第37話『|妹と兄《ふたり》』
シーメル王国を出てから約一日と半分ほど過ぎた。
そして、俺たちの目の前には巨大な森が立ちふさがっている。
重く苦しい空気を見せているが、森の外を歩くのはあまりにも危険な為、森の中へ入らねばならない。
のだが……。
「えー。ここに入るのー? やだなー」
「ならジーナちゃんは無理に入らなくてもいいよ」
「なにそれー! ぶー! じゃあリョウ君も外行こうよ!」
いや、それは……と言おうとして、俺はハッとここで一つの妙案を思いつく。
そして、ジーナちゃんにちょっと待ってもらい、ヴィルヘルムさんたちの所へ行くのだった。
「ヴィルヘルムさん。アレクシスさん」
「……おぅ。大丈夫か? リョウ」
「はい。今のところは問題ないですね」
「そうか……まぁ、無理はするなよ。一応アレを排除する事が出来なくはないからな」
「いえ。あえて争いを起こさなくても良い方法がありまして」
「ほう?」
「そんな方法があるのか」
俺の言葉に、アレクシスさんとヴィルヘルムさんがやや驚きながら、声を小さくして反応した。
「今、ジーナちゃんが森に入りたくないといいまして」
「それで?」
「ここで、俺はジーナちゃんと共に森の外を進んでシナード領で、獣人達を送り届けたヴィルヘルムさん達と合流しようかと思いまして。そちらはお任せ出来ますか?」
「なるほどな」
「俺たちは構わない。いざって時は森に行け」
「分かりました」
俺は二人に問題ない事を確認したのだが、ここで待ったをかける人物がいた。
「私は反対です」
そう。お怒りのアリア姫様である。
「なぜですか?」
「何故って、あの方がどういう方か分からない以上、リョウさんを犠牲にして先へ進む事を正しい事だとは思えません」
「犠牲に、って言われてもなぁ」
「そこまで心配しなくても大丈夫ですよ。アリア姫様」
「そうそう。リョウはこう見えて結構強いですし。無理に強者へ挑む無謀な奴でも無いですからね」
「それでも何があるか分からないんです! 危険な事は許可できません」
俺はどうしたものかと考えていたのだが、アリア姫様の後ろで何も言わず、じっと俺を見ていた男が首を縦に振った。
任せろという意味だろうか。
「姫様」
「何ですか?」
「魔女の件ですが、私はこの男、リョウに任せても良いと思っています」
「レオ!」
「ですが、姫様の不安も分かります。そこで、どうでしょう。例の者たちをリョウの元へ向かわせては」
「……」
「こちらは姫様の想定通り損害なしで森まで来ています。森の中なら獣人である我らに勝てる者はいない。例え帝国の精鋭であってとしても……」
「それは、そうですが」
「ならば、彼らをリョウの元へ向かわせても問題はないでしょう」
アリア姫様はレオさんの言葉に少しの間考えていた。
しかし、すぐに答えを出すと、俺を見て、小さな口を開く。
「リョウさん」
「はい」
「絶対に無茶はしないで下さい」
「……はい」
「何かあった場合には、これを砕いてください。リョウさんの力なら容易く砕ける筈です」
「分かりました」
俺は大きな実の様な物をアリア姫様から渡され、頷いた。
「これは緊急連絡用の魔導具です。割った時点で私の方に連絡が来るのと同時に周囲の状況がある程度分かります。その時点で援軍を送りますので、遠慮なくお願いします」
「あと」
「……?」
「ココちゃんを連れて行って下さい」
「っ! いや、危ないですよ!」
「だからこそ、です。リョウさん一人で対処出来ない問題が発生した場合、私へすぐ連絡をしないとココちゃんが危険です。分かりますね」
アリア姫様の言葉に、俺のそばにいたココちゃんがガシッと足にしがみついた。
そして、そんな俺の様子を見て、ヴィルヘルムさんとアレクシスさんが笑う。
「さすがアリア姫だ。短い間なのにリョウの事をよく分かってる」
