第34話『傷だらけの|少女《ココ》』
俺はアリア姫様に案内されるまま、会議の建物を出て、裏庭という様な隠された場所に向かった。
そして、中庭で遊んでいる子供達を見つけて足を止める。
「あれか?」
「えぇ。あの子達が、今回お願いする子供達です」
「分かった。じゃあヴィル。向こうは頼むわ」
「あぁ」
アレクシスさんとヴィルヘルムさんはそれぞれ男の子と女の子で固まっている場所に歩いて行き、行動を始める。
まず女の子が固まっているグループへ向かったアレクシスさんは、無造作に子供たちの所へ行くと、高い場所からジッと見下ろして、子供たちの視線を集めた。
そして、怯える子供たちが動けないままアレクシスさんを見上げていると、アレクシスさんはやや乱暴に座り込んだ。
地面に直接座ると、懐から何かを取り出して子供たちの前で広げる。
それは何てことはない紙の様であったが、アレクシスさんが丁寧に折っていった。
どうやら折り紙の様だが……。
「これを、こうして、こうして……こうだ」
「……」
いつの間にか子供たちはジッとアレクシスさんの行動を見ていて、その折り紙が花の形となり、光と共に本物の花になったのを見て、歓声を上げた。
それは決して大きな声では無かったが、確かな喜びがあった。
そして、アレクシスさんに、どうやってやるのかと控えめに聞いているのだった。
「……凄い」
また、ヴィルヘルムさんもアレクシスさんとは別の方法で子供たちの気持ちを掴んでいた。
男の子達が固まっている場所に向かってゆき、傷だらけの子供達と語り合っている。
「な、何の用だ! ニンゲン!」
「あぁちょっと話をしたくてな。まずは挨拶をしよう。俺はヴィルヘルム。気軽にヴィルって呼んでくれ」
「……」
「どうした? 君たちの名前は教えてくれないのか?」
「だって」
「だって?」
「お前が、どんな奴か、わからないし」
「確かにな。俺は君たちの様な獣人ではなく、人間だ。しかも初めて君たちと話す。怪しい、分からない。怖い。そう考えるのは当然だ。うん。正しいよ」
「……うん」
「だから、君たちが君たち自身や、君たちの大切な物を守る為に、俺を疑うのは良い事だ。だから、名前は無理に教えなくてもいい」
「いいの?」
「あぁ。勿論だ。だから、そうだね。まずは仲良くする為に、君たちの願いを一つ叶えようじゃないか」
「願いを叶える?」
「そうだ。君たちは強くなりたいんだろう? だから俺に君たちの手伝いをさせて貰いたいんだ」
「……何をするの?」
「君たちが戦う為の特訓に俺を使ってくれ」
ヴィルヘルムさんはごく自然と会話をしながら、彼らの中に溶け込み、それから戦う訓練と称して、一緒に遊び始めた。
既にアレクシスさんは子供たちに囲まれながら話をしているし、俺も見ているばかりでは駄目だな、とグループに入れていない子を見つけて話しかけてみる事にした。
「……」
「……?」
その子は、一人で誰とも話す事なく木陰で膝を抱えていた。
その姿はかつての桜とよく似ていて、俺は何も言わぬまま少し離れた場所に腰を落とす事にするのだった。
少女は傷がついた顔で静かに俺を見つめ続ける。
その瞳には怯えや、恐怖……だけでなく、少しだけ興味の様な色が見えた。
「……の?」
「うん?」
「ぶたない、の?」
「うん。ぶたないよ」
「……なんで?」
「君に傷ついて欲しくないから」
「……なんで?」
「君と仲良くなりたいから」
「なんで?」
「んー。俺がお兄ちゃんだから、かな」
少女は不思議そうな顔で俺をジッと見つめた。
しかし俺は静かな瞳で少女を見つめて特に動きはしない。
あ、いや……一つやる事があったなと声を上げた。
「そういえば忘れてたね。俺は亮。小峰亮だよ。リョウって呼んで貰えると嬉しいかな」
