第275話『|依頼の地《リメディア王国》へ1』
フローラちゃんの歩くペースに合わせて歩き、数日かけて俺たちはスタンロイツ帝国に到着した。
スタンロイツ帝国には以前も来たが、以前来た時はジーナちゃんの転移で来たから、こうして歩いてくると新鮮である。
そして、セオストで発行した通行証を門番に見せながら、俺は手続きが終わるのを待っていたのだが……。
ふと、前にも見たある人物を目の端に捉えてしまった。
「……む?」
「あー。フローラちゃん。申し訳ないです! 向こうの陰に行きましょうか!」
「おぉ。その姿はリョウ。冬以来だな。今回も何かの依頼か? ん? あぁ、そこに居るのはリメディア王国の……」
「こ、皇帝陛下! お久しぶりでございます! 新年の挨拶も出来ず!」
「いや、構わんさ。まだ春になって然程時間も過ぎていないしな。それに貴国とは良い関係を築けているハズだ。その様にかしこまらなくても良い」
「は、はい。ありがとうございます」
「しかし、君がこの辺りに居るのは珍しいな。あの過保護な兄がよく許した物だ」
「それは……はい」
「ふむ。見たところ、何やら問題が発生している様だな。よし。リョウ。私も連れていけ。冒険をするぞ」
スタンロイツ帝国の皇帝陛下は実に楽しそうな顔をしながら俺にそう提案した。
俺は一応、依頼主であるフローラちゃんに確認をしようとしたのだが、フローラちゃんはかなり嫌そうな顔をしながらも、小さくコクンと頷いているのだった。
そして、相変わらずというか何というか。
スタンロイツ帝国の皇帝陛下が一緒に居るので、検問は全て素通り。
それなりに時間をかけて用意してきた通行証は全て紙屑と化したのだった。
何とも悲しいお話である。
それから。
俺たちは明らかに目つきと立ち振る舞いが一般人ではない農民を名乗る数人と共に屋根の無い荷台がある馬車に乗って、フローラちゃんの母国であるリメディア王国なる国へと向かうのだった。
のんびりと広大な土地の中を走る馬車は、どこまでも広がる様な農地を俺に見せてくれる。
それをそれとなく眺めていると、皇帝陛下に声を掛けられた。
「どうだ? 素晴らしい物だろう」
「えぇ。凄く広い農地ですね……。どれだけの作物が取れるのか」
「そうだな。豊かな広い土地と、大国に囲まれている事により、魔物被害が少ない事。そして光の聖女の力が未だ残っているのか、他の国よりも作物がよく育つ。いや、国としての取り組みが良いからかな?」
「お、恐れ多いです」
やはり、というか。
フローラちゃんは皇帝陛下を恐れている様だ。
俺はそれとなくフローラちゃんの側に立って、皇帝陛下に話しかけた。
「スタンロイツはそれほど作物が育たないのですか? 土地は広そうですが」
「うむ。そうだな。スタンロイツはリメディア王国よりも寒く、特に冬も厳しいからな。そもそも育てるのが難しいし。育ったとしても飢えた魔物に喰われてしまうのだよ」
「あぁ、スタンロイツは魔物がよく出るんでしたか」
「セオストと同じくらいだな。やはり東側にある古代の森の影響は大きいのだろう」
「あぁ、森ですか」
俺はセオストにもある森を思い出しながら頷く。
やはり自然が多い場所は魔物の被害が多くなるのだなぁ。
「しかし、だ。魔物が多いという事はその分、魔物関係の物品が輸出出来るという事でな。我が国もリメディア王国をはじめ、西側諸国へと魔物関係の物品を輸出して、作物などを輸入しているのだよ」
「持ちつ持たれつ。みたいな感じですね」
「うむ。しかし、まぁ……それはそれで色々な問題があるようだがな」
「……?」
どこか意味ありげな瞳でフローラちゃんを見やる皇帝陛下に俺は疑問符を浮かべ、そっとリリィちゃんやフィオナちゃんに近づいた。
そして、小声で二人に尋ねる。
「さっき皇帝陛下が言ってた事だけど」
「……色々な問題があるって奴ですか?」
