第32話『獣人通りの|お姫《アリア》様』
アリア姫様の依頼を受け、俺とアレクシスさんとヴィルヘルムさんは、大通りから裏道へ入り、奥へ奥へと進んでいった。
表であった活気とは違い、ここはどうも薄暗く、妙な匂いがする。
「あんまり反応するな。リョウ」
「……ごめんなさい」
「まぁ、気持ちは分かるがな。ここの連中は少々敏感なんだ。気を付けてくれ」
俺はヴィルヘルムさんの言葉に頷きながら、周囲をそれとなく伺って、気づいた。
窓から見える姿も、物陰から見える姿も、みな動物の姿が混じっている。
そして、俺たちと同じ様な人間の姿は少しも見かけなかった。
「彼らは?」
「獣人。人と獣が混じった存在でありながら、人にも獣にもなれる。普通の奴より強いからな。気をつけろ」
「……わかりました」
俺は言葉に気を付けつつ、不躾な視線を感じながらも歩き、アリア姫様が入った小さな家に俺たちも入った。
「失礼します」
「邪魔するぞ」
家の中はそれなりに片付けられており、嫌悪感は感じない。
しかし、それと同時に生活感も感じないのだった。
「よく来たな。レオ! そして、姫様。この様な場所ですが、ごゆっくりして下さい」
「ありがとうございます。ジュードさん」
「いやいや、この程度、大したことありませんよ!」
ガハハと豪快に笑う男はオオカミの様な姿をした獣人であり、片目が潰されているのか、切り傷があり開かれてはいなかった。
しかし、それほど不自由はしていないようで、コップなども器用に持っている。
「んで? お前らは何者だ?」
「俺たちはアリア姫に雇われた冒険者だ。俺はヴィルヘルム。こいつはアレクシス。そして、あいつがリョウ」
「なるほど。ヴィルヘルムにアレクシスにリョウだな」
「あぁ、よろしく頼む」
「そうだなぁ。よろしく頼むぜ。ニンゲン」
「……」
「あぁ、一応言っておくがな。もしも姫様を裏切った場合、お前たちは苦痛の中で死ぬことになる。精々気を付けることだ」
「忠誠心の高い犬だな」
「ガッハッハ! 面白いこと言うじゃねぇか! ニンゲン! 俺が犬ならお前はなんだ!? お偉い、お偉い人間様ってか!?」
「偉いかどうかは知らんが、少なくともお前よりは強ぇよ。俺は」
「言うじゃねぇか……!」
ヴィルヘルムさんの忠告も何だったのか。アレクシスさんはオオカミの獣人を挑発し、互いに至近距離からにらみ合っていた。
言動に気をつけろとは何だったのか。
「ジュードさん」
「アレク」
「申し訳ございません! 姫様!」
「チッ。わかったよ」
そして、それぞれアリア姫とヴィルヘルムさんに怒られ刃を引っ込める。
なんというか。なんというか、な姿だ。
「アレクシスさん。私たちは争う為にここへ来たわけでは無いのです」
「そう思うなら飼い犬の躾はちゃんとしておいてくれ」
「申し訳ございません」
「アレク!」
「わーかってるっての! 俺もごめんなさいでしたー! これで良いんだろ?」
「アリア姫様。申し訳ございません。ウチのバカが」
「いえいえ。ジュードさんが先に挑発する様な事を言ってしまった事が原因ですから。そうですよね? ジュードさん」
「はい! 申し訳ございませんっ!」
オオカミのジュードさんとやらは、アリア姫にはペコペコと頭を下げつつ、アレクシスさんや俺たちに向ける視線はギラギラと敵意に満ちていた。
なんとも分かりやすい生き物だなと思う。
「申し訳ございません。アリア姫様。そろそろ依頼の話を聞きたいのですが」
「あ、そうでしたね」
「チッ」
「ガキが偉そうに」
そして、俺は周囲にいるアリア姫様の親衛隊とでも言うような狂信者たちに睨まれながらも話をしてもらうべく声をかけた。
いやはや。凄いカリスマだよ。本当に。
「実はですね。皆さんには、ある人たちの護衛をお願いしたいのです」
「ある人たち?」
