第42話『|彼女《ココ》の行方』
ヴィルヘルムさんと共に高速で森を横断し、アリア姫様たちと合流した俺であったが、どうやら依頼は既に達成していたらしい。
「申し訳ないです。大した役にも立てなくて」
「いえいえ! リョウさんには色々とお世話になりました」
「そうですか?」
「えぇ。件の魔導兵器も、リョウさんが居なければ、私たちの方へ来た可能性が高いですからね。話に聞く高火力の攻撃を受ければ、甚大な被害を受けていたでしょう。本当にありがとうございます」
「……そう言っていただけると嬉しいです」
「それに、獣人さん達も無事隠れ里にたどり着けましたからね。これで一安心という所です」
「はい」
俺は連れてきた子供達を受け入れる多くの獣人達を見ながら、仕事の達成感をかみしめていた。
それに、ここの獣人たちはシーメル王国で見た獣人達よりも表情が明るく、心が落ち着く様な安定した場所なのだと理解できる。
ここなら、子供達も安心して生きていく事が出来るだろうという喜びもあった。
子供が傷つけられている姿なんて見たくないからな。
「これからアリア姫はどうされるんですか?」
「もちろん世界国家連合議会に向かいますよ。ヴィルヘルムさん達と一緒にね」
「……一度シーメル王国に戻られては? 正式な部隊と共に向かうべきでしょう」
「残念ですが。シーメル王国の騎士たちと共に行くより、ヴィルヘルムさん達と共に行く方が安全ですからね。それとも? 隣国の王族を見捨てるのですか? ヴィルヘルムさん」
「……降参です。分かりました。共に行きましょう」
「ありがとうございます。ふふ。楽しみですね」
「えぇ、本当に」
ヴィルヘルムさんは酷く疲れたような顔でアリア姫様に頷き、俺たちの依頼継続を決める。
まぁ、断れない状況だという事はよく分かる。
しょうがないだろう。こればっかりは。
「どんな感じだ?」
「世界国家連合議会までアリア姫様とご一緒する事になりました」
「あぁ、まぁ、そうだろうな。ヴィルじゃあ断り切れないだろう」
「分かってたんですか?」
「まぁな。アリア姫が俺やお前を無視してヴィルに行く時点で分かっていた話さ。かわいい顔して、やるコトえげつねぇからな」
「ちょっと? 聞こえてますよ。アレクシスさん」
「申し訳ございません! アリア姫様!」
「もー。そうやってすぐに胡麻化すんですから」
アレクシスさんはアリア姫様からの追求からうまく逃げ、笑いながらどこかへ向かっていった。
そんなアレクシスさんを見ながらアリア姫様は少し怒ったような顔をしていたが、すぐ笑顔になると近くの獣人たちと今後の話をしてゆく。
さて、いよいよ一人になってしまった俺は何をするかと周囲を見たが、特に出来るような事もなく、何やら準備が進んでいく宴を離れた場所から見ているのだった。
「リョウくーん!」
「……」
「あれ? 聞こえてないのかなー? リョウくーん! リョウ!! くーん!!」
「聞こえてる! 聞こえてるから。耳元で騒がないでくれ!」
「ぶー。だって聞いてないフリするから」
いじけるジーナちゃんは俺のすぐ隣に座って、何かを言って欲しそうにしながら左右に揺れる。
まぁ、鈍感な俺は何も気づかない訳だが……。
「ふーんふーん。マダカナー」
「……」
「マダカナー。マダカナー?」
「連れてはいかないよ」
「なんでさー!」
「なんでも何もないでしょ。君は帝国の人。俺はセオストの人。依頼は終わったし。それぞれの場所に帰りましょうね。というお話だよ」
「ジーナちゃん。別に帝国の人じゃないもん」
「そうなの?」
「そうだよ! ジーナちゃんは好きな場所に行くことが出来るんだ!」
「そうなんだね。じゃあ好きな場所に行くと良い」
「うん! だからリョウくんと同じ所に行くね!」
「……」
「行くねー!」
うん。非常に面倒だ。
