていなかったのか?
いや、流石に壁の上で行われている会話は聞こえないって事か。
そりゃそうだ。
「あー、ほら。この間の戦いがあったじゃないですか」
「はい」
「あの時に依頼をするって言ってたんですよね」
「えぇー!?」
いや、驚き過ぎだろう。
何? そんなに驚くような事か?
「そんな暇、ありましたか?」
「まぁ、暇は無かったんですけど。こう戦いながらお話をしてまして」
「えぇぇえええ!?」
驚き過ぎだろう。
いや、今考えても異常事態なのは分かるけど。
それにしたって驚き過ぎだ。
それとも何か? エドワルド・エルネストさんはこんな異常行動を今までやらなかったって事?
やってそうな気がするけどなぁ。
ヴィルヘルムさんとかアレクシスさんにはやってそうだけどなぁ。
「まさか……シャーロット様とリョウさんがお知り合いだったとは」
「え? どなたです?」
「えぇ!? シャーロット様からのご依頼を知っていたのでは無いのですか!?」
「いえ。俺が知っていたのはエドワルド・エルネストさんからの依頼で」
「エルネスト様からの依頼……?」
なんで不思議そうな顔をしているんだ。
まさかあの人、まだ依頼を出していなかったのか!?
というかその間に、別の人からの依頼が入っていたのか!?
なんだこの状況は。
なんだか混乱してきたな。
「えっと。申し訳ないです。そのシャーロット様という方は……?」
「シャーロット・テリエ・セオスト様という方で、このセオスト自由商業都市の管理をされている方のご息女様ですね」
「……なるほど」
事実上の国王とか領主とかそういう人の娘さんという事か。
これはとんでもない事になってしまった。
確かにここへ来る前、桜にはセオストの偉い人に接触してみるか。なんて話はしたが、それはまずエルネストさんの家から始めるという意味で、いきなり都市のトップと話をするという意味じゃない。
いや、一応娘さんな訳だからトップでは無いのだけれど。
そこにどれほどの差があるというのだろう。
ほぼ何も変わらない。
「ちなみに依頼の内容は……?」
「はい。内容としましては、リョウさんに色々なお話を伺いたいと」
「話……? もしや違法入国とかを疑われているという事ですか?」
「まさか! リョウさんがセオストへ入った際の記録は残っていますし。同日にアレクシスさん、ヴィルヘルムさんと共に冒険者組合へ来た事も記録に残っています。何も疑われるような事はありませんよ」
「しかし! ではなぜ話を……などと」
「シャーロット様はまぁ、何というか。冒険が好きな方ですからね。異国の方が活躍されたというお話を聞いて、思わず話を聞いてみたくなったのではありませんか?」
「……なるほど」
まぁ、あり得そうな話ではある。
それらしい理由だ。
しかし、それらしいというだけでそれがそのまま真実かどうか、と聞かれると微妙な所である。
疑わしい所は色々とあるのだ。
そもそも話を聞きたいだけというのなら、何故依頼という形をとったのか。
それは逃げる口実を潰す為ではないのか。
そうして、俺が呑気に来た所を、何かしらの罠にはめるつもりなのでは無いだろうか。
無論罠にだって色々な種類がある。
直接俺に危害を加える物もあるだろうし。
何かしらの罪をでっち上げて、無茶な依頼を受けさせるような事だって出来るだろう。
向こうは街の実質的な支配者だ。
多少無茶な事をやったってもみ消す事は簡単だ。
向こうの狙いが、俺の持っている刀なのか、もしくは桜たち家族か。俺自身か。
それはまだ分からない。
だが、何かを企んでいる可能性は高いとみても良いだろう。
よくよく考えてみれば、エルネストさんの依頼が入っていないというのも妙だ。
あの人のソラちゃんへの愛情は確かであったし、すぐにでも依頼を受けて欲しいという様な雰囲気だった。
しかし、依頼はない。
途中でもみ消されたと考える方が自然だろう。
それだけ強大な力が動いたという事だ。
ならば、逃げるか、断るか?
聞かなかったという事にしても良いとは思う。
幸いというべきか。先ほどの騒動で、組合の中にいる人は少ない。
しかし……正直な所、ここまで大胆な一手を打ってくる相手だ。弱みは見せたくない。
そう。そうなのだ。
この手は相手にだってリスクのある一手なのだ。
冒険者組合を通して依頼をした以上、記録に残されることになるし。
このまま依頼者の家に行って、俺が行方不明という事になれば、事件になるだろう。
少なくとも、今の俺はこの街の英雄という事になっている訳だし。
まぁ、不本意な話ではあるが……。
それのお陰で身の安全が確保されているのなら、良い話であると言えるだろう。
全ては桜たちの安全を確保するためだ。
上手く利用できるとでも思われれば、やり方はいくらでもある。
「シャーロット様の依頼ですが、受けようと思います」
「承知いたしました。では手続きの方は進めさせていただきますね」
「お願いします」
「この依頼はシャーロット様のご自宅で行うという事になりますが、具体的な日程などはご提示出来ますか? 冒険者組合で調整させていただきます」
俺はオリビアさんに、三日後以降ならいつでも空いていると伝え、現地に行くまでの三日でありとあらゆる準備をする事にした。
どんな思惑があるかは分からないが、必ず乗り越えてみせると……家族に誓う。
そして……三日という時間が流れ、俺はシャーロット様の待つセオスト家の前に正装して立っていた。
この時の為に、洋装で整えて、まだ子供だというシャーロット様の為にお菓子などを土産に持って、静かに表情を引き締めた。
戦いはこれから始まる……。
水面下で行われる、駆け引きと騙し合いの戦いが……!
「はじめまして。依頼を受けてきました。冒険者のリョウと申します」




