第312話『|獣人戦争《起こる争い》3』
街道から呆然とシーメル王国を見据える少女……アリア様を発見した俺は急ぎアリア様の元へ向かった。
そして、声を掛ける。
「アリア様! 桜!」
「……! リョウ様」
「お兄ちゃん……! ごめん、アリア様の事」
「良いよ。桜でも止められなかったんだろ。しょうがない」
不安そうな顔で俺を見上げている桜に俺は軽く言葉を返し、アリア様へと視線を向けた。
問題はここにアリア様が来た事ではない。
ここからアリア様が何をしようとしているのか……だ。
「アリア様。出来ればセオストに戻って頂きたいのですが」
「それは出来ません。既に戦争は始まっています」
「だからこそ、危険なんです」
「ですが、私は王族の一人として、一人でも多くの民を救う義務があります。そして、戦争をこれ以上広げない為にも……ここで彼らを止めなくては」
強い決意の込められた瞳に、俺はグッと言葉を飲み込んだ。
ここでアリア様を追い返しても、アリア様はきっと何かしらの手段を持って戦争へ飛び込むだろう。
桜と共にここへ来た様に。
今度は運よく見つける事が出来ず、戦場へ飛び込んでしまった後に見つける事になるかもしれない。
いや……最悪は全てが終わった後に見つけるという可能性もある。
そうなってしまえば全てが終わりだ。
「……分かりました」
「リョウ様……!」
「アリア様の熱意には負けました。俺がお供しましょう。なので、無理は止めて下さい。多くの者が悲しみますから」
「ありがとうございます!」
アリア様は勢いよく頭を下げて、俺に感謝を告げた。
そして、その勢いのままタッタッタと王都から逃げ出した住民たちの元へ向かい、多くの民に囲まれながら言葉をかけている様だった。
しかし、そんな心温まる様な光景を見ていても……これから飛び込む戦場を思えばスッと暗い影が差してしまう。
「……はぁ」
「お兄ちゃん?」
「どうした? 桜」
「……私、お兄ちゃんに酷い事をしちゃったかなって」
「そんな事してないよ。大丈夫。何も心配は要らないさ」
桜を安心させる様に微笑んで、しゃがみながら桜の頭を撫でる。
そんな事で桜の不安が消える様な事は無いだろうが、桜は辛そうな顔のまま微笑んだ。
本当に優しい子だ。
「桜。悪いんだけど、一つお願いをしても良いかな?」
「うん。大丈夫だよ」
「ありがとう。……ココちゃんがね。争いの中で小さなお友達を助けたんだ。出来ればその子達とココちゃんを守ってくれると嬉しい。この国は……ちょっとあの子達に優しくないから」
「分かったよ」
桜は事情を察したという様な顔で微笑んだ。
そんな桜に感謝しつつ、俺は立ち上がってアリア様の方を見やった。
タイミングよくアリア様も俺の方へと視線を向けていた為、俺は真っすぐにアリア様の元へ向かう。
「アリア様」
「はい。そろそろ行きましょうか」
「分かりました。では……申し訳ないですが。アリア様の安全も考えて、背負わせていただきますね」
「そうですね。少々恥ずかしいですが、必要な事であれば、お願いします」
想像とは違い、アリア様は素直に背負われてくれた。
そして準備万端と、後の事はジーナちゃんと桜に託して再び王都へ向かおうとしていたのだが……。
「じゃあ、行ってくるから。後の事はお願いね? ココちゃん。ジーナちゃん。桜」
「ちょーっと待った!」
「うん?」
「誰か、すっごい大事な人の事を忘れてない?」
「別に忘れてないよ。ユウキちゃん。俺が行ってからはみんなを護ってね」
「そうじゃなくて! 僕の力が必要なんじゃ無いの!? って言ってるの!」
「いや、必要じゃないね」
「むー!!!」
ユウキちゃんは子供の様に怒りを示した。
いや、まぁ気持ちは分かるけれども。
アリア様を守らなきゃいけない状況で、もう一人守る対象を増やすつもりは無いのだ。
大人しくしていて欲しい。
