第291話『|輸送開始《スタンロイツ帝国へ》5』
突如として現れ、突如として消えてしまったアメリアさんという幻の痕跡を探していた俺であったが、結局何も見つける事は出来なかった。
そして、水浴びを終えたフローラ様達と共にテントへと戻る途中、リリィちゃんにその事について問われる。
「そういえば、先ほどは何を騒いでいたのですか?」
「いや、まぁ色々あってね」
「いろいろー? 何かあったの?」
「うーん。なんて言ったら良いか。多分聞かない方が良いと思うんだけど」
「聞かない方が……って、もしかしてノゾキが出たんですか?」
「いや、そっちの方がマシだったというか……聞く?」
「そこまで引っ張られたら聞かない方が逆に大変だよ。フローラちゃんだって怯えちゃってるし」
「それもそうか。いや、怯える様な話じゃないんだよ。ただ、その……なんて言うかな。幽霊が出てさ」
「「「幽霊?」」」
「そう。死んだ人が、そこに居るんだけど、居ないみたいな姿で現れたんだ」
「へー。そんな事もあるんだねぇ」
「その方はリョウ様の御知り合いの方だったのでしょうか?」
「いや、知り合いというか、俺が一方的に知っているだけというか……まぁ、アメリア様だったんです」
「アメリア様!? アメリア様というのは聖女アメリア様の事でしょうか!?」
「……おそらくは」
俺の言葉にフローラ様はキラキラと瞳を輝かせながら、アメリア様……! とその名前を呟いた。
どうやら怖がる前に信仰心が勝ったらしい。
それなら一安心だと俺は大きく安堵の息を漏らすのだった。
それから、俺たちはとりとめのない話をしながらテントへ戻り、寝る事にしたのだが。
「あ、あの!」
「うん? どうしたの? フローラちゃん」
「あの……私も一緒に、このテントで寝ても良いでしょうか!?」
フローラちゃんの話を聞いていたフィオナちゃんが俺の方を向いて、どうする? とばかりに首を傾げる。
が、まぁ、正直な所。依頼主と冒険者の関係だ。
こっちに拒否権は基本的にない。
だが、確認する事はした方が良いかと俺は口を開いた。
「それは構わないですが……今日は俺もテントで寝ますよ? それでも良いですか?」
「勿論です! むしろお願いします!」
「そういう事なら……まぁ」
その反応に俺はもしかして、フローラ様もテントに入ってくるかもしれない変態が怖かったのかもしれない。なんて考えながら頷いた。
しかし、こうなった以上寝る順番というのは重要だ。
何かあった際に対処できる方が良いし。
奥からリリィちゃん、フローラ様、フィオナちゃん、俺の順で並んで寝るのが良いだろう。
そう。フィオナちゃんには申し訳ないが、何かあった際に俺の無実を証明して貰いたいのだ。
「じゃあ、寝る順番だけど……」
「はい! 私はリョウ様の隣が良いです!」
「……いや、それは」
「いえ。フローラ様が男の人の隣で寝るのは問題があるでしょう。ここは私が」
「リリィはリョウさんの隣で寝たいだけでしょ」
「そ、そそ、そんな事は無いですよ!?」
ワイワイと大騒ぎのテント内で、俺はどうしたモンかと争う女の子たちを見ていた。
正直な所、俺としてはそこまで寝る位置に拘りはないし。
ある程度、俺を含めた全員の安全が確保できればそれで良いのだ。
だが、このまま言い争いを続けてもしょうがない所はある。
「俺としてはフィオナちゃんが隣で、フローラ様がフィオナちゃんとリリィちゃんの間に居てくれるのが一番安心だよ」
「あら。リョウさんってばそこまで私ラヴ。だったの?」
「いや、フィオナちゃんが一番妹らしい妹だから」
「なるほど。やはり勝因は妹かぁー」
いや、そういう訳じゃないんだけど。
否定するとまた別の問題が起こりそうだし、とりあえず無言で笑っておく。
「という訳で申し訳ないね。お二方。妹選手権は私の勝利みたい。とは言っても、二人はこの選手権で勝ちたくないだろうけど」
