第29話『|彼女《さくら》のこれまで』(桜視点)
(桜視点)
全ての始まりは、全てを焼き尽くす様な炎だった。
空から落ちてきた炎の塊は、私が生きていた世界を燃やし、私はお母様の手でお兄ちゃんの世界へと逃れる事が出来た。
火傷はしてなかったけど、ボロボロの姿で雪の上に落ちた私をお兄ちゃんが見つけてくれて、私はお兄ちゃんの家に運ばれた。
それからはお兄ちゃんが、ずっと傍に居てくれて、あの世界で生きて行こうと思っていたのに。
苦しくても、お兄ちゃんがずっと私の事を想ってくれるから。
でも……。
「結局、戻ってきちゃった」
お兄ちゃんの世界に居た時よりも呼吸がしやすく、体を動かすだけで感じる様な痛みもない。
肌に感じる魔力の感覚や、不意に見える未来が、この世界が私の世界なのだと教えてくれた。
しかし、それだけだ。
お母様や楓と生きていた、かの国は遠い場所にあり、セオストという街に私の事を知る人はいない。
それが幸運なのか、不幸なのか。
いや、きっと幸運なのだろう。
だって、あの国に戻ったらきっとお兄ちゃんと一緒に居る事は出来ないから。
私はただ、何も知らないフリをして、このままお兄ちゃんと一緒に居られれば良いと、そう思っていた。
でも、そんな私の甘えた心を突き刺すように、この世界に来てから同じ夢を見るようになった。
お兄ちゃんが刺される夢。
お兄ちゃんが魔術で焼かれる夢。
お兄ちゃんが……私を庇って、命を落とす夢。
それはこの世界に来るまで消えていた夢見の力で。
ヤマトの巫女姫が代々受け継いできた、未来を夢で見る力だった。
私が見た夢は確実に起きる……という訳では無いが、起こり得る一つの未来だ。
変える事は出来るが、何がキッカケでその未来へたどり着くか分からない以上、結局は変えられない未来と変わらない。
お兄ちゃんは、何かに襲われて命を落とすのだ。
しかも夢はどんな時も、私を庇って命を落としていた。
原因は分かっている。
私が甘えているから。
何も変わらず、お兄ちゃんの傍に居続けようとしているから。
だから、お兄ちゃんは何かが私に起こった時、無理をして守ろうとしたのだ。
私は、強くならなければいけない。
何かが起きた時、自分でも対処が出来る様に。
強くならなきゃいけない。
「フィオナちゃん」
「うん。どうしたの?」
「私ね。強くなりたいの」
「……そっか。うん。良いと思うよ。協力する」
「いいの?」
「当然だよ」
私はフィオナちゃんと初めての依頼を終わらせた帰り道に相談して、そして食堂で働き始めた。
その後にお兄ちゃんが長い依頼とかで森へ行ってしまったけど、フィオナちゃんとリリィちゃんに助けられながら、頑張って、少しずつ出来る様になっていったのである。
「じゃあ、サクラちゃん。あのテーブルのお客さんから注文を取ってきてもらえるかな?」
「はい! ガンバルマス」
「うんうん」
私はガチガチに緊張しながら、フィオナちゃんに指定された席へ向かい、注文を書く為の紙とペンを準備した。
「ご注文! お受けします!」
「あぁ、新入りちゃん。じゃあお願いしようかな」
「ハイ! 何でも、ダイジョウブデス!」
「うん。じゃあ、まず、焼き鳥サンドと、果汁ジュースの、オレンジとグレープとレモンと、エールの……大サイズを……っと、大丈夫?」
「は、はい! えと、焼き鳥……ジュース?」
「……うん。そうだね。果汁ジュースのオススメを4つお願いできるかな」
「はい!」
私はお客さんの注文を優しい注文に変えて貰って、フィオナちゃんの所へ戻った。
「あの、注文取ってきました」
「ありがとう。良く出来ました」
「……」
「うん? どうしたのかな?」
「いや、あの。注文上手く出来なくて、お客さんが、果汁ジュース4つオススメでって」
「ハハーン。なるほどね。まぁまぁ良いよ。ダイジョーブ! フィオナちゃんにお任せだよ!」
「……うん」
