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異界冒険譚  作者: とーふ
第1章『はじまり』
30/335

第30話『|彼女《さくら》の結論』(桜視点)

(桜視点)


 お兄ちゃんが、帰ってきた!

 人によってはたったの5日だろう。と言うかもしれないけど、私にとっては永遠よりも長い時間だった。

 むしろ5日もよく頑張ったと思う。


 昼も夜も寂しいからフィオナちゃんやリリィちゃんと一緒に過ごして、お家にも来てもらって、泊まって貰って。

 何とか一人で居る時間を減らしたけど、それでも辛かった。

 それでも耐えられたのは、お兄ちゃんに成長した姿を見せようと仕事を頑張っていたからであり、その姿を見て貰って嬉しくもある。


 しかし、お兄ちゃんはまた、アレクシスさん達と共に遠くの場所へ行ってしまうのだ。

 今度は5日じゃ帰って来ないらしい。


 さみしいな……。

 でも、そんな事言ったら、お兄ちゃんが気にしちゃうかもしれないし。

 我慢しないといけないよね……。

 分かってる。

 分かってるんだ。私……。


「……」

「……」

「あのな」

「あのね!」

「っ、わるい。桜から話してくれ」

「ううん。先にお兄ちゃん話して」


 でも、気持ちは我慢できなくて、お兄ちゃんがいつもの様に私の事を心配しているのが分かったから、その気持ちを利用して、同じ部屋で夜を過ごす事にした。

 そして、頑張って、頑張って……お兄ちゃんが居なくても大丈夫だよ。って言おうとしたのに。


「……分かったよ。じゃあ……ちょっと、今から情けない事言うな」

「うん」

「実はな。お兄ちゃん。桜と離れるのが寂しいんだ」

「っ! そう、なの?」

「あぁ。これまではずっと桜と一緒に居たからさ。五日も離れて、どうにかなりそうだったよ」

「そうなんだ」


 お兄ちゃんが、言ってくれたから。

 桜が居ないと寂しいんだって言ってくれたから。

 私は、頑張ろうって思えた。


 大丈夫。

 だってお兄ちゃんと私の気持ちは離れていても繋がっているんだから。

 大丈夫なんだ。


 でも……やっぱり離れ離れは寂しいから……。


「でも、今度の依頼が終わったら、また一緒に居てくれる?」

「あぁ。今度はなるべくセオストに居る様にするよ」

「……よかった」


 私はお兄ちゃんと約束をして手を繋ぎながら眠ろうとした。

 しかし、そんな中、不意にお兄ちゃんが思い出したかの様にまた語り始めた。


「そういえば、お兄ちゃんが居ない時は、リリィちゃんの傍を離れないようにな」

「それは、うん。多分、一緒に居ると思うけど、フィオナちゃんじゃあ駄目なの?」

「フィオナちゃんでも良いんだけど。本当の本当に危ない時はリリィちゃんに、な」

「……お兄ちゃん、リリィちゃんと仲良しだよね。一番最初に森に行った時も、一緒だったし」

「あぁ、まぁ……気が合うんじゃないか?」

「……むー」


 さっきまで桜の事が大好きなんだ。って言ってたのに、急に別の女の子の話をするので、私はムカーっとして手をギュッと握った。

 しかし、お兄ちゃんは気にした様子を見せず、天井を見つめながらとんでもない事を口にした。


「だって、リリィちゃんも俺と同じ刀を持ってるみたいだし。戦いに向かう気持ちが近いんだろうね」

「え? 同じ刀って、神刀?」

「あぁ、そうだよ。……って、桜も知ってたのか? この刀がこっちの世界では神刀って呼ばれてるって」

「え!? あ、うん! そう! 偶然聞いたんだよ! 食堂で! 意味はよく分からないけどね!?」

「そうか。食堂で情報収集なんてのも結構便利なのかもしれないな」

「そうだね」


 私は暗闇の中で見えない様に額の汗を拭いながら、お兄ちゃんに違和感を感じさせない様に小さく息を吐いた。

 普通を意識して、気持ちを落ち着かせる。


 向こうの世界で見た時はまさかと思ったけど、魔力を切り裂いているのを見て確信した。

 お兄ちゃんが託された物は神刀だ。


 銘は分からないけど、間違いなくヤマトに伝わる刀の一本である。

 でも……神刀は厳重に管理されているし、行方不明になったりしたら大騒ぎになると思うんだけど。

 少なくとも私が居た時にはそんな騒ぎは無かった。


 という事は、もっと昔に消えた刀……?


「……だからさ。もしかしてリリィちゃんって、ヤマトの人なんじゃないかなって思ったんだよ」

「!!?」


 今、話を聞かないで考え事をしていたらとんでもない事をお兄ちゃんが口走った気がする!

