第43話『決めるのは、全て|自分《リョウ》の意思』
宴の準備が進んでいく場で、俺はヴィルヘルムさんやアレクシスさんを探して歩き回っていた。
そして、既に酒を飲みながら獣人達と話して、笑っている二人を見つける。
「ヴィルヘルムさん。アレクシスさん」
「おぅ。リョウ。どこに行ってたんだよ。探したんだぜ?」
「そうそう。お前も飲めよ。仕事終わりの酒だ」
「あー、いや、その前にですね。聞きたい事がありまして」
「聞きたい事ぉ?」
怪訝そうな顔をするアレクシスさんに軽く頭を下げながら俺は先ほどの話を二人にする事にした。
「実は、ココちゃんについてなんですが」
「お前が引き取る事にしたか?」
「っ! いや、まだ決めてはいないのですが」
「何だ。意外と悩んでるんだな。お前の事だから年下の女の子は全員受け入れるのかと思ってたぜ」
「いや、そんなワケ無いじゃないですか」
俺はアレクシスさんの妄言を否定しながら果汁ジュースを貰って喉を癒す。
少し冷静になった頭で最も気になっていた事を口にする。
「気になっているのは、セオストとか、人間側の事情です」
「獣人だからって差別されるんじゃないかって?」
「はい」
「まぁ、されるだろうな」
「っ」
ヴィルヘルムさんのアッサリとした言葉に俺は言葉を失ってしまった。
そして、ヴィルヘルムさんに続くようにアレクシスさんも同じような意見を投げつける。
「当然だろ。セオストだって獣人戦争の事を知っている人間は多く居るんだぜ? だいたいお前、セオストで獣人を見た事無いだろ?」
「……そう、ですね」
「理由は簡単。獣人が一人で歩いてたら襲われる可能性があるからだよ」
「……でも、それなら」
「しかし、な。実は大丈夫な可能性もある」
「そんな方法が?」
「あぁ、酷く分かりやすい話さ。セオストの孤児院が何故迫害されないと思う? ソラリアが一人でフラフラ出歩いていて、何故誰も何もしないと思う?」
それは、当たり前と言えば当たり前の話であった。
そう。強者の関係者であれば、誰も手を出そうとはしない。
「だから、な。まぁ俺達としては別にお前があの子を引き取るのなら文句はねぇって訳だ」
「そうだな」
「あと、問題として残ってるのはなんだ?」
「それはお前。サクラちゃんの問題だろう。アレク」
「あー。確かにな。あの子は妙な所で引っ込むからな。もしかしたら慣れるまで時間が掛かるかもしれん」
「そうなったら孤児院に一度預けると良い。俺らも居るし。子供らはあの子をイジメたりはしねぇよ」
二人の意見は分かった。
しかし気になるのは獣人側の意見だ。
俺はレオと呼ばれた獣人の方に視線を向ける。
「……なんだ」
「いえ。一応あなた方の意見が聞きたいと思いまして」
「くだらんな」
「下らない?」
「あぁ。お前は獣人が差別されるのはおかしいと言いながらも、こうしてあの少女の行方を俺に聞く。それはおかしい事だろう」
「……」
「仮に……人間がシーメルからセオストへ引っ越すとして、シーメルの人間に聞くか? あの少女の家族でも無い者に」
「それは、そうですが」
「人間。我らは同じ獣人という種族であるが、個人は個人なのだ。家族でも無ければその行動に制限などはない」
「……はい」
「選ぶのはあの少女だ」
「……」
「我らはな。同族が不当に苦しめられているのであれば、戦う為に立つが、別の幸福を目指して進むのならば、ただその幸運を願うだけだ」
レオさんの言葉が俺の中に確かな重しを与え、これ以上言葉を重ねるのは無粋に思えた。
そして、俺は彼らに頭を下げ、その場所を後にするのだった。
ヴィルヘルムさん達から離れ、獣人の里を歩いていた俺は、既に始まっていた宴の熱気を感じながら、周囲を見る。
楽しそうに走り回る子供達。
そんな子供達と嬉しそうに話す大人たち。
こんな場所に居れば、きっと幸せな未来が待っているだろうに。
それでもあの子は……。
「リョウさん」
「……っ! アリア姫様」
「そんな固い呼び方をしないで下さい。気軽にアリアと呼んで下さって大丈夫ですよ」
