第46話『|お姫様《アリア》の理想はどこに向かう』
スタンロイツ帝国の皇帝が放った一言で、彼が先ほど使った魔術とは別の意味で場が凍り付いた。
当然と言えば当然だろう。
アリア姫様は獣人を救おうと奮闘している方だし。
レオさんやココちゃんは獣人だ。
そして、俺はココちゃんの兄である。
廊下は一瞬にして緊張状態に突入した。
いつ何が弾けてもおかしくない。
そんな空気の中……。
「ちょっとー! エリク君! なにジーナちゃんの妹に意地悪してるの!?」
まったく空気を読まず、考えず、どこか気の抜けた声が凍り付いた場に響き渡った。
誰かと確認するまでもない。
ジーナちゃんである。
「もし怪我しちゃったらどうするの!」
「……妹?」
「そう! 妹!」
「しかし、獣人だが?」
「だから?」
「……」
ジーナちゃんの言葉に皇帝はふむ。と考えながら目を閉じた。
そしてすぐに、フッと笑いながら言葉をこぼした。
「確かにな。関係は無いか」
「そうだよ!」
「まぁ、そういう事なら今回は見逃してやろう。どの道、議会の会場にはは入れないからな」
スタンロイツ帝国の皇帝は鼻を鳴らしながら、腕を下ろす。
瞬間、周囲の温度がまた上がり、温かい空気で満ちてくるのだった。
おそらくは戦闘状態を解除したという事だろう。
しかし、戦闘状態は解除しても、皇帝はその場を動かず、今度はジッとアリア姫様を見つめた。
この男もアリア姫様を狙っているのだろうか。
「一つ。聞いておこうか。シーメル王国の姫君」
「何でしょうか」
「君は何故、そうまでして獣人を庇おうとする。彼らは人類の敵だろう?」
「いえ、違います」
「……」
「獣人さん達は、私たちの仲間です。同じ、世界で生きる同胞です」
スタンロイツ帝国の皇帝は冷めた目でアリア姫様を見つめる。
しかし、アリア姫様も負けじと強い瞳でスタンロイツ帝国の皇帝を睨み返していた。
「人と獣人が共に歩む事など出来ん。それは歴史を見れば分かる話だ」
「確かに獣人戦争は悲しいすれ違いから起こった戦争です。しかし、たった一度の過ちで未来全てを否定するのは違うと思います」
「所詮は理想論だな。かの戦争で家族を、友を亡くした者の怒りと悲しみはどこへ行けばいい。飲み込め。未来の為に。とでも言うつもりか?」
「その必要はありません」
「何? ならばどうすると言うのだ」
「私は世界を二つに分ければ良いと考えています」
アリア姫様がハッキリと告げた言葉に、皇帝は怪訝そうな顔をした。
「共に生きる……のでは無かったのか?」
「えぇ。私は確かにそう言いました」
「しかし、分断すれば交流は消えるだろう」
「確かに。道ですれ違う様な事は無くなるでしょうね。しかし、交流は出来ます」
「どうやって」
「獣人さんと語り合いたいと願う人間が壁を越えれば。人間と協力したいと想う獣人さんが壁を越えれば、そこに交流が生まれます」
「ありえん。すぐに略奪が始まるだけだ」
「そうさせない為に、法律があります。ルールを作るんです」
「誰がそれを守るというのだ。憎しみにかられた者は、その様なルールなど無視するだろう。己の欲望を優先させる」
「であれば、罰するだけです」
アリア姫様の言葉に、皇帝は明確に動揺した。
そして、俺も会話には参加していないが、心臓が僅かに跳ねる。
「必要なのは、恐怖による支配でも、自由への開放でもありません。厳正な統治者によって支配された国です。その国を中心として、二つの種族が共に生きる世界を作ります」
「恨まれるぞ。その統治者は」
「問題ありません。圧政に似た支配により、人間も獣人さんも同じ対象を憎む事になるでしょう。しかし、強大な力を打ち倒す為には協力が必要です。そうなれば、そこに仲間意識が生まれます」
「……」
厳正な法の支配者によって、感情を抜きに国を支配し、緩やかに同一化してゆくという策と、その圧政を倒すという目的で二つの種族が協力し合う未来を意図的に作り出すという策。