「そう。二人は何か知ってる?」
「私は何も知らないですね」
「あー」
「フィオナちゃんは何か知ってる?」
「うん。たぶん。聞いた話なんですけど……」
フィオナちゃんは周囲に軽く目線を送ってから、先ほどよりも小さな声で俺に向かって囁いた。
リリィちゃんもフィオナちゃんの話を近づいて聞く体勢に入った。
「実は、セオストの食堂で聞いたんですが、最近リメディア王国がヤバいそうなんですよ」
「ヤバい?」
「はい。何が具体的どう。っていのは聞けなかったんですけど。何でも、お金が無くてお姫様を何処かの国に嫁がせないといけなくなってしまったとか」
「お金目的で、ですか?」
「うん。そうらしいよ」
「むー」
フィオナちゃんの話にリリィちゃんは酷く不満そうな顔をして、唸り声を上げた。
そんなリリィちゃんにフィオナちゃんは軽く笑みを浮かべてから、続きの話をする。
「しかも、お姫様は凄い可愛いらしくて、お爺ちゃんみたいな王様がいっぱいお金を出すからって言うんで、お姫様を嫁がせようと圧力かけてるみたい。騎士様をいっぱい集めて、戦争したって良いんだぞーみたいな感じで」
「……嫌な話だね」
「そうだね。私も嫌な話だなぁ。でも、私たちじゃどうにも出来ないし」
「亮さん。何か出来ないんですか?」
「いきなり無茶を言うね。リリィちゃん」
俺は困ったなぁと頭をかきながら、チラッとフローラちゃんへと視線を送る。
フローラちゃんは少々居心地が悪そうな顔をしながら皇帝陛下と話をしている最中であり、俺たちの話は聞こえていなかったようである。
しかし……。
フローラちゃんの国がそんな事になっていたとは。
「……もしかして、それでか」
「それでって言うのは?」
「いや、ドラゴンがさ。突然現れたって言っても、周りを大国に囲まれているのなら、先にそっちを襲いそうなものじゃない。でも、リメディア王国をドラゴンは襲った。何でだと思う?」
「……っ! なるほど。ドラゴンを呼び寄せたんですね」
「え? どういう事? なんで?」
混乱しているフィオナちゃんにリリィちゃんが俺の思いついた事と同じ事を教えた。
「つまりさ。お金が無くなって、どこかに嫁がないといけなくなったお姫様が一攫千金ってドラゴンを呼び寄せたんだよ」
「えー? でも、そんな事したら」
「うん。国は大変なことになっちゃう。でも、どこかの領地に落ちれば、それを領民がどうにかしようとするでしょ? フローラさんみたいに、冒険者に依頼するかもしれない」
「あー。それで、ドラゴン退治も一緒にやって素材で国の財政を立て直す。みたいな話?」
「そういう事」
「なるほど……確かに、あり得る話かもしれない」
フィオナちゃんはむむむ、と腕を組みながら言葉を漏らした。
そして、そんなフィオナちゃんに俺とリリィちゃんは頷く。
「でも、このままって訳にはいかないよ」
「そうだね。お姫様の事は可哀想だと思うけど、それでフローラちゃんのお兄さんやフローラちゃんが苦しんで良い理由にはならない」
「じゃあ? リョウさんは全部助けちゃう感じで?」
「俺はそこまで万能じゃないよ。出来る事だってそんなに多くは無いし。でも、何か解決策があるのなら、それを考えたいとは思うね」
「そうですね。何でお金が無くなっちゃったのかとか」
「お姫様を助ける方法とか?」
「一番難しい辺りを言ってくるね」
「だって……」
「亮さんなら何とかしてくれるって信じてますから」
「期待が重いな」
俺は馬車の荷台の端に寄りかかりながら、ふぅと空を仰いだ。
見上げた空はどこまでも青く、広がった空の色々な場所に白い雲がプカプカと浮かんでいた。
悩みが無さそうで羨ましくある。
が、俺は兄であるのだから、妹たちの願いや憧れを受け止める必要があるのだ。
という訳で、未だ姿の見えないお姫様を助けるべく思考を巡らせるのだった。




