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異界冒険譚  作者: とーふ
第8章『柊木百合』
244/334

第244話『|彼《時道》の事情』

「俺が寝ていた間の事を聞いても良いですか?」


 俺は真っすぐに雷蔵さんを見据えながら言葉を投げた。

 雷蔵さんは頭を掻きながら、俺を見やって言葉を返す。


「それを話すのなら、ついでだ。少しばかり昔の話も聞いて行け」

「はい」

「では、私はお二人の朝食を用意してきますね」

「あ! いや! それは申し訳ないので! 自分が!」

「いえいえ。亮さんのお願いは雷蔵くんにしか叶えられませんし。そちらをお願いします」

「あ、そうですね。はい。分かりました」


 雷蔵さんはセシルさんにペコペコと頭を下げて、セシルさんが部屋を出て行ってからフーと深く息を吐いた。

 そして、先ほどまで正座していた足を崩して、いつものダルそうな顔で俺を見据える。


「雷蔵さんって、セシルさんに弱いんですか?」

「あん? 別に弱いって事はねぇよ。ただ……あの人には世話になっているからな。俺にとっちゃ母親みたいな人さ」

「なるほど」

「だから、まぁ……セシル様の願いでもあるし。ついでという話もあるし。話してやるよ。今回の騒動のキッカケと、現状の状態をよ」

「……ありがとうございます」


 雷蔵さんはあぁ。と小さく呟いてから、言葉を続ける。


「あー、まぁ。一応現状だけは先に伝えておくか。時道の奴はフソウに引きこもって動いてねぇ。奴と一緒に反乱を起こした侍共もな。おそらくは『交渉』をしているんだろう」

「交渉、ですか?」

「前にも少し話しただろう? ヤマトの上に居るジジイ共さ。連中は今頃、時道に痛めつけられながら無理難題を押し付けられているだろうぜ」

「その無理難題というのは……」

「時道が『睦月』を受け取る事になった奉刀祭の、やり直しだな」


 奉刀祭。

 それは以前にも聞いた。

 ヤマトで一番強い侍を決める為の祭りであるとか。


 そして『睦月』という刀を手に入れた時道さんは、その祭りでヤマト最強の侍だと証明されたという事だ。


「でも、時道さんは優勝したんですよね?」

「あぁ」

「なのに、それをやり直したい、と?」

「そうだ。アイツはバカだからな。納得の出来ない出来事に、こうして国をひっくり返しながら違うと叫ぶ事しか出来ないのさ」

「……納得って。いったい何があったんですか?」


「時道と決勝で戦う予定だった男に毒が盛られたんだよ」

「毒!?」

「とは言っても死ぬほどの毒じゃないがな。しかし、まともに戦えない状態にするという意味では十分だ。そして……時道はそれに気づかぬまま優勝し、後でその事実を知って怒り狂った」

「……」


 分かる話だ。

 俺だって、決闘をそんな形で汚されれば怒りもするだろう。


「お前も決闘バカだからな。この辺りは理解出来る話だろう」

「まぁ……そうですね。しかしやり直しを望んでいるのなら、決勝だけやり直しをすれば良いのでは?」

「お前ら決闘バカはそれで良いかもしれん。だが、それを望んでない奴も居るんだよ」

「……望んでない人間、ですか?」

「そう。それこそが、ジジイ共。ヤマトの実質的な頂点にいる連中さ。文官だったり、侍だったり、経歴は色々だが、こいつらに共通している事が二つだけある」


 雷蔵さんは指を二つ立てながら俺に突き出した。


「一つは、ヤマトの中枢に長い間居座っていた連中という事」

「もう一つは、こいつ等がヤマトに昔からある名家の人間だという事だ」

「まぁ、他の国の言い方をするのなら、貴族って奴かな」


「貴族、ですか」


「そうだ。力は無くともヤマトを長く支えているからと発言力だけはある連中さ。たまにお情けで十二刀衆に入れられたりもする。まぁ、そんな噂を立てられたら家の恥だって言うんで、名家の連中はどいつもこいつも必死だがな」