どう転んでも完璧な未来に繋がる。
そんな完璧な作戦だが……明らかな欠点が一つあった。
「不可能だ」
「何故そう言い切れるのですか?」
「この世界に、君の言う完璧で厳正な支配者を出来る者……いや、やりたい者などいない。生贄と何も変わらないのだからな」
「その点に関しては問題ありません」
「なに?」
「何故なら、その支配者は既に居るからです」
ニッコリと微笑んで、最大の問題は解決していると言い放つアリア姫様。
そして、その手はゆっくりとアリア姫様自身の胸を叩いていた。
「ここに居ます」
「っ!」
「私が、その役目を全うしてみせましょう」
「バカな……!」
「私が考えた策。私が実行しないでどうします」
アリア姫様は真っすぐに皇帝を貫いて、そして静かな言葉を続けた。
「エリク・サーロイフ・スタンロイツ皇帝。あなたは聖女アメリア様の真なる伝承を知っていますか?」
「真なる伝承、だと?」
「かつて世界が闇に覆われていた時代。あの方は世界の為、その身を犠牲として光を世界に伝えました。その光が、世界の争いを消すと信じて」
「……君がもう一度神話の再現をするというのか」
「それが、必要であれば」
「バカバカしい」
皇帝は強い不快感を表に出し、苛立ちを示しながらアリア姫様の言葉を切り捨てた。
「どれだけ優秀な様に見えても、やはり子供だな」
「……!」
「確かに君の策であれば、百年は平和が生まれるだろう。しかしそれだけだ」
「また、再び争いが起ると?」
「あぁ」
「……何故そう、言い切れるのですか」
「同じことがな。スタンロイツ帝国であったからだ」
「っ!」
皇帝は先ほどまでの冷たい表情から一変し、どこか寂し気な顔になると、スタンロイツ帝国で過去にあった出来事を語り始めた。
「遥かな昔。スタンロイツ帝国で一つの争いがあった。ともすれば世界を巻き込む様な、大きな争いの火種があった。しかし、その争いは聖女セシルによって止められた」
「……神獣との争いですね?」
「ほう。秘匿されている情報のはずだが、よく知っているな」
「ヴェルクモント王国のミラさんとは仲良しですから」
「ミラ・ジェリン・メイラーか。まぁ、確かに彼女ならば知っていてもおかしくはないか」
「はい」
「しかし、そうであるならば、その後の話も知っているだろう。人間が神獣の住処を荒らし、あと一歩で戦争になりかけた未来を」
「……」
「そして、その後、いくつか事件が重なり始まったのが獣人戦争だ。理性を無くせば人も獣も大して変わらん。ただ本能のままに奪い合い、殺し合うだけだ」
「……」
「ならば、世界はそういう物として受け入れて、己がするべき事を全うするべきだろう。特に君は王族なのだから」
「……でも、それでも私は」
「話にならないな」
「っ」
「だから子供だと言うのだ。もっと大局的に物を見ろ。君の本当にすべき事は何か。それをよく考えろ。そんな破滅的な方法ではなくてな」
皇帝はアリア姫様に言うだけ言うと、反論が無い事を確認して去って言った。
言葉は突き放すような物であったが、全てを否定するワケではなく、何か別の道を示す様でもあった。
いや、考えすぎかもしれないけど。
「姫様、大丈夫ですか?」
「……はい。私は、大丈夫です。この道は、正しいんですから」
「そうですね」
そして、先ほどの会話で一切口を挟まずアリア姫様を見守っていたレオさんが、どこか遠い目でアリア姫様を見ている事に気づきながらも、俺は何も言わず、ただ目を逸らすのだった。
この問題に首を突っ込めるほど、俺はまだこの世界には詳しくないからと。
「ふぅ……ちょっとお待たせしてしまいましたね。では行きましょうか」
そして、何も知らぬ顔をしながらアリア姫様の言葉に頷き、廊下を進む。
ほんの少し、彼女の言動に違和感を覚えながら。




