第315話『|獣人戦争《起こる争い》6』
戦争も終わり、これで全ての戦いが終わる。
という事で、俺はリンちゃんに治療をして貰いながら、ボーっとミクちゃんとユウキちゃんとモモちゃんが話している姿を見ていたのだが、アリア様が静かに俺の傍に来ると小さな声で話しかけてきた。
「リョウ様。どうかそのままで聞いてください」
「え、えぇ……それは構いませんが」
俺は何かに警戒する様な空気を纏いながら話しかけてきたアリア様に小さな声で返す。
そんな俺にアリア様は緊張を隠さぬまま言葉を続けた。
「戦いはまだ終わっていません」
「……! まさか獣人が?」
「いえ。彼らの事は心配しなくても大丈夫です。気にするべきなのは……他に居ます」
「気にするべきって……」
俺はここで敵になりそうな物の事を考えて、自然な仕草で周囲を見渡す。
そして、ふと奇妙な動きをしている存在に気づいた。
それは王族の残った二人。
王妃と王子であた。
二人は完全に腰を抜かして床に倒れていたというのに、今は立ち上がりフラフラと周囲を歩いている。
そして、こちらの様子を伺っている様にも見えた。
いや、こちらというよりはユウキちゃんの様子か。
しかし、何故ユウキちゃんなのかと考えて、俺は一つの結論にたどり着く。
そう。
先ほどユウキちゃんによって完全消滅させられた者が一人、居たからだ。
「まさか」
「はい。そのまさかです。あの男はまだ生きています」
「……あの攻撃を受けても、まだ」
「あ、いえ。流石にあの体は消滅したので大丈夫です。生きていると言ったのは彼が残した種です」
「種?」
「そう。彼は十数年前よりシーメル王国の王族に接触し、利用する為に種を植え付けていました。その種は体に根を張って、全身が種に侵されてしまえば、彼の思うままに動く操り人形となってしまうのです」
「それが……王妃と王子の体にも?」
「はい。間違いなく根を張っています。そして、彼が遺した意志に従ってまもなく行動を開始するでしょう」
「……なら、止めないと」
「いえ。それはまだ出来ません。何故なら彼らは今、まだシーメル王国の王族だからです。その体と権力を利用される事だけは避けたいと考えています」
アリア様の言葉に、俺はふとここまでにアリア様が行ってきた事について考えていた。
獣人と人間の戦争を止めると言いながらも、どこか王族や貴族に対しては冷たく、消えても構わないという様な空気を出しており、実際にシーメル王国へ戻って来てからも気にしているのは市民たちばかりであった。
それほど無能な連中なのかと思ったが、シーメル王国は東の端に存在している国であり、スタンロイツ帝国やセオストと同じだけ魔物の被害も受けている筈だ。
しかし、それでも国を維持する事が出来ているのだから、まったくの無能という事はないだろう。
しかし、それでもアリア様が切り捨てても問題ないと考えた理由。
いや、切り捨てたいと考えた理由は……あの道化師の男の手に落ちた連中を切り捨てたいと考えたからではないだろうか?
そして、汚染された王族、貴族を切り捨てただけでは、あの男の脅威から逃れたとは言えない。
だから、あの男を確実に始末する為に、獣人だけでなく、俺やユウキちゃん、ミクちゃんをここへ呼んだ?
ミクちゃんが居ると分かればリンちゃんやモモちゃんもここへ来るだろうし。
そうなれば勇者パーティーが揃う事になる。
これで先ほどの戦いへ自然と導けば……後は俺たちが確実にあの男を始末出来るだろうと考えて……?