「オジサーン! 焼き鳥サンド4つと、お芋チップス大皿!」
「あいよ」
「後は~。果汁ジュースのオススメだよね? うーん。フィオナちゃんの推理によれば、オレンジとレモンとグレープだけど……後一つは。ふむ。悩ましいですねぇ」
「……っ! ふぃ、フィオナちゃん! エール! エールを注文してた」
「お! そうか。エール! ソレだよ! サクラちゃん! ナイスぅ~!」
「っ、うん!」
私はフィオナちゃんに助けてもらいながら、注文を取って、それを順番にテーブルに運んだ。
「おっ待たせ~!」
「お、お待たせ、しましたー!」
「お。待ってたぜ。ってぇ! 焼き鳥サンドにお芋チップスじゃねぇか!」
「サクラちゃんから注文受けましたからね。ちゃんと持ってきましたよ」
「なるほどなぁ。うーん。確かに注文したなぁ。そして新人ちゃんが運んでくれたなぁ」
「でしょでしょ?」
「あぁ」
「……!」
「という事は、初めての注文! 問題なしです! ありがとう。サクラちゃん!」
私はフィオナちゃんに褒めてもらい、お客さんにもお礼を言われて、恥ずかしいながら嬉しくて頬を指で掻いた。
しかし、このままでは駄目だという事もよく分かっていた。
だからちゃんと注文を取れる様に頑張って、注文された物もすぐに運べる様に頑張ったのだ。
「はーい。ご注文を繰り返させていただきます。エールが4つと、焼き鳥の盛り合わせ、お芋チップスを大皿ですねー!」
「おっけー!」
「よろしくぅー」
「はい。少々お待ちくださーい」
私は注文を持ちながら、調理のオジサンの所へ走り、注文を作って貰ってからちょっとずつしっかりと運んだ。
「お待たせしましたー! 焼き鳥の盛り合わせ! です!」
「エールも持ってきました」
「あ、リリィちゃん。ありがとう!」
「いいよ。重くて危ないから」
「えへへ。嬉しいな」
「はぁー。食堂に来て、癒される!」
「可憐な花が三輪。もうここに住みてぇなぁ!」
「しかし、食堂で食べるのも高いからなぁ。稼がねば……!」
私はお客さんに頭を下げて、フィオナちゃんと合流して、手伝えることがあるかと聞いた。
しかし、どの席も注文は終わっている様で、少しばかり休憩出来るようだった。
「ふー」
「お疲れ様。サクラちゃん。コレ。オジサンがお疲れ様って」
「ありがとうございます」
調理のオジサンが用意してくれたジュースを飲みながら、息をついて、全ての座席が埋まっている食堂を眺めた。
無我夢中で働いていたが、凄く多くの人を相手にしていた事がわかる。
でも、昔よりも人はそれほど怖くなくなっていた。
「サクラちゃんが来てからさ。お客さんがいっぱい増えて、大変だけど、毎日楽しいね」
「うん。サクラちゃんとフィオナと一緒で楽しい」
「……うん」
「きっとサクラちゃんのお陰かな」
「うん。サクラちゃんのお陰」
「……うれしい」
私は何だか目尻に熱いものが浮かび、それが流れない様に両手で押さえた。
しかし、涙と呼ばれるそれは、次から次に流れて来て、止まらなくて、溢れた。
「……っ……っ」
「うんうん。頑張ったね。サクラちゃん」
フィオナちゃんが私の頭を撫でてくれて、余計に涙は溢れる。
けど、心の奥には温かい気持ちで満ちていた。
「わたし、ここで働けて良かった」
「私も同じだよ。サクラちゃん」
「私も」
フィオナちゃんとリリィちゃんに囲まれて、私は満足の中で頷いた。
そして、お兄ちゃんが帰ってきてから誇れる様に、これからも頑張ろうと決意する。
しかし、アレクシスさんからお兄ちゃんじゃないと出来ない依頼の話を聞いて、私の心はキュッと痛くなるのだった。
「悪いな、嬢ちゃん」
「……ううん。しょうがないよ。だって、お兄ちゃんにしか出来ない事なんだもん」
「俺が言うのも何だがな。無理はするなよ」
「大丈夫だよ。分かってる」
アレクシスさんに言葉を返しながら、私はずーんと重くなる気持ちを感じるのだった。