「いやいや。出来ませんよ。そんな」
「そうですか? それは残念です」
アリア姫様はクスクスと笑いながら、誰も居ない小さなテーブルに俺を案内する。
そして、持っていた果汁ジュース入りのコップを俺に渡しながら微笑んだ。
「ココちゃんの事でお悩みですか?」
「……えぇ、まぁ」
アリア姫様はコップを軽く傾けながら動かし、中のジュースを回しながらジッとコップの中を見つめる。
「世界は今、様々な思惑が入り乱れ、混沌としています。例えばこのジュースの様に。そして、回り、巡る世界の中に一つの実を投げ込むだけで世界は争いで溢れ、コップから零れ落ちる命が多く出るでしょう」
「……」
「ですが、これはあくまで世界の話です。個人の話ではありません」
アリア姫様は、真剣な表情から、年相応の柔らかい笑顔に変わると、言葉を紡いだ。
「家族を知らなかった幼い少女が、生まれて初めて得たぬくもりを求めるのは、あり得る事でしょう。後はリョウさんがどうするか。ただそれだけです」
「……はい」
「ただ……私はココちゃんが幸せで、リョウさんが納得できる答えがあれば良いなと思います」
「そうですね」
俺はアリア姫様に礼を言い、その場から立ち去った。
それから宴の中を歩き、多くの獣人家族を見た。
多くの友人たちと語らう獣人を見た。
しかし……ここにココちゃんの居場所は無かった。
それから俺は、ココちゃんと話した場所まで行き、一人で俯いているココちゃんに声を掛けた。
「お待たせ。色々貰って来たけど、食べる?」
「……うん」
「魔物の肉にタレを付けて焼いた物だって言ってたけど、まぁまぁ悪くないね」
「……そうだね」
「そう言えばジーナちゃんは?」
「えと、その、あそびに、行ってくるって」
「そっか。ならちょうど良いかな」
俺は手に付いたタレをペロッと舐めると、隣で一生懸命肉を食べているココちゃんを見やった。
そして、なるべく優しい口調を心がけながら口を開く。
「ココちゃん」
「っ! う、うん」
「ココちゃんと一緒に住むっていう話。俺なりに真剣に考えた」
「……うん」
「それで……そうだな。二つお願い事があるんだけど」
「大丈夫! ココ! なんでも!」
「はい。落ち着いて。まずは話を聞いてください。大事な事だよ?」
「あ、ぅ。ごめんなさい」
「良いよ。独りぼっちになるのは怖かったんだもんね」
「……うん」
怖がっているのか、静かになってしまったココちゃんを抱き寄せて、俺はお願い事を伝えた。
「俺はセオストに住んでいるから、ココちゃんと一緒に住むためにはセオストに行かないといけないんだけど」
「……うん」
「最初のお願いは、俺と一緒の時か、俺がこの人は大丈夫だよって言った人と一緒の時以外は外に出て欲しくないんだ。これが一つ目のお願い」
「……それ、だけ?」
「うん。これだけ」
「それなら、良いよ。大丈夫。ココ、お家にちゃんといる」
元気よく頷くココちゃんを見て、一つ安心しながら、もう一個のお願いを口にした。
「そして、もう一個。これはさっきのお願いとは別の方に向かっちゃう話なんだけど」
「……?」
「実は俺は妹が居てね。その子はココちゃんと同じ恥ずかしがり屋さんなんだ」
「うん」
「だから、その子ともちゃんと仲良し出来るかな」
「……それは、分からない」
「分からないか」
「うん。でも! でも! ココ! 頑張るから!」
「いや、頑張らなくても良いんだけど。最悪はもう一軒家を借りるだけだしさ」
「……えと」
「まぁいいや。ココちゃん。無理はしないで。我慢もしなくて良い。でも、俺の妹、桜の事を気にしてくれると嬉しいっていう話なんだ」
「……うん」
「ありがとう。なら、大丈夫だ」
俺はココちゃんを抱き上げて、視線を合わせる。
「ココちゃん。一緒に暮らそうか。セオストで」
「っ!!」
ココちゃんは俺の手から逃れ、元気よく抱き着いた。
そして涙を服に押し付けながら、わんわんと泣く。
「これで一件落着か」
この日、俺はこの世界で新しい妹を作る事になったのだった。