「……リョウ?」
「うん」
「リョウ」
「うん」
「リョウは、痛い事、しないの?」
「うん。しないよ」
「ぶたない?」
「ぶたない」
「けらない?」
「けらない」
少女はのんびりと言葉を重ねながら、俺の事を知ろうとしてくれる。
それが嬉しくて、俺は少女の問いに丁寧な言葉を返すのだった。
「……ココ」
「うん?」
「リョウは、リョウ。ココはココ」
「あぁ、そうか。ココちゃんはココって名前なんだね」
「……うん。ココはココ」
「そっか。教えてくれてありがとうね」
それから俺はココちゃんと色々な話をした。
ヴィルヘルムさんは男の子達と派手に動き回って居るし、アレクシスさんは気が付いたら女の子達に花の冠を作っていた。
何とも動きの速い事だ。
しかし、俺には俺のペースがあるし、ゆっくりとココちゃんと交流してゆく。
「ココは、ね。ずっと、ね。ひとりだったの」
「お父さんやお母さんも居なかったの?」
「……うん。しらない」
「他の獣人の子達は?」
「ココは、しらない」
ココちゃんは犬の様な耳をペタンと頭にくっつけて、俯きながら寂しそうに呟いた。
悲し気に一人きりなんだと呟くココちゃんがあまりにも可哀想で、俺は少しばかり悩む。
このまま獣人達が住んでいるという場所に送って、ココちゃんは幸せになれるのか、と。
「お友達は居ないの?」
「……いない」
俺の問いにココちゃんはアレクシスさん達と遊んでいる子達や、ヴィルヘルムさん達と遊んでいる子を見て、フルフルと首を振った。
そして膝を抱えて地面を見つめる。
「一緒に居たい人は?」
「……」
「うーん。これは難しいね」
「……ぶつ?」
「ぶたないよ」
「ごめんなさい」
「……どうして謝るの?」
「リョウが、困ってるから。ココが困らせてるから」
「んー。いや、ココちゃんの事で考えているけど、ココちゃんが困らせている訳じゃないんだよ」
「……?」
「ちょっと難しい話なんだけどね」
「……そう」
ココちゃんは無表情のまま俺をジッと見つめる。
その姿はやはりどこか桜に似たもので。
俺は一つだけ試してみる事にした。
「ココちゃん」
「……?」
「実はここにこんな物がありまして」
「……なに? これ」
「これは飴って呼ばれる食べ物なんだけど、ちょっと舐めてみる?」
「めいれい?」
「ううん。舐めるのも、舐めないのも、ココちゃんが決めて良いよ」
俺はそう言いながら、ココちゃんに見せている物とは違う、同じ形の飴を取り出して口に入れた。
その姿をジッとココちゃんは見つめていた。
「甘い」
「……あまい?」
「うん。おいしいって事。食べてみる?」
ココちゃんはこくんと頷いて、俺の手の上にあった飴を小さな指で掴んで、僅かに震えながら口の中に入れた。
そして、すぐにパッと目を見開く。
驚きで周囲をキョロキョロと見た後、俺をジッと見つめた。
「~~!?」
「無理して喋らなくていいよ。飴を舐めながら喋るのは難しいからね」
俺の言葉に悩み、迷った後、ココちゃんんは小さく頷いた。
それから口の中にある飴が無くなるまで、ココちゃんは一生懸命飴を味わっている様だった。
そして……。
「あ……」
「うん?」
「なくなっちゃった」
「まだあるけど食べる?」
「……」
「どうしたの?」
「……わからない」
「わからない?」
「なんで、リョウは、ココに優しい、の?」
「俺はお兄ちゃんだからね」
「……おにいちゃん」
「そう。お兄ちゃんは妹に優しいんだ」
「……いもうと、やさしい」
悩む様な、考える様な目でココちゃんは俺をジッと見つめた。
しかし、言葉は何も出ず、そのまま夜になるまで何も言わず俺の傍に座っているのだった。
そして、アリア姫様たちも準備が終わったらしく、作戦決行の夜が来る。




