第31話『|新たな国《シーメル》へ』
俺はアレクシスさんやヴィルヘルムさんと共に遥か西方にあるという世界国家連合議会なる場所を目指して街道を歩いていた。
「しかし、西方へ行くというのに、まずは北を目指すんですね」
「世界の真ん中には聖域があるからな」
「聖域ですか?」
「そ。選ばれた人間だけが入ることの出来る場所ってやつだ」
「そうなんですねぇ」
「あんまり興味無さそうだな」
「えぇ、まぁ。正直俺が関わることは無さそうですからね」
「気持ちはわかる。俺もどうでも良いからな」
俺の呟きにアレクシスさんはやや大げさに頷くと肩をすくめた
「しかし、直接西側諸国に行けないのは不便だよ。やっぱりな」
「そう言うな。アレク。聖域は聖女セシル様が奇跡を起こした場所だ。当時のまま残したいという気持ちだってあるだろう?」
「当の聖女セシル様はそんな場所すっかり忘れてるみたいだけどな」
「ははは、まぁ、セシル様は多くの奇跡を起こしている方だからな。そういう事もあるさ」
「いや……俺が見る限り、アレはただ抜けているだけだと思うぞ」
「……気持ちは分かるが、その言葉絶対に他で言うなよ」
「へーへー」
俺は二人の会話を聞きながら、ふと感じた違和感を口にする。
「ちょっと気になったんですけど」
「どうした? リョウ」
「お二人は聖女セシル様とお知り合いなんですか?」
「あぁ。まぁ場所は言えんがな。たまに話す程度の仲だ」
「……えっと、それだと奇妙な話になるんですけど」
「おう」
「聖女セシル様が冒険者組合を設立されたんですよね。でも、冒険者組合は1200年以上前に設立されているじゃないですか。そうなると、聖女セシル様は1200年以上生きている方という事になりませんか?」
「あぁ、そうだな」
「聖女セシル様は1200年以上生きている方なんだ。リョウ」
「……」
言葉を失うとはまさにこの事だろうか。
異世界ではこんな事もあり得るのかと驚きで胸が満たされる。
「一応言っておくけどな。リョウ」
「なんですか?」
「ここまで長く生きているのは、歴史上聖女セシル様だけだぞ」
「あ、そうなんですね」
「当たり前だろ。お前」
「いや、俺はその辺り、全然詳しくないので、みんな長寿なのかと思ってましたよ」
「全員が全員聖女セシル並に長生きだったら、今頃住む場所無くなってるぜ」
「それは確かに」
ヴィルヘルムさんに指摘され、アレクシスさんに笑われながらも、俺は面白い異世界の話を色々と聞いて満足の旅を続けていた。
この世界の常識という奴は色々な場所で罠を張っているが、まぁ踏んでも田舎者だから。で住むのも便利ではあった。
そして、セオストを出てから約一日。
俺は新しい罠を目の当たりにしていた。
「さて。ここがシーメル王国なんだが……まぁ、補給だけしてさっさと抜けるとしよう」
「そうだな。俺も面倒ごとはごめんだぜ」
「……何かあるのですか? この国に」
俺は国に足を踏み入れながら面倒ごとだと言い放ったアレクシスさんに問うが、アレクシスさんは言葉では答えず、静かに視線をある方向へ向けた。
そこには路上に座っている子供たちが数人おり、首には太い首輪と鎖、そして暴行を受けているのか全身に傷があった。
まともではない。
見る限り、桜と同じ様な年齢の子さえいる。
俺は噴き上がった苛立ちのままに刀を抜こうとした。
しかし、右手をヴィルヘルムさんに掴まれて、止められてしまう。
「それはダメだ。リョウ」
「……何故ですか」
「あの子達が獣人だからだ」
「獣人だから……?」
「そうだ。少なくともあの店の人間も、この国の人間も、誰も罪を犯してはいない」
「……そんな理屈」
「許せませんよね」
あまり大声を出さない様にしながら、ヴィルヘルムさんと言い争いをしていた俺の言葉に被せる様に、まだ幼い少女の声が耳に届き、俺は振り返った。
声のした方向、路地裏の陰に見えたのは、やや薄汚れたフードを被った少女であり、おそらく身長は桜と同じくらいだろうか。
顔を隠したフードからわずかに見える口が言葉を紡いでいる事から、おそらくは少女が先ほどの言葉をかけたのだろうと推察できる。