いや、そう考えるとこの獣人戦争も、アリア様が……。
「リョウ様」
「……はい」
「私は出来る事なら誰にも傷ついて欲しくないと考えています」
「それは……はい」
「ですが、そんな甘い考えだけでは、たどり着けない現実がある事も、よく分かっています」
「はい……」
「なので、どうかご協力をお願いします」
「勿論ですよ。俺はアリア様の事を信じて居ますから」
「……ありがとうございます」
ふっと緊張が抜けた様な声が聞こえ、アリア様も完璧では無いのだろうと察した。
そして、俺はおそらく既に話を聞かされているであろう二人にそれとなく視線を向ける。
ミクちゃんと、レオさん。
二人は俺と視線をぶつけると小さく頷き、アリア様の計画を認知している事を俺に伝えてくれた。
まったく。
恐ろしいと言うべきか。素晴らしいと言うべきか。
どちらか悩ましいが……どちらにしても、これが平和に繋がるのならそれで良いかという想いがある。
「して、動くのはいつ頃に?」
「あと、もう少しです」
「……なるほど。ではコトが起きたらひとまずアリア様とリンちゃんを避難させますよ。良いですね?」
「はい。そうですね。アレが変じた時点で……私の、囮としての役割は無くなりますから」
アリア様の当然だとでもいう様な言葉に、俺は小さくため息を吐いた。
こんな小さな子が、自分を囮にして作戦を進行していたとは。
気づかなかった自分が恥ずかしい。
俺は既に完治している傷を押さえる様なふりをしながらジーナちゃんに連絡を取る。
心の声だけで会話できる魔導具を使って。
(ジーナちゃん。聞こえる?)
『うん。聞こえるよ』
(実はかなり大きな面倒ごとが起こりそうでね。合図をしたらこっちに来てもらっても良い?)
「……リョウ様? もしかして、帝国の魔女様とお話が出来るのですか?」
「え、えぇ」
「そうであるなら……状況が変わりました。私とリン様は避難させなくても大丈夫です。むしろ、ここに居た方が被害はより少ない」
「それは……どういう……」
俺がアリア様に疑問を返そうとした瞬間……コトは始まってしまった。
最初に王子がうめき声を上げながら両手を振り上げてユウキちゃんの元へ走り、それに続いて王妃も走り始めたのである。
これに、ユウキちゃんは酷く驚いた様な顔をしていたが、演技が上手いなと思いながら俺はすぐにジーナちゃんをこの場へ呼んだ。
そして、状況をサッと伝えると何が起きても大丈夫な様に神刀を構えて……。
「まずいよ! アイツ! 爆発するつもりだ!」
ジーナちゃんの声に俺は前に向かって走り出していた。
そしてユウキちゃんが抑え込んでいる王子に向かって神刀を振り下ろし、彼が放とうとしている魔術を打ち消す。
が、それがキッカケだったのかは分からないが、王子がニヤリと俺を見て笑った。
「闇よ、集まれ……爆発せよ」
その言葉がおそらくは合図であったのだろう。
王子は爆発し、王城を巻き込みながら黒く大きな塊へとなってゆく。
そして、王妃や王も巻き込みながら黒い塊は大きさを増して、玉座の間を破壊しながら大きく膨れ上がった。
これは、リメディア王国の時と同じ!
という事は……出るのか。ドラゴンもどきが!
「ジーナちゃん!」
「ほいほい! ぜーいん浮かせてるから大丈夫だよ!」
「それもそうだけど、城の中に残っている人を王都の外へ!」
「へ? まだ居るの!? もー! めんどくさいなぁー!」
ジーナちゃんは大きな声で文句を言いながら顔を下に向けた。
そして、手を動かしながら一人、また一人と転移させてくれている様である。
「ありがとうございます。リョウ様。助かります」
「いえ。むしろ動きが遅れて申し訳ない」
「その様な事はありませんよ。タイミングはここがベストでした」
アリア様はジッと膨れ上がってゆく黒いかたまりを見ながら呟く。
そして、俺に一つの道具を渡してきた。
それは耳に取り付ける魔導具の様で……付けると頭に直接アリア様の言葉が響いた。
「これは……」
「私が全体の指揮を執ります。私の様な子供が……と不安かもしれませんが、どうか協力をお願いします」
「分かりました。アリア様にお願いします」
アリア様をただの子供だなんて思っている者は、居ないだろう。
彼女がここまでにやってきた事を考えれば。
「……さて、最後の戦い、かな」
俺は神刀を握りながら黒く膨れ上がっていく存在を見据えるのだった。




