第242話『|反乱の狼煙《侍の暴走》』
流石というか、何というか。
国に対して反乱を起こそう。なんて考える侍は、ちょっとやそっとの事では倒れず、気合と共にこちらへ突っ込んできていた。
その踏み込みも、殺意も、相当な物である。
俺に戦う意思が無ければすぐに敗北していただろう。
しかし、俺には確かな意思があった。
戦いになど向かうべきじゃない子供を守るという強い意志が。
「どうして彼女たちを狙う! アンタらの狙いはこの国をどうにかする事だろう!」
「だからこそ、姫巫女様を我らの旗頭とする必要があるのだ!」
「ならば刀を置いて、言葉を使え!」
「貴様ら邪魔者を排除してからその様にするつもりだ!」
もはや言葉ではどうにもならないか、と俺は侍たちを切り捨てる事にした。
これだけ生命力があるのだから問題は無いだろうと、動けなくなる程度には深い傷を負わせてゆく。
「ぐわっ!」
「おのれ! 次は我が相手だ!」
「……キリが無いな」
一人倒しても、次から次へと侍は補充されてゆく。
唯一良い所と言えば、複数人で襲い掛かる様な真似をするつもりは無いらしく、一人一人と相手をすれば良いという所だろうか。
しかし、体力も無限ではないのだ。
このままではいつか押し切られてしまう可能性はいくらでもあった。
「まずいな……どうするか」
「諦めて、大人しく切られてしまえ!」
「そういう訳には……いかないんだよ!」
「ぐわー!」
「……はぁ、はぁ」
「そろそろ限界の様だな。この様なやり方は好まぬが、これも大儀の為だ。許せ。異国の侍よ」
「くっ……!」
荒い呼吸を繰り返し、大粒の汗を流しながら霞んだ視界で目の前に居る侍を見据える。
明らかに前の侍よりも強者であった。
敵は倒せば倒すほどに強くなって行き、こちらは俺一人しか居ない以上、消耗が激しい。
「亮さん……! このままでは! 私も!」
「駄目だ! 君を戦わせるワケにはいかない!」
背中から聞こえてきた百合ちゃんの言葉を、俺は全力で否定する。
百合ちゃんは確かに強い。
どの様な強大な魔物とでも戦う事は出来るだろう。
しかし、百合ちゃんは優しい女の子だ。
人を傷つけて平気な顔をしている事は出来ないだろう。
それに……今、ここに居る侍は大義の為に動いている。
大義の為であれば、子供を傷つける事も厭わないだろう。
そんな者との戦いに百合ちゃんを向かわせる事は出来ないのだ。
だから、ここは何が何でも俺が道を切り開く。
例え、この身がどうなろうとも!!
「道は、俺が拓く!!」
「その覚悟やよし! では征くぞ!」
「来い!!」
勢いよく振り下ろしてきた刀を受け止めて、弾き飛ばし、そのまま距離を取って、すぐに再び侍の元へ飛び込む。
反応しにくい場所に跳んだのだが、平然と受け止められて、そのまま鍔迫り合いに移行した。
「この若さでこの領域とは……! どれほどの修羅場をくぐってきた!」
「覚えてないですよ!」
「そうか! そうであろうな!」
切り合っている侍は実に楽しそうな顔をして、俺と刀をぶつけ合った。
しかし、楽しんでいたからこそ、僅かな隙が生まれ、俺はそこを突いて戦いに勝利する。
「ぐっ! 見事だ。我とした事が、貴様との戦いを楽しんでしまうとは」
「はぁっ! はぁっ! それは、どうも!」
「後は、任せたぞ……! 少年も、流石に限界の様だ」
「応!」
倒れた男の意思を受け継いで、次の男が部屋の中に入ってきた。
万全の状態であり、俺が万全であっても容易く勝てないであろう男だ。
「さて、そろそろ終わりの様だな」
「……くっ!」
「安心しろ。弔いは十分にしてやろう。我らに対し、たった一人で抗った男として……!」
「亮!」
「亮さん!」
「静かに眠れ!!」
やけにゆっくりとした視界の中、男の刀が振り下ろされるのを俺は見つめていた。
顔を上げ、抵抗する様に右手を上げようとするが、重く上がらない。
果たして、神刀はここまで重かっただろうか。
しかし、それでも振り上げなくてはいけない。
まだ、戦わなくては……!