「お久しぶりです。ヴィルヘルムさん。アレクシスさん。そして、初めましてでしょうか……」
「あ、俺はリョウです」
「リョウ様ですね。初めまして。私はアリアと申します」
「アリアさんですか」
「そんなに固くならないで下さい」
透き通るような透明な声を発する少女は、路地裏から表には出ないまま、語り続ける。
表情こそ見えないが、口元が笑顔のように見えるから、おそらくは笑っているのだと思われた。
可愛らしい少女のように見えるし、嫌悪感などはないのだが……何故かアレクシスさんとヴィルヘルムさんは厄介な人に会ったとでも言うように微妙な顔をするのだった。
「……ちょっと、どうしたんですか? 二人とも」
「いや、まぁ、ちょっとな」
「ちょっと?」
「濁しててもしょうがねぇだろ。コイツが「さっき俺たちの話していた厄介ごとだよ。ですか?」……っ!」
コソコソと話していた俺たちを見ていた少女は、アレクシスさんの言葉に被せて、完全に同じ言葉を口にした。
話すタイミングも言葉も、しゃべり方も完全に一緒である。
「……最悪だ」
「ふふ。そう言わないで下さい。今回はそれほど厄介な話ではありませんから。それに依頼料は出しますよ」
「あー。アリア姫。悪いが、俺たちは今世界国家連合議会の本部に向かっていてな」
「えぇ。存じておりますよ」
「……だから、あー。ここで依頼をしている余裕は」
「大丈夫。問題はありませんよ。世界国家連合議会には私も向かいますから。一緒に行けばよいではありませんか」
「……王族と一介の冒険者が共に行くというのは問題だと思うが」
「では私が護衛として皆さんを雇いましょう。それで問題はありませんね?」
「問題しかねぇだろ」
ヴィルヘルムさんもアレクシスさんも何とか少女の依頼を逃れようと言葉を重ねていたが、何を言っても綺麗に返されてしまう状況に、やがて何も言えなくなってしまうのだった。
降参だとばかりに天を仰ぎ、大きなため息を吐く。
「では決まりですね」
そして嬉しそうに微笑む少女に、やる気が完全に失われた顔で頷くのだった。
しかし、俺はまだ一応確認することがあった為、少女に向かって口を開く。
「あの、二つほど確認をしても良いですか?」
「はい。二つでも、三つでも」
「では、失礼して……」
俺はゴクリと唾を飲み込んでから、言葉を続ける。
「先ほど聞こえてきたのですが、あなた様は王族の方なのでしょうか?」
「はい。ここシーメル王国の国王の娘となります」
「……なるほど。では、二つ目なのですが、お姫様が国内とは言え、お一人で出歩いていても問題ないのですか? 例えば俺がアリア様に危害を」
危害と口にした瞬間、周囲の建物から殺気が膨れ上がり、俺たちに向かって飛び込んでくるのだった。
俺は即座に腰の刀を抜き、少女の向こう側から飛び込んできた何かの攻撃を受け止めた。
「これは……」
「姫様への無礼。許されると思うなよ……小僧」
「獣……?」
俺が刀で受け止めた人間は、腕が獣のソレであり顔も体も、全身がまるで二足歩行しているライオンの様な存在だった。
しかも、相当な怪力らしく、何とか止めることは出来たが、それでもいずれは押し負けてしまうだろう。
「レオ。お客様に失礼はいけませんよ」
「ハッ」
少女の言葉に、獣の様だった男は一瞬で俺の視界から消え、少女の背後まで移動した。
しかも姿は大柄でありながら、人のものになっていた。
「レオが失礼をしました」
「いえ」
「リョウさん。これが二つ目の質問に対する答えです。そして……」
少女は背後にレオを連れたまま路地裏から表に出て、フードを取る。
瞬間、背中くらいまで伸びた淡く輝く金色の髪が日の光でより一層輝きながら体を水のように流れ、俺は思わずその美しさに息をのんでしまった。
「改めてご挨拶をさせていただきますね。私はシーメル王国第二王女。アリア・テオドーラ・ルチア・シーメルと申します。ようこそシーメル王国へ」
少女は静かで穏やかな笑みを浮かべながら、薄い朱色の瞳で俺たちを見据えるのだった。




