第51話『ゆるやかな|帰還の旅《あるきかた》』
世界国家連合議会での依頼も大半が終わり、後はアリア姫様を母国であるシーメル王国へ送り届けるだけとなった。
今度は、コソコソ隠れて行う様な事もないので、堂々と馬車に乗っての帰宅である。
まぁ、馬車と言いつつ引っ張っているのは馬ではない、馬によく似た魔物なのだが……。
というか。人間と共にいる魔物も居るんだな……。
「気になるか?」
「それは、まぁ……だって魔物なんですよね?」
「魔物は魔物だがな。まぁ、大人しい奴さ。人間は食わないし、その辺の草を食ってれば長距離の移動も出来る。良い奴だな」
「なるほど……」
「ま、ポータルが主流になる前から、人類が獣人と共にあった魔物だ。数千年の歴史が、コイツの安全性を教えてくれるよ」
「そうなんですね」
俺は小窓から見える馬の様な生き物へ視線を送りつつ、ふと気になった言葉についてヴィルヘルムさんに聞いてみる事にした。
「そういえば、世界国家連合議会でも言ってましたが、ポータルとは何ですか?」
「あー。ポータルっていうのは、転移魔術っていう超高難易度の魔術を誰でも使える様にした魔導具の事なんだよ」
「転移という事は、世界国家連合議会からシーメル王国まで一瞬で移動できるとか、そういう事ですか?」
「そう。ちなみにシーメル王国だけじゃなくて、セオストにも移動できる。セオストからシーメル王国にも移動できるぞ」
「凄い便利じゃないですか。それなら道中襲われる危険とかも無いですし。何故もっと使わないんですか? 今回はアリア姫様が拒否したから。というのは分かるんですが」
「そうそう物事ってのは簡単に出来てなくてな。誰でも使える様になったとは言っても、魔力消費がかなりデカいんだよ」
「なるほど」
「ポータルは放っておいても勝手に魔力を蓄えてくれる仕組みになってるんだが、人一人を移動するのに、丸一日は魔力を貯めないといけないんだ」
「それは中々大変ですね。でも、例えば魔力を集める装置だけ増やせば移動量も増えるのでは?」
「それには二つ問題が残るからダメだ」
ヴィルヘルムさんは俺の問いに二本の指を立てながら首を振る。
「まず一つ、魔力を貯めるだけの装置を作るのは良いが、貯めたい魔力の量によって巨大化してしまい、置く場所がない」
「……確かに、場所の問題は大きいですね。スペースは無限にあるワケではないですし」
「そう。そして二つ目。魔力って奴は集めれば集めるほど、周囲の魔力が減っていくらしくてな。都市部の魔力は元々それほど無いんだよ。だから、装置を増やしても大した効果は無いだろう。って話だな」
俺はヴィルヘルムさんの言葉に、なるほどと頷きながら考えた。
そして、一つの疑問が浮かびそれをヴィルヘルムさんに尋ねる。
「以前、魔物の生態について聞いた事があったじゃないですか」
「あぁ」
「その時、魔物は魔力を取り込む事で強くなり、生きていく事が出来るって言ってましたよね」
「言ったな」
「なら、都市部の魔力を少なくする事で、魔物避けになったりもするんですか? 今の話だと、都市部は魔力が少なくて……空気が薄いというか、食料が少ない場所なワケじゃないですか」
「まさにその通りだ。リョウ。セオストも、世界にある国々も、魔物のその習性を利用して防衛施設を作っている」
「やはり」
俺はセオストの外壁部やシーメル王国、そして世界国家連合議会の外壁を思い出して頷いた。
あれや、これやと説明される魔導具は全て、周囲の魔力を集めて使う物ばかりで。
しかもそれを常時使っているとなれば、魔物対策と考えるのが自然だろう。
さらに言うのであれば、その魔物対策の魔導具で明かりを付けたり、昇降装置として利用したり、実に無駄のない作りだ。
都市を建築する人間たちは相当に頭が良いのだろうなと思う。
「でも、そう考えると世界国家連合議会の施設は内部もかなり厳重なんじゃないですか? だって、魔力を減らせば魔導具は使いにくくなるんですよね? そう考えたら、施設の中はなるべく魔力を薄くしておく方が安全ですよね」