じゃあ一緒にセオストへ行こうかと言えば、そのあと住む場所がないという騒ぎになる様な気がする。
そうなればなし崩し的に俺と桜の家に住むことになり……無用な火種を抱え込む事になるのだ。
それは非常に良くない。
ならば。
「……一緒に行くとして、セオストではどうするつもりなのかな? 家とかご飯とか。お金はあるの?」
「ないよ!」
「じゃあ無理だろう。冷静に。不可能だよ」
「大丈夫! だってリョウ君の家があるでしょ?」
「ないね」
「嘘ばっかり! あるよ!」
「いやー。残念ながら家はないんだ。本当に残念だけど」
「ふーん。そういう事言うんだ。私、嘘つきを見つける魔法が使えるんだけど」
「……」
「……」
「家はあるけど、ジーナちゃんが住むには色々と問題があるんだ」
「問題って?」
「俺には妹が居てね。妹は人見知りをするから。ジーナちゃんはどうかなぁー」
「大丈夫だよ! ジーナちゃんはリョウ君の妹なんだから!」
「別に妹では無いね」
「……」
「ないね」
頬を膨らませて不満を示しているジーナちゃんを見て、どうしたものかと考えていると、獣人達の中から見慣れた姿が現れた。
そう。ココちゃんである。
そして、ココちゃんも俺に気づいたのか嬉しそうな顔で走ってきた。
「リョウお兄ちゃん」
「あぁ、ココちゃん。どうしたのかな?」
「ちょっとリョウ君! 今はジーナちゃんとお話してるんでしょー!?」
「まぁまぁ、先にココちゃんと話をしてからね。ほら、小さい子の方が優先。そうでしょ?」
「ぶー」
ふてくされているジーナちゃんをそのままに、俺はこの幸運をうまく使って、ジーナちゃんの話を流してしまおうと考える。
しかし、そんな俺の考えを見透かしているのか。
神は更なる試練を俺に与えるのだった。
「リョウお兄ちゃん。あのね」
「うん」
「ココね、良いおうち見つけたの」
「それは良かった」
「それでね。お兄ちゃんも気に入るかなって」
「俺?」
「うん。だって、一緒に、住むから」
ココちゃんの言葉に俺は言葉を無くし、固まった。
なんてこったである。
いや、しかし、固まっていてもしょうがない。
言うべきことはハッキリと言わなくてはいけないだろう。
「ココちゃん」
「うん」
「実は……俺とココちゃんはここでお別れなんだ」
「……?」
「あー。なんというかな。俺はセオストという町に住んでいる冒険者でね。アリア姫様から依頼を受けてここまで一緒に来たんだ。無論、依頼ってだけじゃなくて、ココちゃん達を安全な場所まで連れてゆきたいという気持ちが……」
「ココ、またひとりになっちゃうの?」
「あ……」
「……ひとりぼっち」
「あの、そのーだね」
「大丈夫だよ! ココちゃん!」
「……ジーナちゃん?」
「リョウ君はセオストって場所に住んでるんだけど、そこには家があるから一緒に住めるよ!」
キラキラと希望に満ちた目が俺に突き刺さる。
ジーナちゃんを後回しにした事が悪かったのだろうか。
ココちゃんがもっと周りと交流できるようにするべきだったのだろうか。
答えは分からない。
だが、現状は既に目の前に存在していた。
「……正直に話すと、俺はココちゃんを連れていくことが正しい事とは思わない」
「なんで?」
「守り切る自信が無いからだ。同族の中に居る方が安全だろうとも思う」
「ココ、生まれた時からずっとひとりだったよ」
「……」
「だから、おにいちゃんが出来て嬉しかった。一緒に居たいのはおかしい?」
「おかしくはない。おかしくはないけど」
「……」
「ごめん。少し考えさせて欲しい」
「……うん」
「ごめんね」
「いいよ。ココ、わがまま言ってる、かも」
「いや、そんなことはないよ。でも、俺もまだ全てを決めるのには知らない事も多いから。少し待ってて欲しい」
「……うん」
そして俺はココちゃんの事を決めるにはまだ情報が足りないと、ヴィルヘルムさん達の所へ向かうのだった。




