第44話『メイドな|彼女《いもうと》たち』
ココちゃんをセオストに連れてゆく。
という話が決まったのは良いけれど、ここで一つ大きな問題が生まれた。
そう。今から俺たちは世界国家連合議会なる場所へ向かう必要があるのである。
アリア姫様と一緒に行動する以上、無駄な寄り道は出来ないだろう。
ならば、どうするか。
「こんな事もあろうかと。良いものを用意しています。申し訳ございません。例の物を持ってきてください」
ココちゃんを連れてゆくと決めた日の翌日、早朝。
俺がヴィルヘルムさん達にココちゃんの事で相談しようとしていた時、アリア姫様が実に楽しそうな笑顔を浮かべながら一つの服をココちゃんに手渡した。
そして、ココちゃんがその服に着替えて戻ってきたとき、アリア姫様の考えを理解するのだった。
「つまり、メイドに扮して一緒に行動する。という訳ですか?」
「はい。ココちゃんはまだ子供で、完璧な人間の姿にはなれませんからね。耳としっぽは洋服で隠してしまいましょう。それに子供の姿なら多少動きがぎこちなくても、違和感は無いでしょう?」
「……なるほど」
「しかも、私のお付きとなれば、手を出す人も少ないですからね」
確かに。
アリア姫様は王族だし、手を出そうとする人間は限られるだろう。
それに、アリア姫様が子供である以上、お付きの人間が子供でも特に違和感がない所も良い。
あとは……。
「ココちゃんはそれで大丈夫?」
「……うん。ココ、お仕事がんばる」
「無理はしないようにね。アリア姫様。ココちゃんの事、お願いします」
「えぇ。お任せください。でも、ココちゃんを一人にするのは心配ですから、リョウさんも一緒に行動して下さいね」
「えぇ。可能であれば勿論!」
ココちゃんもそうだが、アリア姫様に何かがあったら大変だからな。
全力で守らねば。
なんて、気合を入れていたのだが、すぐ隣でヴィルヘルムさんとアレクシスさんが頭を抱えていた。
「どうしたんですか? 二人とも」
「いや、リョウも大概利用されやすいなと思ってな」
「道に子供が落ちてても拾うなよ?」
「俺を何だと思ってるんですか」
「「子供にだだ甘の暴走侍」」
何という評価だろうか。
心外だ。
俺だって誰彼構わず助ける訳じゃないし、味方になるわけでもない。
ただ、ココちゃんは色々な事情がある子であったし。
アリア姫様もそんなココちゃんを守ろうとしている。
真っすぐで、純粋な子供達だ。
大人である俺が守らねばならないだろう。
「いずれ、冒険者区画に孤児院が出来るんだろうな」
「だろうな。その時は教会も引っ越すか」
「それは良い。まとめた方が管理もしやしからな」
「早ければ来年には出来るかもな。何せこのペースだ」
「違いない」
わははと笑いながら話すヴィルヘルムさんとアレクシスさんの話に、何か反論しようとしたが。特に言葉が思い浮かばずそのまま流した。
そして、話も決まったし、獣人の里を出ようと話していた時、流星が一つ降ってきた。
人型の隆盛は、甘えた声を出しながら俺の背中にまとわりつき、暴れまわる。
「ねーねー! 何の話してるのー!? ジーナちゃんの話ー?」
「いや、違うよ」
「そうなんだー」
「うん」
「……」
「……」
ジーナちゃんは俺にくっついたまま離れず、俺はどうしたものかと思考を始めた。
出来る事なら、このままそっと別行動出来れば良いのだけれども。
「あのー。ジーナちゃん?」
「なぁに? リョウ君」
「少し離れてくれると嬉しいんだけど」
「なんでー?」
「いや、ほら。俺もやることあるから」
「ジーナちゃんもお手伝いするよっ!」
「大丈夫だよ。ほら。向こうで寝てても良いんだよ?」
「もういっぱい寝たから大丈夫だよ!」
「……」
「……」
ジーナちゃんは俺の言葉からするすると逃げながらニコニコと笑う。
