第23話『|正式な《ちゃんとした》初依頼』
波乱の二日が終わり。
それから更に三日ほどかけてアレクシスさんとヴィルヘルムさんに街を案内して貰った。
そしてエドワルド・エルネストさんから受け取ったソラちゃんの護衛に関する報酬と、アレクシスさんとヴィルヘルムさんから受け取ったイノシシの報酬の一部を使い、食料や衣類などの必要品を大量に購入して生活の基盤を安定させるのだった。
そんなこんなで時は過ぎ、セオストに来てから一週間ほど経ったある日。
俺は桜と共に冒険者として正式な依頼を受けて仕事をする事になった。
無論、約束通りホワイトリリィの二人も一緒である。
「という訳で、今日はFランクの依頼をやっていきます!」
冒険者組合の中にある食堂に繋がる廊下とは別の廊下を歩き、自由に使える会議室へ入った俺たちは、フィオナちゃんが持ってきた依頼に目を通しながらふむと頷いた。
正直、イノシシの件で貰ったお金から考えると依頼料は随分と少ないが、まぁこんな物なのだろう。
「この『角ウサギ』の捕獲依頼は、食堂の依頼でもある為、基本的にいつでも受ける事が出来ます。とは言っても、取りすぎはいけないので、適度にやりましょう」
「分かったよ」
「まぁ、冒険者になったばかりのリョウさんやサクラちゃんの実力を見る意味でも、私達とのチームワークを見る意味でも、ちょうど良い依頼だと思います。危険度はFですが、油断はせずにいきましょう」
「うん、そうだね。じゃあ、とりあえず行動指針とか、作戦指示なんかはフィオナちゃんに任せても良いかな?」
「えぇ。お任せ下さい! この! ベテラン冒険者の! 私に!」
「あぁ」
俺はフィオナちゃんに頷き、危なくない様に軽い防具を揃えた桜と……何故か映画なんかで見た様な魔法使いの恰好をしているリリィちゃんに視線を送る。
「えと」
「……? 何か?」
「いや、リリィちゃんは、その恰好で良いのかな。動きにくいとかない?」
「はい」
「そう」
「はい」
ジッと感情の見えない瞳で頷くリリィちゃんに俺は何も言えず、そうかとだけ呟いた。
そんな反応に、フィオナちゃんが笑顔で話しかけてくる。
「リリィは魔術師なんですよ! しかも凄く優秀で! Cランクのパーティーから誘われているくらいなんです!」
「私は、フィオナに比べたら、ぜんぜん」
「フィオナちゃんはそんなに?」
「え!? あ、あはは~。ま、まぁ? 私も中々やりますけど……まぁ、誘われた事は、無いです……ねぇ」
どよーんと重い空気を背負ってしまったフィオナちゃんに、リリィちゃんがあわあわと慌てており、俺はふむと考えてから口を開いた。
何となく、この二人の関係性が見えたからだ。
「フィオナちゃんは盾も持ってて剣も持ってるし、騎士みたいな戦い方をするのかな」
「え? あ、はい。そうですね。とは言っても、まだリリィが魔術を撃つまでの時間稼ぎしか出来てないですけど」
「ふむふむ。なるほど。それじゃあフィオナちゃんに引き抜きの話が来ないのは当然だね」
「ガーン!」
「リョウさん……!」
「まぁまぁ落ち着いてよ。悪い意味じゃないんだ。だってそうだろう? ホワイトリリィはフィオナちゃんが前に立って、リリィちゃんが後ろから頑張る事でチームとして成り立ってる。そこでフィオナちゃんが引き抜かれちゃったらリリィちゃんの事は誰が守るんだい?」
「……あ」
「君たちの事をよく知っていれば、そんな危険な事はさせたくないだろう。だから引き抜くなら二人一緒になるんじゃないかな?」
「なるほど」
俺の言葉に納得した二人は互いに視線を交わしながら小さく頷いた。
まぁ、実際のところはどうか知らないが、そう考える人だって少なくはないだろうと思いたい。
しかし、そうか。
「そういえばリリィちゃんが勧誘されたのは魔術師として? 前衛の剣士とかじゃなくて?」
「はい」
「いやいや、リョウさん。こんなに小さくて可愛い子が前衛なんて出来ないですよ」
