第248話『|魔術を断つ刃《神刀》』
モモちゃんと百合ちゃんによる対決は、少しずつ過激さを増して行った。
最初はただ立って魔術を撃つだけだったモモちゃんも移動しながら、鋭い勢いで飛ぶ魔術を使う様になり。
百合ちゃんは当たり前の様に、それらの魔術に対抗していった。
「くっ! これも当たらないの!?」
モモちゃんは悔しそうな顔をしながら、次から次へと魔術を放つが、そのどれもが百合ちゃんに斬り落とされてしまう。
しかし、だ。
モモちゃんはまだ侍の方が強いとは認められずにいた。
何故なら。
「確かに! リョウさんの言う通り、神刀は魔術を斬れるみたいね! でも!」
「……でも?」
「魔術を斬る事に一生懸命になって、反撃が出来ないのなら、私の方が強いんじゃないの!?」
自信満々に、そう言い放ったモモちゃんであるが、その言葉は百合ちゃんの枷を一つ外すだけであった。
「あ。反撃しても大丈夫なんですね」
「え?」
モモちゃんからやや離れた位置で魔術を迎撃していた百合ちゃんは、モモちゃんの言葉になるほど、と呟きながら地面を蹴ってその場から移動する。
まずはモモちゃんが立っている場所とは離れた壁に向かって走り、その壁を蹴って、さらに加速し、モモちゃんの近くに向かって円を描く様に走った。
真っすぐに走ると魔術で迎撃されるから、回り込んでいるのだろうと思う。
「え!? あれ!? 消えた!?」
しかし、そもそもモモちゃんは百合ちゃんの姿を補足できていない為、周囲をキョロキョロと見回すばかりである。
まぁ、百合ちゃんが全力で動くと相当早いし、目が追いつかないのはしょうがないと思う。
そして、百合ちゃんは分かりやすくモモちゃんの前で立ち止まって、神刀を構えた。
それに気づいたモモちゃんが、焦った様に魔術を使う。
壁の様に巨大な水の魔術だ。
だが……。
百合ちゃんはその壁を容易く両断するとモモちゃんの前に立って、モモちゃんに神刀を向けるのだった。
無論傷は一つも付けていない。
「ひぇ」
「……と、こんな所で良いでしょうか?」
モモちゃんは微笑みながら問うたことに百合ちゃんに何度も頷き、百合ちゃんは神刀を納刀しながら、モモちゃんから距離を取るのだった。
また仕切り直して、もう一度やりましょう。という事だろう。
しかし、百合ちゃんに神刀を目の前で突きつけられ、腰が抜けて地面にへたり込んでしまったモモちゃんは立ち上がる事が出来ず、そのまま中止! と涙目になって叫ぶのだった。
まぁ、仕方のない事である。
そして、俺は何故と戸惑っている戦闘狂の百合ちゃんをそのままに、布団から出て地面でへたり込んでいるモモちゃんを迎えに行った。
庭に出た瞬間、リンちゃんにアッと、声をかけられたが、まぁモモちゃんを抱えて戻る程度で開く傷も無いだろう。
という訳で、モモちゃんを抱えながら俺は寝ていた部屋に戻るのだった。
「お疲れ様」
「え、えぇ……ありがとう、って! 駄目でしょ! 大怪我したのに、歩き回ってたら!」
「まぁまぁ」
「まぁまぁじゃありませんよ! 早く布団に戻ってください。傷の状態を見ますから!」
「モモちゃんを連れてきたら……」
「はやく!」
「……はい」
珍しく、声を荒げるリンちゃんに俺は大人しく従い、布団に入った。
そして、リンちゃんに言われるまま上着をはだけさせて、傷の部分をリンちゃんに見てもらう。
傷を見せた瞬間に、モモちゃんと百合ちゃんは痛々しいという様な表情をしたが、俺にはどうしようもない問題であった。
「む……やっぱり少し傷が開いてますね。無茶は駄目ですよ!」
「それは申し訳ない」
「はい! 気を付けて下さい!」
お怒りのリンちゃんにお説教されて、俺はペコリと頭を下げた。
そして、リンちゃんに癒しの力を貰いながら、モモちゃんに百合ちゃんとの決闘についての話をした。
「まぁ、俺はこんな状態だけど。無事、神刀で魔術を斬れる所を見せてくれてありがとう。百合ちゃん」