俺は……!
「よくここまで持ちこたえたな。小僧」
「っ!?」
「あなたは……」
「貴様! 波戸辺雷蔵!! 何故貴様がここに!?」
「何故、だと?」
俺の目の前に現れた雷蔵さんは、振り下ろされていた刀を小さな小刀で受け止めて、笑う。
小刀を横に振るい、男の刀を弾きながら、高笑いをした。
しかし、その笑いに喜びは混じっていない。
あるのは純粋な怒りだけだ。
「姫様に刃を向ける不忠者どもを俺が黙って見逃すワケが無いだろう! どこへ居ようとも、必ず姫様の元へ馳せ参じる!!」
「……雷蔵」
「それが忠義という物だ!」
雷蔵さんの怒りに男たちは一歩二歩と後ずさった。
その動きを見てか、雷蔵さんは俺にだけ聞こえる声で呟いた。
「まだ動けるな? 小僧」
「……はい」
「では、背後より脱出するぞ。姫様とお客人は任せろ」
「はい」
「では行くぞ!」
雷蔵さんの言葉を合図として俺は立ち上がり、神刀を構えて侍たちを威嚇した。
もはや動けぬと思っていた俺が再び立ち上がった事。
そして、雷蔵さんが俺の隣で正面の侍たちを睨みつけた事。
その二つが重なった事で、侍たちは俺達を警戒して、両足を踏みしめながら刀を強く握りしめた。
「なっ!」
しかし、俺たちの狙いはここからの脱出である。
俺と雷蔵さんは背後に振り返って、最上階の縁側から外へ向かって飛び出した。
百合ちゃん、モモちゃん、リンちゃん、楓ちゃん、セシルさんはそれぞれ雷蔵さんの仲間と思われる忍者っぽい人たちが抱えており、着地には問題なさそうである。
「謀ったな!? 雷蔵!」
「ふははは! 騙される方が悪いのだ!」
「おのれ! 皆の衆! 下へ向かえ!」
「ふっ、愚かな。今から追っても間に合わんよ」
夜の空の下。
俺たちは満天の星空に投げ出されて、全身を星々と月明りに照らされながら飛び出していた。
自由落下中だというのに、心地よさも感じる。
「しかし、フソウには居られんな。どこへ逃げるか」
「それなら、ハグロの町はどうでしょうか。ここから近いですし」
「ふむ。そうだな」
なんて、雷蔵さんと話をしていた俺は、黒いナニカが城から飛び出してくる事に気づき、雷蔵さんをグイっと引っ張って、神刀を構えながら黒いナニカに向かって飛び込む。
「逃がさん……!」
「あなたは! 時道さん!」
全身を覆う様な黒い外套に身を包んだ時道さんが、神刀を構えながらこちらに突っ込んできている。
それを見て、俺は皆を守るべく神刀を構えながら叫んだ。
「――!!」
「神凪っ!!」
「小僧!?」
俺の神刀と、時道さんの神刀がぶつかり合い、その余波で俺の体から血が吹き出した。
刀は届いていないというのに、衝撃だけで、斬ったのだ。
俺の体は力なく空中に投げ出されて、落ちようとしている。
袈裟斬りで斬られた様な状態であり、肩から腰に掛けて、一直線に刀傷が走っていた。
血で服が赤くにじむ。
力は入らないが、それでも、時道さんに足を掛けて城へと蹴り飛ばした。
それで俺の体は勢いよく地面に向かってゆくが、城へと飛ばされた時道さんが次の攻撃を仕掛ける事は難しいだろう。
後は雷蔵さんが、みんなを逃がしてくれるはずだ。
「チッ! おい! 小僧! 生きてるか!?」
「……あと、は……たの、みます」
「生きてるんだな!? セシル様! 小僧を頼みます!」
「はい! リンさん。お手伝いをお願いできますか!? 急がなくては!」
「分かりました」
「お二方。お願いしておいて、申し訳ないですが、逃げながらお願いします。お前たち! すぐに脱出するぞ! 時間を無駄にするな」
「「「応!」」」
俺は遠くから聞こえてくる雷蔵さんの声を聞きながら、後はお願いしますと心の中で繰り返して目を閉じるのだった。
酷く眠い。
今は、ただ眠っていたい。
俺はそう思いながら深い闇の世界へと落ちてゆくのだった。




