第269話『|ハグロ祭り《全てが終わって》3』
百合ちゃんの家の裏にある畑から自然薯を再び掘り起こした俺たちは、離れた場所でより綺麗に洗い、完全な状態で祭りの会場に運ぶ事が出来た。
神聖な物の様に、町の一番奥にある大屋敷の部屋に運ばれ、祭りの準備をしている人たちの手で、楓ちゃんが自然薯を削る準備が進められてゆく。
「皆、張り切っておるのぅ。これはわらわも気合を入れねば!」
「ありがたい話です」
「民の為じゃからな。この程度は容易い事よ」
ふふんと笑いながら頷く楓ちゃんに、俺も頷き返しながら準備が進んでいる会場を見やる。
いつの間にか、町の中央にある大通りにして、この家の正面すぐのところに、やや大きな場所が作られていた。
木造の……ステージというか、見世物台というか。
良い言い方は分からないが、遠くからでも楓ちゃんの事が見える様になっている様だ。
「これは……楓ちゃん大丈夫? 結構目立つ場所だけど」
「ん? 大丈夫か? というのは」
「いや、ほら。人に注目されると恥ずかしいんじゃないかなって思ってさ」
「あぁ。そういう事か。ならば何も問題はないぞ。わらわは慣れておるからな」
「なるほど」
「うむ。わらわは幼い頃より毎年、様々な祭りで民に見られながら言葉を向けておるからな。今更怯える事も無いんじゃ」
「それは良いですね」
なんて、言いながら楓ちゃんに尊敬の目を向けていた俺であるが、ふと楓ちゃんがこちらをチラチラと見て、何かを言いたそうにしている事に気付いた。
何だろうかと思っていると、楓ちゃんが小さく口を開く。
「し、しかしな」
「はい」
「慣れておるし。おそらく問題なく出来ると思うんじゃが……」
「……はい」
「それでも、上手く出来たら……その、な。褒めて……欲しいなって」
「勿論ですよ。頑張ったらいくらでも褒めます」
「そうか……では、楽しみにしていよう。亮。わらわ、頑張るからの! 見ててくれ!」
「分かりました」
俺は楓ちゃんに笑いかけ、会場へと向かってゆく楓ちゃんを見送った。
そして、自然薯削り台が見える様な場所に自分が居られる場所を作って、その時を待つ。
当初の予定では俺も楓ちゃんと一緒に自然薯を削るという話があったのだが、正直な所、ヤマトの人たちも俺が出て来ても反応に困るだろうし。
あくまでよそ者の俺は観客に徹するのみだ。
という訳で、楓ちゃんの補助はセシルさんにお願いして、俺はハグロの町の祭り一番のイベントである楓ちゃんの自然薯削りまで待つ事にしたのだった。
が、俺が一人立っている事で町の人たちが気を遣ってくれて、日よけの傘であったり、簡易的な椅子やらテーブルやらを持ってきてくれる。
「お兄さん。百合ちゃんと一緒に戻って来た人だろう?」
「こんなところで立ってて、疲れるだろう。ほれ、椅子に座りな」
「何か食べるか?」
「食べ物だけじゃ喉に詰まるだろう。飲み物も飲みな」
そして、あれよあれよという間に、俺の近くには様々な物が置かれ、人も集まり、宴会が始まりつつあった。
何だかんだと集まる場所を探していたのかもしれない。
集まっているヤマトの人たちは皆楽しそうな顔をしていて、俺もつられて存分に楽しみながら飲み物やら食事やらを飲んで食べるのであった。
それから。
それなりに長い時間俺たちは宴会を楽しんでいたのだが、やや呆れた様な顔で百合ちゃんが来た事で俺はある程度正気を取り戻すのだった。
「もう。亮さん。これから姫巫女様が自然薯の削り会をやるのに何を飲んで騒いでいるんですか?」
「あぁ。ごめんごめん。町の皆さんと騒いでたら楽しくなっててさ」
「困った人ですねぇ。あ! しかもお酒まで飲んで!」
「あぁ。なんかいい気分だなと思ってたけど、酒が入ってたのか」
俺はコップを軽く傾けて、中身を覗き見た。
木で出来たマスは、酒を飲むのに最適だったという事か。
まるで酒を飲んでいる事に気付かなかった。
なんて自然な形で飲めていたのだろうか。