実は全て知っているんじゃないか。という疑念が頭の中で浮かぶが、それでは、もうどうにもならない為、考えない様にしていたのだが。
「リョウさん。良いではないですか。ジーナさんも連れてゆきましょう」
「いやいや! それは流石に!」
「さすがに。何? その先には何が続くのかなぁーリョウ君」
「いや、それは……!」
俺はジト目で迫ってくるジーナちゃんから視線と話題を逸らそうとしたのだが、アリア姫様が笑顔で爆弾を投げ込んでしまった。
「ジーナさん」
「ん-? なぁに?」
「リョウさんがココちゃんを引き取る事に決めまして」
「っ!?」
「そして、これから私たちは西方の世界国家連合議会の建物に向かう予定なのです。もちろんココちゃんも一緒に」
「なるほどねー? なるほどねー! ふーん。ジーナちゃん、全部知らなかったなぁー」
「まぁ、言ってないからね」
「ぶー!! なんで言ってくれないのぉー!!」
ジーナちゃんは俺の体を左右上下に激しく動かしながら叫んだ。
魔法の力だろうか。
まるで地面ごと動いている様な感覚がある。
不思議なものだ。
「じ、ジーナちゃん」
「どうしたの? ココちゃん」
「あの、おにいちゃんが、たいへんなことに」
「これはおしおきだから良いんだよ!」
「でも……きのう、お兄ちゃんがココとお話した時、ジーナちゃんがどこかに行っちゃってたし」
「う」
「お兄ちゃんと話したのも、今だよね?」
「う、うぅ」
ココちゃんの言葉に、ジーナちゃんは段々と怒りを消してゆき、やがて俺は解放された。
多少激しくシェイクされたからか、頭がクラクラとするが、とりあえず理性を保てるレベルで解放されたのは良かった。
全てココちゃんのおかげである。
「……おにいちゃん。だいじょうぶ?」
「あぁ。ココちゃんのおかげで何とかね」
「良かった」
「あーうー」
そして俺は何とか思考を正常化し、ジーナちゃんに向き直った。
「とりあえず、ジーナちゃんについてなんだけど」
「う」
「まだウチに連れていくかどうかは悩んでいる。というかジーナちゃんなら自分でお金稼げるだろうし、自分の家が持てるだろうという思いもある」
「でも! でもでも!」
「少なくとも、今のままじゃあ桜が居る家には連れていけない」
「あ、ぅー」
「だから、ジーナちゃんを受け入れるかどうかは桜次第だ。桜が駄目って言ったら駄目だよ」
「……はぁい。うん?」
「アリア姫様。ジーナちゃんの服もありますか? どこまで有名かは分からないですが、隠せるなら隠す方が良いでしょう」
「はい。ありますよ」
「……では、お願いします」
何でもあるな。という思いを飲み込んで、俺はアリア姫様から受け取った服をジーナちゃんに渡す。
現状のまま受け入れる事は出来ないが、無事セオストへ戻ることが出来れば、今後も考える事が出来るだろう。
「え、えと?」
「どうしたの?」
「いや、ジーナちゃんはもう駄目なのかなーって思ったんだけど」
「駄目っていうのが何を言っているのか分からないけど。もう意地悪は言わないよ」
「……」
「とりあえず一緒に行こう。世界国家連合議会に行くまでは一緒。それから先はまだこれから考えるって事で」
「~~!! わぁーい! やったー!」
俺はジーナちゃんに抱き着かれ、大空に向けて旅立つ事になった。
飛行魔法という奴だろうか。
自由自在に飛び回るジーナちゃんの力で、俺は何ら抵抗が出来ないままあちらこちらと動き回るのだった。
やはり、連れていくという決断は間違いだったか。
そんな思考が頭の中でムクムクと力をつけるが、嬉しそうに笑うジーナちゃんを見ていると、まぁ良いかという気持ちにもなるのだった。
「わぁーい! わーい! わははーい!」
「ジーナちゃん。そろそろ下ろしてくれるかな?」
「ひゅー! びゅーん!」
……やはり失敗だったかと俺は考え直しつつ、何とか地面に降りるべく思考を巡らせるのだった。