「あぁ、その通りだ。内部の人間は貯蔵庫の魔力を使えば良いからな」
「……そんな場所に、潜入するつもりだったんですか?」
「当初の予定はな」
「いやいや、無謀でしょう!? 流石にそれは!」
「そんな事はない。アレクは目が良いし、銃で遠距離からの攻撃が可能だ。イザという時の判断も早い」
「……」
「俺は中距離向きだし、イザとなれば壁を破壊する事も出来る。脱出はそう難しくないだろう」
「……」
「そして、リョウは生物や魔導具の気配を感じる事が出来るし。アレクが見えない場所からの奇襲にも対処できる。さらに言うなら魔力を断ち切れる神刀持ちの近距離戦士だ。全員魔術師では無いから魔力の問題も関係ない。ほらな?」
「ほらな。じゃないですよ。まったく。運よくアリア姫様に出会えたから良かったものを」
「居ないなら居ないで何とかなってたさ。きっとな」
どこか気楽な様子で笑うヴィルヘルムさんを見ながら、俺は本当にアリア姫様と策略が、偶然か分からないが出会えてよかったと改めて思うのだった。
当初の計画通りに進んでいたら、今頃どうなっていたか分からない。
いや、確かにヴィルヘルムさんの言う通り、三人とも無事であった事は確かだろうが。
それでも、こんな風に呑気に馬車に乗っていたかどうかは分からないのだ。
最悪はポータルという奴を乗っ取ったか、走って逃げだしていたか。
どの道、いい終わり方では無いだろう。
俺はため息を吐きながら、ヴィルヘルムさんと俺の話で眠くなってしまったのか。
俺の膝に頭を乗せながら小さな寝息をたてているココちゃんの頭を撫でる。
「でも、本当に良かったですよ。シーメル王国でアリア姫様に出会えて。よい出会いをしました」
「そうか。いや、まぁそうだな。俺もお前がシーメル王国で獣人の事で怒っていたのを見て、良かったって思ったよ」
「そうですか? 普通の事だと思いますけど」
「そう思えるお前が良い奴って事さ。世の中にはな。姿形が違うってだけで受け入れず拒否する奴も多い」
「……まぁ、少し、分かります」
「だろ? だからさ。お前が優しい奴だって分かって良かったよ」
俺はヴィルヘルムさんの言葉に、小さく頷きながら静かに眠っているココちゃんの頬を撫でる。
こんなにも穏やかな顔で眠っているココちゃんも、前は全てを寄せ付けない顔で怯えていた。
それだけの生活があったのだ。
「ま、だから。後はサクラちゃんの問題だけかな」
「桜も俺と同じで獣人を差別したりはしませんよ」
「いやいや。そっちの問題じゃない。分かってるだろ?」
「……えぇ、まぁ」
「健気な妹が、一人兄の帰りを待っていたら、兄が新しい妹を連れて帰ってきた、か……」
「ヴィルヘルムさん」
「いや、すまん。なかなか面白くてな。ついからかってしまった」
「まったく。誰の依頼を受けてこうなったと思ってるんですか」
「いやー。俺たちだな。ハハハ!」
「ハハハじゃないですよ。まったく」
俺はため息を吐きながらジト目でヴィルヘルムさんを見据え、桜の反応を考えながら頭を抱えた。
「ま、まぁ。イザとなったら孤児院に来いよ。何日だろうと泊めてやるからさ」
「それはそれで桜の機嫌が悪くなると思いますよ。『私のいない所で楽しそうにやってたんだね!』みたいな感じで」
「お、おう。そうか」
「だから、まぁ。誠心誠意正面から話をするしかないでしょう」
「勝算はあるのか?」
「正直な所、まったくありません。ですが、やるしかないので、やるだけです」
「それはそうか。まぁ、そうだな。俺は応援する事しか出来ん。頑張れよ。リョウ」
「えぇ。それはもう。頑張りますよ」
俺は同情する様な顔をしているヴィルヘルムさんから視線を外し、ため息と共に小窓から見える外へと視線を向けた。
窓の向こうでは呑気な雲がぷかぷかと浮かんでおり、羨ましいな。なんて考えてしまうのだった。
いかんな……末期かもしれん。
俺は何か明るい事を考えようと、馬車の中で次なる話をヴィルヘルムさんに向けるのだった。