「いえ! この程度の事であればいつでも! それに、私自身良い運動になりましたし!」
「良い! 運動……!」
百合ちゃんの発言にモモちゃんは大きなショックを受けながら項垂れた。
外から見ていた感じだと、モモちゃんは結構必死に戦っている感じだったし。
軽い運動扱いされて、強い悲しみを感じたのだろう。
「まぁ、百合ちゃんは侍の中でもかなり上位の実力者だから、簡単な運動って言ってるけど、別にモモちゃんが弱い訳じゃないと思うよ」
「そ、そうなのね……! そこは少しだけ安心したわ。まさか五十年の特訓が全部無駄だったかと思って……」
なんて、俺のフォローにモモちゃんは安堵していたのだけれど。
驚いた様な顔で百合ちゃんが困ったことを叫んでしまい、場は再び混乱する。
「え!? 私、別に実力者とかじゃないと思うんですけど!」
「……って、リリィさんが言ってるんだけど?」
「百合ちゃんは自分の強さがよく分かってないからしょうがないよ。俺より強いからね。百合ちゃん」
「「えぇー!?」」
「じゃあリリィさんって英雄って呼ばれるくらいに強いってこと!?」
「そんなワケ無いじゃないですか! 嘘言わないで下さい!」
モモちゃんと百合ちゃんに両サイドから怒鳴られて、俺は両手を上げながら白旗を振った。
ひとまず落ち着いて欲しいという気持ちである。
そして、落ち着いて貰ってから一つずつ説明をする事にした。
納得されるかは分からないけど。
「えーっと、まずね。百合ちゃん」
「はい!」
「あなたは強いです。はい次」
「ちょっ! ちょ! ちょっと待ってください! 雑過ぎませんか!?」
「雑も何も。百合ちゃんは強いでしょ。この発言のどこに問題があるというのか」
「あります! 私はあんまり強くないです!」
「ほー。じゃあセオストで君に勝てる冒険者は誰が居る?」
「いっぱい居ますよ!」
「エルネストさんやヴィルさん、アレクさんを除いたら?」
「……亮さん、とか」
百合ちゃんはモジモジとしながら、それ以上何も言わなくなってしまった。
これはもう答えを言っている様な物である。
これにはモモちゃんとリンちゃんも納得出来た様で、なるほどねー。なんて呟いていた。
「という訳なので、百合ちゃんも十分に人外の領域ってワケだ。だからあんまり気にしなくても良いけど……」
「魔術を侍さんが斬れるのは、確かって事よね?」
「そういう事。百合ちゃんほど圧倒的な戦いは出来なくても、斬る事は出来る。だから、魔術は絶対の必殺技にはならないんだよ」
「それは、そうね。分かったわ」
「うん。分かってくれると嬉しいよ」
「でも……まったくの役立たずってワケじゃないでしょ? 目くらましとかは出来るんだしさ」
「それは、そうだけど」
モモちゃんとリンちゃんは、微かに笑みを浮かべながら頷いた。
それは、おそらく戦いに自分たちも参加するという意思表示だろう。
「しかしなぁー」
「勝てないかもしれないけど、逃げ回るくらいは出来るでしょ?」
「それはそうだけど」
「それに、リョウさん達が戦いに集中している間に楓ちゃんを守る人も、必要なんじゃない?」
「うーん。それは、確かに、そうなんだよね」
「でしょ?」
「それに、またリョウさん達が傷つく可能性が高いのですから、私たちも前線に居た方が効率が良いのでは無いでしょうか」
「まぁ……そうだね。じゃあしょうがないか」
俺ははぁとため息を吐いて、覚悟を決めた。
本当は小さな子達が戦場なんかに行くのは反対なんだけど。
二人の言っている事はもっともだし。反論するにはお気持ちくらいしかないのだ。
という訳で。
俺は百合ちゃんに二人をお願いする事にする。
「じゃあ、二人の事は百合ちゃんに任せよう」
「はい! 私が必ずお守りします!」
「ちょっとー! 私たちも一緒に戦えるって話だったでしょ!」
「そうですよー!」
「まぁ、そうかもしれないけど。心配だから」
と俺はお気持ちで話を終わらせようとするのだった。