「くっ……!」
「仕方ありません」
おぉ、何だかよく分からない……という事も無いけれど。
丸く収まったらしい。
良かった。良かったと俺はひとまず満足した。
そして、そのまま俺の希望通りに寝て、朝となり、再び運搬作業を見守る仕事をする。
それからスタンロイツ帝国へ向かう道中同じ様にテントで寝て、起きてを繰り返したのだが……。
遂に。というか事件が起きた。
それはスタンロイツ帝国へ入る直前の山道での事だ。
深い霧が周囲に立ち込めて、俺たちは進行が出来なくなったのである。
いや、それだけならまだ良い。
問題は……。
「ぎゃあ!」
「おい! まずいぞ! 逃げろ!」
「コイツ! 起きてるぞ!」
「陛下! お逃げ下さい!」
ドラゴンが突如として目を覚まし、空に向かって咆哮を上げたのだ。
そのビリビリと空気を揺らす感覚に、誰もが泡を食ったように叫びながら走り回るが、俺は冷静にドラゴンを見据えながら神刀を抜いた。
「亮さん」
「打ち合わせ通りにやろう。リリィちゃんはフィオナちゃんとフローラ様を。俺は……コイツとやる」
そこにいるだけで押しつぶされてしまいそうな程の威圧感を放ちながらドラゴンは俺をジッと見下ろした。
その瞳から敵意は感じない。
が、圧倒的強者としての威圧感がただただ脅威であった。
俺はひとまず対話が出来るかどうか試すべくドラゴンに話しかけた。
「ドラゴン! 君だ! 君を呼んでいる!」
「……? ぼくのこと?」
「そうだ。君だ。ドラゴン君」
ドラゴンはキョロキョロと周囲を見渡してから俺の方へと視線を落とした。
そして、首を傾げながら、言葉を返す。
「ぼくは、ドラゴンなんて名前じゃないよ。ぼくは、ジキタニス。ジキちゃんって呼ばれてるよ!」
「そうか。ジキちゃん。はじめまして。俺はリョウ。君とひとまず話がしたいのだが、良いだろうか?」
「いいよ。なにを話せばいいの?」
何を、と問われて俺は一瞬言葉に迷ってしまった。
対話だ。対話。
対話と言うからには何かしら話をする訳だが……。
今の所、ジキタニスは何もやっていない。
ただ、眠りから目覚めただけだ。
あと……たぶんアクビをしただけ……。
そんなジキタニスに何を話せばいい……?
「あー、うん。そうだな。とりあえずお友達にならないか?」
「ともだち?」
「そう、ともだち。なんて言うかな。一緒に遊んだり、話したりする相手の事なんだけど」
「うん。しってるよ」
「それは良かった……!」
俺は対話成功かと、ホッと胸を撫で下ろした。
思い悩むよりやってみろの精神という事だな。何事も。
これで、後はジキタニス自身に自分の家まで帰って貰えば全て解決というワケだ……。
「じゃあ遊ぼう! リョウ!」
「うん?」
ワケだが。
どうやらドラゴンの常識は、俺たちの常識とは少し違っていたらしい。
ジキタニスは勢いよく腕を振り上げると、俺に向かって振り下ろして来た。
俺は咄嗟にそれを避けるが、ジキタニスは気にせず避けた俺に追撃をしてくる。
「何のつもりだ!? 友達だって言っただろう!?」
「うん。だからー! こうして遊んでるでしょー!」
「これが遊びか! やっかいだな! 異種族交流って奴は!」
「わ! すごい! すごい! ぜんぜん当たらない!」
「そりゃ、当たったら終わりなんでね!」
ジキタニスは前かがみになりながら俺の事を倒そうと右手を振り回しているが、生憎と見え見えの攻撃に当たる程鈍くはない。
全てかわして、俺は何とかジキタニスから少し距離を取る事にした。
腕は届くが、それでも離れているし、ある程度は避けやすい……!
と考えていたのだが、不意にジキタニスが大きく息を吸い込んだ。
その行動に、俺はドラゴンという種族が行う攻撃について思い出し、走り出した。
「燃えちゃえー!」
だが、ジキタニスの口から吹き出された炎は、真っすぐに俺へ向かって飛んできていた。




