第251話『亮の完全|復活《治癒》』
俺の傷が治るまで数日、俺たちは百合ちゃんの家で静かな時を過ごした。
そして、十分に休息し、俺は傷も体調も万全に戻す事に成功するのだった。
「フッ! シッ!」
「どうですか? 違和感はありませんか?」
「えぇ。大丈夫です。何も問題はありませんね」
庭で神刀を振るっていた俺はセシルさんの問いに頷いて、問題ない事を伝える。
しかし、心配性なセシルさんはちゃんと傷の状態を見ると言い、俺は縁側に移動するのだった。
そして上半身をはだけさせて、未だ傷跡の消えない部分を見せた。
「どうでしょうか?」
「確かに傷は広がっていないようですが……傷は残ってしまいましたね」
「まぁ、そのくらいなら問題は無いでしょう」
「……まぁ、亮さんがそう仰るのなら良いですが……私は気になってしまいますね」
ツツッと、傷を細くしなやかな指でなぞりながら、セシルさんは悲し気に呟いた。
その言葉に俺は申し訳なさを感じてしまう。
「申し訳ないです。俺がもう少し強ければ良かったんですが」
「今のままでもリョウさんは十分に強いと思いますよ」
「ですが、無傷で防げませんでしたし」
「残念ながら。時道さんの技を防げる人は居ないのです。そこから先は人外の領域ですよ」
ハッキリと告げられた言葉に、俺はなるほどと呟いて小さな息を一つ吐いた。
そして、自分の右手をグッと握りしめて少しばかり考える。
人を超える為にはどうすれば良いか、と。
「……また良くない事を考えていますね?」
「良くない事、とかじゃないですよ。強くなる方法はないかなと考えていただけで」
「行き過ぎは十分に良くない事、ですよ。亮さんは十分に大切な物を守る力を持っているでしょう?」
「それは、そうかもしれませんが……完璧では無いのが気になるんですよ。やはり」
俺が傷つけば桜たちを悲しませてしまう。
それに、もしかしたら今よりももっと強い人や何かが現れるかもしれない。
その時に、何も出来ない俺では居たくないのだ。
どんな悪意にも敵意にも負けない。
全てを弾く強さが欲しい。
「亮さん。力を求めすぎれば、それは自分にも跳ね返ってきます。あなたの大切な人も傷つけてしまう」
「……それは、予言ですか?」
「いえ。経験です。これでも私は人より長く、この世界で生きていますから。より多くの事を経験していると言えます」
「なるほど……では心に留めておきます」
「是非、そうして下さい。力よりも、守りたいという想いが……貴方の道を拓く筈ですから」
セシルさんが真っすぐに俺を見ながら放った言葉に、俺は分かりました。と短く答えた。
適当に答えたワケじゃない。
セシルさんの言うコトが、多分正しいと思えたからだ。
無暗に力を求めても、その先にあるのは破壊だけ。
それは俺だってよく分かっている。
だから、俺が欲しいのはいつだって守る為の力なのだ。
と、俺は自身の神刀を見ながら想う。
コイツが、守る為の力を持っていれば良いと……心の底から思う。
なんて思っていたら、神刀が反応した様な気がした。
「ん?」
「どうしました?」
「あ、いえ……何か神刀から声が聞こえた様な気がして」
「声、ですか?」
「はい。そうですね。とは言っても、そう思っただけなので、実際に声が聞こえたというコトでは無いと思うんですけど」
「……なるほど」
セシルさんはふわりと微笑むと、小さく頷いた。
そして、ゆるやかに口を開く。
「もしかしたら、覚醒イベントが近いのかもしれませんね」
「覚醒イベント……ですか?」
「はい。神刀が目覚めるのです」
「っ! 銘を受け取れるという事ですか!?」
「そうですね。亮さんの想いと、神刀の真が重なった時、亮さんはきっとその銘を受け取ることが出来るでしょう」
予言者の様に、ハッキリと未来を告げるセシルさんに、俺は神刀を持つ手を強く握りしめた。
それから、俺たちは作戦開始となる夜まで静かに過ごし。