「悪いんだけどね。俺もあんまり余裕が無いからユウキちゃんも守って戦うのは難しいんだよ。特にこれから多分獣人達とぶつかる事になるだろうし」
「だからこそ! 僕の力が必要なんじゃ無いの!?」
「それは無いね」
「なんでさ!」
全力で文句を言うユウキちゃんを諫めながら、街へ向かおうとしていたのだが、ユウキちゃんは折れず俺に向かって言葉を重ねる。
「僕は勇者なんだよ!」
「うん。でも、勇者なら弱い民衆を護るべきじゃ無いの?」
「うっ……!」
「でも! ここには魔女も居るじゃないか! 僕が居なくても逃がすくらいは出来るでしょ!?」
「まぁーそれはそうだけど」
「じゃあ、僕が王都の中に行く方が良いじゃないか!」
「んー」
俺は少し腕を組みながら考える。
が、そんな俺にアリア様が言葉を向けてきた。
「リョウ様。私は勇者様……いえ、ユウキ様もご一緒の方が助かります」
そのアリア様の言葉は……まるで切羽詰まっている様で。
絶対にユウキちゃんを一緒に連れて行かなくてはいけない。という様な言葉に思えた。
だから。
「……分かりました。そういう事でしたら、ユウキちゃんも一緒に行きましょうか」
「いいの!?」
「そうだね。でも、無理はしない様に。危なかったら逃げる様に」
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ! 僕はサイキョーの勇者様だからね! ふっふっふ! ムテーキ!」
本当に大丈夫だろうか?
という言葉を何とか飲み込んで、俺は小さく息を吐きながら頷いた。
イザと言う時は俺が守れば良いかと考えて。
少々難しい事ではあるが、出来ない事は無いのだ。
何とかして見せよう。
「じゃあ、ユウキちゃん。危ないけど一緒に行こうか」
「うん! 僕に任せておけば全部大丈夫だよ!」
自信満々という様な様子で笑うユウキちゃんに俺は少しばかりの不安を覚えながらアリア様を背負い、ユウキちゃんと共にシーメル王国の王都へと戻った。
一応、敵を呼び寄せる可能性があるのは問題であるから、先ほど破壊した穴とは別の所からシーメル王国へと侵入する。
おそらくは獣人の爆弾によって破壊された城門がある方へと向かい、王都の中を見たのだが……。
「これは酷いな」
「……」
思わず呟いてしまう程度には俺の前に広がった光景は最悪であった。
城門から入ってすぐの広場には争った跡と、多くの血痕が残されている。
誰も彼もお構いなしという様な様子で、おそらくこの場に居た人間は皆殺しにされたという事がよく分かる。
「先へ進みましょう。リョウ様。ここはもう手遅れです」
「アリア様……!」
「ここで悲しみに溺れていても意味はありません。助けられる命へと急がねば」
「そうですね。分かりました」
俺はアリア様の言葉に頷き、王都の中……より激しく戦闘の音が鳴り響いている場所へと急ぐのだった。
そして、見るも無残な大通りを進み、王城の前にたどり着くと……そこは街よりも酷い状態であった。
転がっているのは騎士や獣人の死体であり、その数は街の比ではない。
相当な激戦が繰り広げられたという事はよく分かった。
しかし、戦いの音は未だ終わりを見せておらず、城の中から響いていた。
「アリア様……城の中へ行きますか?」
「はい。お願いします。ただし、城の中は既に獣人さんの支配下にあると思いますので、どうか気を付けて下さい」
「分かりました」
どこから奇襲されてもおかしくないという様な話だろうと、俺は頷いた。
そして、すぐ後ろに居るユウキちゃんにも視線を送って大丈夫か確認しようとしたのだが……ユウキちゃんは特に怯えた様子もなく平然と周囲を見渡していた。
こういう所は勇者として慣れているという事だろうか。
俺は独りで納得し、一応声を掛けてから王城の中へ足を踏み入れるのだった。
「じゃあ、行こうか」