「……もしかして、時道さんの戦いに邪魔が入ったのは、そういう家関係の話なんですか?」

「その通りだ。中々良い勘をしているな」


 雷蔵さんはフッと笑うと、正解を俺に教えてくれた。


「時道はな。神藤というヤマトでも最上位に近い家の人間なんだ。だが、ここ百年くらいはパッとしなくてな。十二刀衆にも半ばお情けで入れられていた様な状態だった。まぁ、この辺りは神藤家も必死に隠してはいるがな」

「しかし……時道さんが生まれてきた」

「そうだ。実際に戦ったお前も分かるだろうが、奴は天才だった。神藤家の悲願だった神風の担い手にもなったし。真面目で刀が好きで、強くなる事に喜びを覚える……まぁ、よくできた侍って奴だったんだよ」


「だから……いや、だからこそ、か。時道は運命とでもいう様な相手と出会った。そいつの名は『天霧瞬』」

「……!」

「時道と同じ天才と呼ばれながらも、妾の子と疎まれていた男だ。そして……親殺しの人斬りと蔑まれていた男でもある」

「親殺し……? まさか、瞬さんがそんな事をしたんですか?」

「あぁ。まぁ、事故みたいなモンだがな。天霧家の狂った当主に『島風』っていうヤバイ刀をまだまだガキの頃に握らされて、暴走して……母親を斬ったんだ。まぁ、母親は瞬の奴を止めようとしただけ……ってのが嫌な話だがよ」

「そう……ですか」

「理由はともかく、だ。瞬は親殺しをやっちまった。しかも天霧家の正式な後継者じゃない。そんな瞬が。ヤマト中から疎まれた男が……決勝で、多くの名家の希望を背負った時道と戦う事になったんだ。ジジイ共は焦っただろうぜ」


 俺は雷蔵さんの言葉に目を見開いた。

 確かに、可能性としては考えて居た。

 しかし、まさか本当にその通りの事が起こっていたとは。


「神藤家が十二刀衆の頂点となれば、名家の権威がヤマトに再び舞い戻る。実力社会でありながら、実力以外の血という要素を強く世界に示せるからな。だが、逆に妾の子である瞬が勝てば、ヤマトでの名家の価値というのは暴落する事になる。二人の戦いはそんな背景があったんだ」

「……でも二人は仲が良かったんですよね?」

「あぁ。幼馴染、親友。色々な言葉があるが……まぁ、好敵手。なんて言葉が一番あっていたのかもしれないな。とは言っても、時道は瞬に憧れの様な感情を持っていたワケだが」

「しかし、決勝で二人を待っていたのは、そんな思いを踏みにじる結果だった。という事ですか」

「そういう事だ。とは言っても、面倒な話はこれからでな」

「え? これから?」


 雷蔵さんは深いため息を吐くと、外からの光で発光している障子を見た。

 遠い、懐かしい物を見る様な目で。


「瞬はな。ジジイ共との話で、負ける事を承知していたんだよ」

「え……?」

「アイツは、姫巫女様と聖女様をお守りしたかったのさ。名家が影響力を落とせば、力自慢のバカが反乱を起こそうとする。そうなればお二人に危険が及ぶ。だからこそ、安定したヤマトを続けるべきだと考えていたんだよ。侍の頂点として立つべきなのは時道だと考えていた」

「その事を時道さんは」

「知ってはいる。だが、厄介な事にな。その祭りの後で、本来は政略結婚をする筈だった瞬と時道の幼馴染である乙葉って奴がな。時道と婚約を解消してるんだよ。んで、時道は、乙葉と瞬が互いに思い合っていると思っている……っと、言っても、これは間違いでも無いんだが」


「もしかして、もしかしてなんですけど……時道さんは瞬さんが乙葉さんを開放する為に自ら毒を飲んだと」

「あぁ。おそらくはそう思い込んでいるんじゃねぇかな」

「なんて、こった」


「そういう話を始めると、そもそも瞬のバカが手加減して負けるなんて事は出来ないって毒を飲んだりした事が悪いって話にもなるんだが……まぁ、話し合いって奴が出来ない時道と瞬も悪いなとは思う」

「まぁ、そうですね」

「だから、俺から言わせれば、今回の騒動はバカとバカが話し合わずに暴走した結果なのさ。実にくだらない話だよ」


 なんて吐き捨てる様に言った雷蔵さんに、俺も思わず頷いてしまいそうになるのだった。

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