第321話『|アリア様の騎士決定大会《新しい戦い》5』
獣人デールとの試合も終わり、デールは急いでリンちゃんによって癒され一命をとりとめた。
大量出血からの死亡とならなかったのは不幸中の幸いという奴だろうか。
まぁ、あれだけ嫌っていた人間に敗北するのは屈辱だろうが、命があればまた鍛える事も出来るし。
いつかまた再戦する時があれば、その時にまた……という所だろう。
「人間の冒険者」
「はい。何でしょうか」
「すまなかったな。デールの事。悪い奴じゃないんだが……アレは人間に親を目の前で殺されていてな」
「なるほど。恨みは強そうでしたが、そういう理由でしたか」
「まぁ、恨む事自体をゴチャゴチャいう気はねぇんだが、エルネストみたいな化け物もいるからな。こういう場所で人間は容易くないと知れたのは良い機会だったよ」
「そうでしょうね。戦場であれば……おそらく生きては帰れなかったでしょうから」
さもありなん。
俺だってトドメを刺さずこちらへ向かってくるアリア様を待ったのは、コレが戦争ではなく試合だからだ。
無理に命を奪う必要はない。
当然のことだろう。
「だから、お前には礼でも言いたい気分なんだが……まぁ、俺はアイツの兄貴分だからな」
「敵討ち。ですか?」
「そこまで大仰なモンでもねぇよ。ただ、お前の兄貴分は強いんだぜ。って所を見せてやりたいだろ?」
「……まぁ、分かります」
「姫様はおそらくお前が勝ち進む事を願っているが……お前が姫様の為に騎士をやらねぇ以上、遠慮は要らないってワケだ」
「そうでしょうね」
「という訳で、殺しはしねぇが……痛い思いは覚悟しろよ」
「分かりました……という事は、次の相手は?」
「俺だ。っと、まだ名乗ってなかったな。俺はギハルト。お前は?」
「俺はリョウです」
「そうか。リョウ。俺たちは姫様を安心させてやりてぇんだ。どんな奴にも負けねぇってな。だから……その為の生贄って奴になってくれ」
「お断りします」
「クックック。まぁ、そうだろうな。じゃあ、いい試合にしようぜ」
「えぇ」
俺は獣人のギハルトさんと握手をし、ひとまず休憩という事で桜たちの元へ戻った。
そして、走って来たココちゃんにギュッと抱き着かれる。
「おっと。どうしたの? ココちゃん。怖かった?」
「……うん」
ココちゃんはそれから特に言葉は発さず俺にギュッと抱き着いていた。
俺はそんなココちゃんをそのまま抱き上げて、桜のすぐ近くに移動する。
「ちょっと休憩だってさ」
「まぁ、お兄ちゃん以外の人はかなり疲れてるし。しょうがないんじゃない?」
「そうだね。ま、俺もノンビリやるか。って感じだよ」
「結構怖い人多いけど。そんな中でノンビリ。だなんて……お兄ちゃん流石だねー」
「からかわないでくれよ。別にそういう意味で言ったワケじゃないさ」
クスクスと笑いながら言葉を投げて来る桜に、勘弁してくれと両手を上げた。
そして、はい。と桜が用意してくれたスープを貰い、それを飲んで久しぶりに食べた桜の料理にホッと笑みが溢れる。
「うまい」
「良かった。外での料理ってあんまりした事がないから不安だったけど」
「凄い美味しいよ。シーメル王国で桜の料理が食べられるだなんて思わなかったなぁ」
「でも、旅している時はリリィちゃんのご飯とか。今回はフィオナちゃんのご飯も楽しんでたんじゃないの?」
「そりゃね。二人も料理は上手いし。楽しませてもらったよ。でも、それはそれとして桜の料理はまた格別だからね」
「フーン」
「あら。どうしたのかな。桜サンは」
「別にぃ~。なんか、こっちに来てから、お兄ちゃんが遊び人みたいになったなぁーって」
「え」
ジト目で桜にそう言われ、俺は焦りながら軽く周囲を見た。
いや、この行動に意味は特に無いのだが、思わずやってしまったのだ。
「なにキョロキョロしてるの?」