「そういう訳だ。あんまり無茶するなよ。リョウ」
「……分かりました。気を付けますよ」
俺はヴィルヘルムさんやアレクシスさん。そしてアリア姫様に見送られながら、ココちゃんを抱き上げて、ジーナちゃんの所へと戻った。
そして、退屈だったのか、地面に火で絵を描いていたジーナちゃんに話しかける。
「お待たせ」
「あ! 終わった!?」
「うん……って、この絵は?」
「へへー。ドラゴンを倒すジーナちゃん!」
「そっか。凄いね」
「でしょー!」
キラキラとした目で俺を見つめるジーナちゃんをスルー……しようかと思ったのだが、右手をガシッと掴まれてしまい、逃げる事が出来なかった。
仕方なく、俺はジーナちゃんを偉い偉いと褒めて、既に森の中へ進み始めているアリア姫様達を見据える。
「じゃあ、そろそろ行こうか」
「行くって、どこに?」
「森の近くを通って、シナード領に」
「あ! 森を通らない事になったの!?」
「うん。まぁ、ジーナちゃんも嫌みたいだしね」
「へへー」
実に嬉しそうな顔でジーナちゃんは微笑んだ後、元気よく立ち上がった。
「んーよいしょー! よっこらしょー!」
「じゃあ行こうか」
「そうだねー! お散歩、お散歩楽しいなぁー!」
機嫌よく歩き始めたジーナちゃんへと視線を送りながら、とりあえずアリア姫様達が一緒に付いてい来ない事に疑問を持たなくて良かったと一安心する。
ならば問題はこちらだけだと。
しかし、ある程度覚悟していたトラブルらしいトラブルは殆どなかった。
精々が森から出てきた魔物にジーナちゃんが驚き、怒りのままに消し炭にしたくらいだ。
旅は実に平和そのもの。
俺とジーナちゃんとココちゃんは、呑気に森の傍を歩きながらシナード領を目指すのだった。
そして、シーメル王国を出て二日目。
日の光もすっかり落ちて暗くなった中、俺はたき火を囲んで、話をしていた。
「リョウ君はさ。家族っているの?」
「あぁ、いるよ。妹が一人」
「その子?」
「いや、ココちゃんは違う。遠い場所に今は居る」
「さみしくない?」
「……まぁ、寂しくないって言ったら嘘になるけど、同じ空の下に居るからね」
横になって眠っているココちゃんから目線を外し、空を見れば、かつての世界よりも多くの光が瞬いていた。
満天の星空という奴だろう。
どこまでも広がる無限の蒼と、その中で輝く宝石の様な光。
この景色を今、桜も見ている。
そう思えば寂しくはない。
「同じ、空の下かぁ」
ジーナちゃんは俺の言葉を繰り返しながら夜空を見て、呟いた。
その横顔は先ほどまで話していたジーナちゃんの姿とは大きく違っていて……まるで大人の女性の様に見えてしまうのだった。
「リョウ君はさ」
「うん?」
「もし妹ちゃんが死んじゃったらどうする?」
「死ぬ」
「え?」
「正直桜が居なくなったら、やることも無いしな。生きていても仕方ないって思うかもな」
「……」
「でも、桜が死んで、そんなアッサリと俺まで死んだら、きっと桜に怒られるから、なんとなく生きていくんじゃないかな」
「生きていた足跡を探して……みたいな?」
「あぁ、そうだね。桜が何を見て、何に喜んで、何を楽しんで、どう感じてこの世界で生きていたのか。それを探すかもしれない」
「……おなじだ」
「うん? 同じ?」
ジーナちゃんは俺をジッと見つめて、目を細める。
そこに敵意は感じないが、無邪気に魔物を焼く人だし、少しばかり警戒をした。
だが、そんな警戒もあまり意味はないらしく、ジーナちゃんは朗らかな笑顔を浮かべると、また妙な事を口走った。
「うん。決めた!」
「決めた?」
「私、リョウ君の妹になるよ!」
「却下で」
「えぇぇー!? 良いじゃん! 良いじゃん!」
「間に合ってます」
それから、夜も遅くまでジーナちゃんとよくわからない問答を繰り返す事となったのである。