「はい。もうお察しかと思いますが、獣人さんたちです。まだ幼く、戦う事の出来ない子供たち。攫われ、シーメル王国へ連れてこられた子供達をこの国から連れ出したいのです」
「それは構わないがな。どこへだ? 古代の森は流石に難しいぞ」
「ハッ! 所詮は口だけ人間か! 姫様。こんな人間に頼らずとも、俺が姫様の願いを全て叶えますよ!」
「これだから現実を知らない犬っころは……」
「なんだと!?」
「良いか? シーメル王国から古代の森へ行くためには、世界国家連合議会の作った大壁を抜けなきゃならん。魔力制御もされてるから、転移は使えねぇ! 検問を抜ける為には公式の身分証が必要なんだ。獣人のガキなんてすぐに見つかってアウトだ」
「なら強行突破すれば良いだろうが! ニンゲンなんて弱い奴ばかりだ! 俺の爪と牙で全て八つ裂きにしてやる!」
「それで?」
「あぁ!?」
「お前はそうやって、突破出来るだろう。それで? 守るべき子供達はどうなる」
「っ!」
「大壁を抜けて、お前が振り返った時、そこにあるのは無残に殺された子供達の死体だけだ」
アレクシスさんの冷たい言葉と視線は、真っすぐにジュードさんを貫き、ジュードさんは言葉を無くして拳を握りしめた。
そして、強く歯を食いしばりながら、救いを求める様にアリア姫様へと視線を向けた。
「大丈夫ですよ。ジュードさん。その様な目には私が遭わせません」
「……姫様!」
「アレクシスさん。逃亡先は、古代の森ではありません」
「なら、どこだ」
「旧シナード王国です」
「……いやいや、待てよ。今あそこはスタンロイツ帝国の領土だろ?」
「その点に関しては問題ありませんよ。現在シナード領の近くには多くの獣人さんを匿う為の住処があります」
「住処があるって言ってもな。シナード領の連中に見つかったら終わりだろ」
「その点は問題ない。シナード領のオリバー・ベウマンは無能と有名だ。容易く騙せるだろう」
「イマイチ信頼出来ねぇ話だな。大切なガキを預かるんだぞ。無茶な作戦で命を落としました。なんて笑えねぇんだよ。本当に大丈夫なのか!?」
「……問題ない。シナード領には私の盟友がいる。誰よりも信頼出来る者だ」
アレクシスさんの問いに、レオさんは真っすぐな瞳で見つめ返しつつ確かな言葉を向けた。
その強い思いに、俺は言葉よりも確かなものを受け取って頷く。
「わかりました。その依頼、受けましょう」
「リョウ……!」
「勝手にこんな事を言って申し訳ないです。でも、俺は、桜と同じくらいの子が虐げられている事など許せないですし。桜と同じくらいの子がこうして頭を下げている状況を無視することもできない」
「ったく、お前は」
「まぁ、リョウらしいといえば、リョウらしいな」
「言ってる場合か? ヴィル」
「誰にだって譲れない物はある。そうだろ?」
「……まぁ、そうだな」
「という訳だ。この依頼。確かに受けさせていただく。アリア姫」
「ありがとうございます。ヴィルヘルムさん。アレクシスさん。リョウさん。そして……貴方の大切な方である桜さんという方にも感謝を」
「ありがとうございます」
俺はここにいない桜にも敬意を払ってくれるアリア姫様に感謝しつつ、笑顔を返す。
そして、いよいよ具体的な話を始めるべく、テーブルに広げた地図を見ながら俺たちは話し合いを始めるのだった。
「ではまず私から具体的な作戦をお話させていただきます。何か気になる点がございましたら、遠慮なくご意見をお願いします」
「姫様の作戦は完璧ですよ! 問題ありません! なぁ、お前ら!」
「そうそう!」
「……」
「ま、まぁ。何かあったら言いますよ。アリア姫」
「ありがとうございます。ヴィルヘルムさん」
「……前途多難だな」
俺はアリア姫様の願いをくみ取り、言葉を発したヴィルヘルムさんを睨みつける獣人たちを見て、そんなことを口にするのだった。