「まぁ、そうか。そうだね」
リリィちゃんとそこまで身長に差がないフィオナちゃんの言葉を流しつつ、異世界ではそういう物なのかなと俺は気にしない事にした。
まぁ真実がどうであれ、本人がそうあろうとしているのなら、それが正しいと思うからだ。
どんな秘密があろうが、桜が危険になる事は無いだろう。
という訳で。
話し合いも終わり、俺達は角ウサギなる生き物を探すべく森へ向かう事にした。
冒険者組合の建物を出て、入る時に通った道で門番と話をしながら通行理由を話しながら雑談をし、いよいよセオストの外へ出る。
「さぁ。ここからが冒険者としての第一歩となります。準備はよろしいですか?」
「大丈夫だよ」
「……うん」
俺と桜の言葉を聞いて、フィオナちゃんは大きく頷くと、森へと向かい歩き始めた。
が、まったく警戒していない。
やや背の高い草むらが近くにあっても、木が並ぶ場所があっても、何も気にせず進んでゆく。
まるで遠足である。
良いのか。それで……。
いや、良くは無いだろう。
という事で俺は桜に前を歩いて貰い、先頭からフィオナちゃん、桜とリリィちゃん、俺の順番で歩く。
何かあった時にすぐ対処できるようにだ。
が、そんな俺の動きを察してか、リリィちゃんがやや足を遅くしながら俺の横まで来て囁く様に言葉を向けた。
「リョウさん」
「うん?」
「この辺りは、人が多く通る道なので、そこまで警戒しなくても大丈夫ですよ」
「そうか?」
「はい。少なくとも角ウサギが居るエリアまでは」
「その先は……言うまでも無いか」
最後との言葉に、リリィちゃんは小さく頷き、俺は彼女を信用して警戒レベルを少し落とした。
何かがあった時にすぐ戦闘態勢に入れるくらいのものだ。
そして、それに気づいたのかリリィちゃんは僅かに安堵した様な顔で小さく息を吐くのだった。
「悪いね」
「いえ……リョウさんがサクラさんの事を気にしているのは分かっていますから」
「まぁ、そうだね。でも、今はそれだけじゃないかな」
「それだけじゃ、ない?」
俺はリリィちゃんと並んで歩きながら、前を歩く二人を見つめる。
緊張はしているが、頑張って話をしている桜と、そんな桜に優しく微笑みながら言葉を返しているフィオナちゃんを。
楽しいのだろう。桜の顔はやや強張っているが、笑顔だった。
「君達には感謝しているんだ。桜の友達になってくれると嬉しい」
「フィオナの中ではもう、大切な友達だと思います」
「それは……嬉しいね」
「フィオナは凄い子ですから」
「そうか。ありがとうな。リリィちゃん」
「え?」
「リリィちゃんもさ。桜の事は気にしてくれているだろう?」
「それは……はい。私もフィオナみたいになりたいですから」
「フィオナちゃんみたいに?」
「はい。フィオナはお日様なんです。みんなを照らしてくれるお日様。だから私もお日様みたいに輝きたい」
「……そうか。それは良いね」
俺は真っすぐな瞳でフィオナちゃんんを見つめながら放ったリリィちゃんの言葉に頷いた。
そして、俺とリリィちゃんは互いに無言となり足を進めていたのだが、不意にリリィちゃんが口を開くのだった。
「そういえば」
「うん?」
「リョウさんは、ヤマトから来たんですよね」
「……まぁ、そうだね」
「では、その刀は神刀なのでしょうか」
「それはちょっと、教えられないな」
「……そうですか」
やや厳しい目で俺を見つめるリリィちゃんを見て、俺はこれからの事について考えていた。
ヤマトという国の出身だという事になっているが、いつか真実を打ち明ける必要もあるだろうと。
「でも」
「……」
「いつか、君達には本当の事を話すよ。リリィちゃん。だから今は少しだけ待って欲しい。決して君達の悪いようにはしないと誓うよ」
「はい。分かりました」
「ありがとう」
そして、俺はリリィちゃんと小さくて大きな約束を一つしながら森の奥を目指すのだった。