「あ、いや。特に意味は無いんだけどな……思わず」
「フーン。なんか自分でも思う所があるんじゃないの?」
「いや、そういう事は無いと思うんだけど……別に遊んでるつもりは無いし」
「じゃあ、どういうつもりなの? いろんな女の子に手を出してさ」
「手は出して無いよ!?」
「フーン。この国のお姫様に騎士になって。って言われてたじゃない」
「それは、その。ほら。兄の様に慕ってくれてるからさ」
「また、それ?」
桜は酷く不満そうな顔で俺に言葉を投げつける。
中々に痛い。
致命傷だ。
しかし、だとしても、逃げる訳にはいかないのだ。
「信じて欲しい。俺は決して悪い奴では無いのだと。桜のお兄ちゃんとして。何も恥ずかしい事はしてないのだと」
「ハイハイ。分かりましたー。信じてあげるよ」
「桜……!」
「ホント。優しい妹だと思うよ。私は。あー。なんて優しい妹なんだろう!」
「そうだね。俺もいつもそう思ってるよ」
桜のアピールに全力で頷き、俺はため息と共に機嫌を直してくれた桜に微笑む。
そして、ちょうど俺たちが休んでいた場所に近づいてきている一団へと視線を向けた。
「お疲れ様。リョウさん」
「あぁ、モモちゃん、リンちゃん……それにミクちゃんとユウキちゃんも。どうしたの?」
「応援に来てあげたの」
「へー。そりゃ嬉しいけど。良いの?」
「良いの? って何が?」
「勇者一行は世界の救世主的な位置でしょ? 人間に肩入れ、っていうか。個人の応援とかは問題ないの?」
「別に良いんじゃないの? 問題にする人は居ないだろうし。ねぇ? リン」
「はい。私達もあくまで個人ですから。応援をする自由はあります」
「そうなんだ」
「まー。でも、確かにリョウさんみたいなお堅い事を言ってる子は一人居るけどさ」
「なんですか。私に何か言いたい事でもあるんですか」
「別に? 無いけどさ。ミクは昔から固いなぁーと思ってるだけ」
「これが普通です。私達は人類の希望として、しっかりとした立場を考え……!」
ミクちゃんが人差し指を立てながら、あーだ、こーだと語り始めた事にモモちゃんとリンちゃんは苦笑しながら聞く。
そして、そんな風にミクちゃんがやや怒りながら立場の大切さを語っている頃。
おそらくは勇者一行の中で一番立場を気にしなければいけない子。勇者ことユウキちゃんは俺が持っている食事をジーっと見ながら人差し指を唇に当てていた。
お腹が空いているのだろうか。
俺は桜にチラリと視線を送り、許可を貰ってからユウキちゃんに話しかける。
「えと。もしかして、食べたいのかな」
「いいの!?」
「まぁ、そこまでいっぱいの量は無いけど。食べても良いって桜も言ってるし」
「やったー! 食べるたべる!」
「っ!? ユウキ! 何をやってるんですか!」
ユウキちゃんは俺が持っていた皿をガシッと掴み、そのまま持って行くと勢いよく食べ始めた。
よっぽどお腹が減っていたんだろう。
まるで小型の動物を見ている様な気持ちになる。
そんなユウキちゃんを見ていると、なんだかムクムクと餌付けしたい気持ちが湧いてきてしまった。
俺は持ってきていた非常食と固形燃料を取り出し、再びユウキちゃんに問う。
「お肉もあるけど、食べる?」
「たべるー!」
「こら! ユウキ! 遠慮をしなさい! 図々しく人から食べ物を貰っては!」
ミクちゃんは必死にユウキちゃんへ声を掛けるが、俺が焼いている肉に視線をジッと向け、一切動かないし、ミクちゃんへも視線を向けない。
肉に全神経を集中している。
「りょ、リョウさん! 甘やかさないで下さい! ユウキ!」
「まぁまぁ」
「まぁまぁではありません! もう! リョウさん! ユウキ!」
ミクちゃんの叫びは消えることなく周囲に響き続けた。
が、ユウキちゃんは何も変わらず肉をジッと見つめ、そして俺から貰った肉を実に嬉しそうな顔で食べているのだった。