「まさか。じゃないですよ。これから姫巫女様のお披露目があるんですからね。ほら! 水、飲んでください!」
「あぁ。すまないね」
俺は百合ちゃんに押し付けられた水に口を付けながら、グイっとそれを一気に飲み干す。
そして、少しだけ落ち着いた頭でふぅと息を吐いた。
「いや、悪かったね」
「別に良いですけど。少しは気にしてくださいね。楽しいのは良いですけど」
「分かってるよ」
百合ちゃんに怒られながら俺は頭を下げて百合ちゃんの許しを請うた。
そして、百合ちゃんは仕方ないですねぇ。と言いながら俺の隣に座って自分も酒を飲もうとするのだった。
しかし、俺は百合ちゃんの手からマスを奪い、酒を飲むのを阻止する。
「あー! ちょっと何するんですかぁー!」
「百合ちゃんはまだ子供だからお酒は駄目」
「私はもう大人ですよ! 返してください!」
「だーめ」
百合ちゃんが俺にくっつきながら、俺の持っているマスに向かって一生懸命に手を伸ばす。
が、体の大きさが違う為、マスに触れる事は出来ず、ん-! っと言いながら手を伸ばし続けるのだった。
「あらあら」
「やっぱり、旅人さんは百合ちゃんのいい人だったという事か」
「旅人さんは姫巫女様とも親しいと聞く。これはハグロの町が急発展するキッカケになるかもしれんな」
「なんと! ハグロの町に姫巫女様がいらっしゃったのはそういう理由であったか」
「なるほど。柊木の家は素晴らしい貢献をしたな」
目の前で……。
というかすぐ近くでヒソヒソと噂話をされる。
非常に気になる光景であり、百合ちゃんも町民たちの声に気付いたのか頬に朱色を差しながら、俺からパッと離れた。
そして、小さく固まりながらテーブルをジッと見つめているのだった。
そんな姿の百合ちゃんは小動物の様な姿で非常に可愛らしく、町の人たちも、俺も可愛い物を見る目でジッと見つめる。
「あ、あのっ! 始まりますよ!」
「うん?」
「私じゃなくて、姫巫女様の! 自然薯削りが!」
「あぁ。そうだね」
百合ちゃんの叫び声はかなり大きく、周囲の人々もやや高い楓ちゃんの立っている台を見上げるのだった。
楓ちゃんは俺の方を見ながら笑っており、俺の視線が楓ちゃんの方に向けられると、小さく頷いて一歩前に出た。
「では! 始めようかの!」
楓ちゃんは周囲に聞こえる様な大きな声をあげる。
叫んでいる訳では無いだろうが、不思議と周囲に響く綺麗な声だった。
「此度は、フソウで様々な事件があり、ハグロの町の民には大変助けられた! わらわは感謝しておる!」
「そこで、じゃ! ちょうど、わらわの元に自然薯を授けてくれた者がおってな。これを皆に振舞いたい!」
「自然薯は、強く、長く生きてゆく事を願って料理に入れられるという」
「わらわは、皆の健康長寿を願い! 自然薯を削ろうぞ!」
楓ちゃんの言葉に、ハグロの町の住人たちが歓声を上げ、セシルさん達に手伝って貰いながら、俺の身長よりも大きな自然薯を一生懸命すり鉢で削ってゆく。
そして、ある程度出来る度に小皿に移して、町の人たちに配ってゆくのだった。
俺はそれを遠くから見ていたが、セシルさんが俺を呼んでいた為、台の近くに百合ちゃんと共に向かう。
「はい。亮。参上しましたよ」
「楓ちゃんからお話があるようです」
「うむ! ちょっと台の上に上がれ。百合も」
「分かりました」
「は、はい!」
俺たちは台の上にパッと上がると、両手に小皿を持った楓ちゃんの前に立つ。
「二人には本当に世話になった。これはわらわからの感謝の気持ちじゃ」
「ありがとうございます」
「あ、ありがとうございますっ!」
「うむ。二人とも怪我や病気には気を付けてな。セオストには聖女様がいらっしゃらないのだろう?」
「まぁ、そうですね。気を付けます」
「そうじゃな。亮は特に気を付けてくれ。お主は少々心配じゃ」
俺は、楓ちゃんにもお説教されてしまい、曖昧に笑みを返すのだった。