陽が完全に沈んで、周囲が夜の暗闇に支配されたことを確認して、動き始めた。
玄関では百合ちゃんと百合ちゃんの家族が別れの言葉を交わしている
最期という訳では無いだろうが、これから娘が死地へ向かうのだ。
心配にもなるだろうし、言葉だっていくつも向けたくなる。
家族なのだから当然だ。
「亮殿」
「はい。どうしました? 蓮さん」
「やはり私も共に行った方が良いのではないか?」
「以前にも話しましたが、敵が百合ちゃんの両親を人質にする可能性があります。百合ちゃんの心を守る為にも、どうかこの町に残ってください」
「……!」
「ハグロの町を護れるのは蓮さんだけですよ。俺たちが帰ってくるまで、お願いします」
「……すまぬ。百合を頼む」
「任せて下さい。全てを終わらせて、また帰ってきますよ。そうしたら祭りをしましょう」
「あぁ。必ずや。準備をして皆を待とう!」
「お願いします」
「あぁ……百合。どうか無理はしないで」
「必ず帰ってくるんだぞ。逃げても良い」
「分かってるよ。でも、私は逃げない。姫様も聖女様もこの国にとって大切な人なんだから」
「百合……!」
「感動の別れも良いが、そろそろ外の連中が気づきそうだ。動くぞ」
「分かりました。では、お母さん、お父さん。柊木百合。行ってきます!」
そして、百合ちゃんは雷蔵さんの言葉に頷いて、両親の元を離れた。
そんな姿を見て、楓ちゃんが少しだけ寂しそうな顔をしている事に気づく。
「楓ちゃん」
「はっ!? な、なんじゃ!?」
「さみしいのなら、俺が居ますからね。セシルさんも居ますし。雷蔵さんもいます」
「私もリンも居ますよ! 楓ちゃん!」
「はい! 私も居ます!」
「お主ら……! ふ、ふん! わらわは別に寂しがってなどいない。わらわはこの国の母じゃ! この国の民がわらわの家族。寂しい事など何もないぞ!」
「では楓ちゃんの強がりも終わった所で、行きましょうか」
「強がりではない! わっ!」
「作戦通り、私が楓ちゃんを抱えてゆきます」
「それで、私とリンがセシルさんの両隣で、百合ちゃんがセシルさんの後ろ」
モモちゃんの言葉に合わせて、皆がそれらしい場所に動く。
そして、俺と雷蔵さんもセシルさんの前に立った。
「道中は俺と亮で切り開く。一応忍連中を周囲に散らしてはいるが、何が起きるか分からん。慎重に動けよ」
「はい」
「分かりました」
「では、行くぞ!」
全員が動きの確認をしてから、雷蔵さんの言葉を合図として、俺たちは歩き始めた。
全力で走っても良いが、それではフソウに着くころに体力が尽きているし。
夜の間に奇襲をしても、そこまでこちらに利はない。
それならば、少し早く歩いて、夜明けと共にフソウの城を攻める方が、人員交代の隙も突けるし、良いだろうという考えである。
そんなワケで、俺たちは夜の闇の中を進み、途中に居た見張りの侍を切り捨てながらフソウを目指した。
そして、俺たちは想像していたよりも早くフソウの近くにある丘へと到着するコトが出来た。
坂を下りていけば、そこにフソウの街が広がっている。
「ふむ。街は荒らされていない様じゃの。狙われたのは城のみか」
「どうやらその様ですね。住民の方に被害が無いのは何よりです」
「そうじゃな。これで心置きなく城を攻められるというものよ」
楓ちゃんとセシルさんの会話を聞きながら、俺もフソウの街を見る。
しかし、奇妙な事に見張りは誰も居ない様だった。
「静かですね」
「まぁ、夜だからな。寝てるんだろ」
「そんな事、あります? 占拠してるんですよね?」
「とは言っても呑気な連中は寝ているさ」
「なら、今攻めますか?」
「それも悪くないが……こっちに姫様が居る以上、あまり卑劣な事も出来んだろ。こっちも寝るか」
雷蔵さんは独り言の様に言った後、楓ちゃん達用にレジャーシートを敷いて、さっさと寝てしまうのだった。
なんとも自由な事である。