 私は急いでお兄ちゃんに聞き返した。


「ご、ごめん。お兄ちゃん。少しウトウトしてて聞こえなかったんだけど、もう一回言って!?」

「ん? あぁ、こんな夜に変な事を言ってごめんな。もう寝る時間だもんな。寝ないと」

「大丈夫。大丈夫だから! 私は大丈夫」

「そうか?」

「うん!」

「あぁ、まぁ、大した話じゃ無いんだけどな。多分リリィちゃんは普段から刀を握ってる。おそらくは実戦で戦えるレベルだろうね」

「なんで、分かるの?」

「まぁ、俺も刀で戦ってるからさ。分かるんだよ。足の運び、目の動きとかね。手を見たら確信出来た」

「そう、なんだ」


 詳しい所は分からないけれど、お兄ちゃんがそう言うからにはそうなんだろう。

 つまり、リリィちゃんは普段から刀を握っている人間。

 でも、そんな人、この世界じゃあヤマトの人しかいない訳で。


 これはマズイ事になった……!


「それで、見てた感じ、リリィちゃんは相当強そうだし。桜の事も気にかけてくれてるみたいだし。いざという時にはお願い出来そうかなって」

「ふぅん……ちなみに、なんだけどさ。リリィちゃんってそんなに私の事気にしてる感じある? 私、お兄ちゃんがいない間も殆どフィオナちゃんと話をしていた様な気がするんだけど。いや、仲が悪いって事は無いと思うんだけど」

「あぁ。確かにフィオナちゃんと桜は姉妹みたいに仲良しって感じに見えるけど、リリィちゃんはなんだろうなー。んー。あれかな。お姫様と従者って感じかな?」

「……お姫様と、従者」

「桜には気づかれない場所で、そっとフォローしてる感じかな? 常に意識をしてるけど、桜には気づかれない様に動いてる。みたいな感じかな」

「ナルホドネ」

「あぁ」

「じゃあ、私からもリリィちゃんに『お話』してみるよ」

「その方がお兄ちゃんは安心かな」

「ウン」


 私はお兄ちゃんと話をしながら、リリィちゃんの事を調べようと心に誓った。


 そして、朝早く遠くへ旅立つお兄ちゃんを見送り、食堂で働きながらそれとなくリリィちゃんを観察していた。

 のだが、すぐリリィちゃんにバレ、フィオナちゃんが寝た後にお話する機会を得るのだった。


「……」

「えと、あの……私が何か、した……かな」

「リリィちゃん、ヤマトの人?」

「っ!!? そ、そそそ、そんな事はないですよ!?」


 動揺し、あわあわと手をさ迷わせながら、言葉を重ねるリリィちゃんを見て、私は確信した。

 リリィちゃんはヤマトの人だ。

 名前は偽名なんだろうな。


「……嘘吐くんだ」

「申し訳ございません!! 桜様!」

「桜……様?」

「あ」

「……やっぱり、知ってたんだ。私のこと」

「申し訳ございません!」


 私は床に跪いて、頭を下げるリリィちゃんを見ながら考える。

 リリィちゃんの目的、これからの事。

 お兄ちゃんと離れずに二人で生きていく方法。


「……」

「あの、桜様……?」

「何?」

「やはり、ご無事だったのですね」

「ご無事って事は、私は死んだって思われてたって事かな。もしくは行方不明?」

「はい。行方不明と」

「んー。まぁ、そうだよね。それで? 私の事はヤマトに伝える?」

「……えと、それが」

「うん?」

「いえ。私はその……ヤマトを離れて生活しておりまして」

「誰の指示で?」

「その、指示という事ではなく……」

「家出?」

「……恥ずかしながら」

「なるほどねぇー」


 腕を組み、ふむと言いながら私は考える。

 これは使えると。


 私は、ヤマトに帰るつもりはない。

 まぁ、楓にはどこかで連絡を取りたい気もするけど、今じゃない。


 そして、リリィちゃんもヤマトに帰るつもりはない。

 ならば、私たちは運命共同体という奴だろう。


「分かったよ。リリィちゃん」

「桜様……?」

「サクラちゃん。ね?」

「はい! 申し訳ございません!」

「その固い喋り方も無し。今まで通り、お友達として、お姉ちゃんと妹みたいな関係としてやっていこう。私もヤマトに戻るつもりはないから」

「そう、なのですね」

「……不満?」

「いえ。その様な事は。何か事情もあるかと思いますので」

「うん。その通り。私にはまだ戻れない事情があるの」

「承知いたしました。では桜様がお戻りになるまでは、私も桜様の護衛としていざという時には全力を尽くします」

「よろしくね。後、サクラちゃん。ね?」

「はい!」


 私はとりあえず、リリィちゃんとのお話を無事に終わらせ、穏やかな生活をまた手に入れる事が出来たのである。

 これがいつまで続くか分からないが、いつまでも続いて欲しいと願うばかりだ。

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